第164節 教会と神降臨、社交ダンス
せっかく来たのだからとナディに連れてこられたのはあるひとつの教会だった。 どっちかって言うと礼拝堂に近いのかも。
「ナディ、ここは一体何をする場所なんだい?」
『ここでは日々の音楽を奏でてくれる楽器達に感謝の意を込めたり、供養をしている場所になっています。 今は多分、お祈りを捧げている頃かと。』
そうディスプレイを見せて、ナディは鍵のかかっていない、教会のドアを開ける。 すると中には数十人の修道女が目の前の祭壇に祈りを込めていた。 よく見るとあれ楽譜立てに見えるな。
「わ、私達も、お祈りを、した方が、いいでしょうか?」
『もし宜しければ一緒にお祈りを捧げてい来ませんか? 今後のこの国の繁栄も兼ねて。』
ナディが席の方に移動したので俺と白羽も後に次いで席につく。 お祈りを捧げるって言っても、何を思えばいいのだろうか? やっぱりここは曜務とリューフリオ、両国の繁栄が1番だろうな。
席に座り、俺も祈りを捧げる。 この教会に流れている音楽やら、近くの修道女さんがなにかを唱えているのもあったが、かなり静かに時が流れていく。 祈りの時間ってこんなに長いのかと思うくらいに。
「ちょっと。 ちょっと。」
そう誰かに声をかけられる。 白羽かと思ったがそれにしては少し声が低い。 ナディは喋れないので修道女の誰かが声をかけたのだろうか? でもなんで俺なんだろ? あまり祈り中に目を開けるのって良くないんじゃないかと思ったのだが、少しずつ目を開けていく。 すると、
「やあ、君とこうして会うのは初めまして、だね。」
白髪で後ろ髪を結んでいる修道女と同じような格好をしている女性が目の前にいた。 ただし普通の修道女でないと思ったのは、その女性は浮いていたのだ。 なんというか椅子の背もたれとかに一切掴まらないで浮いている。 そんな状況が目の前にあるのだ。
「・・・は?」
もう思考が追いつかずにそんな声が出てしまう。
「ははは。 他の下級神達が楽しそうに見ているからどんな子なんだろうって見てみたら、意外と普通の子じゃないか。」
そう目の前の女性は笑っている。 いや全く状況が読めないんだけど、どういう事?
「君の事は転移女神様から聞いていてね。そして音楽の神を崇拝している、これは君の前に出ていけるチャンスだと思ってね。 せっかくだから顔を出そうと思ってさ。」
「・・・ってことは本物の神様? 女神様やこっちの世界の俺の義母や義父と同じように。」
「そういう事。 名前を名乗ってなかったね。 私は音楽神のサラスヴァティー、君の知ってる神とは違うとは思うけど、そこは許してくれな。 サラスって呼んでくれて構わないからさ。」
そう音楽神のサラスヴァティー、もといサラス様は飄々とした表情で話す。
「それに今は君は音楽の事で崇拝してくれているからなにか加護を与えないとね。 ただ挨拶しに来たってだけじゃ自慢にもならないからね。」
そう言ってサラス様は手に光を集めて、俺に手をかざしてくる。
「これは聴覚増強の加護だよ。 もちろん範囲はあんまり広くないけれど、背後からの音くらいは分かるようになるよ。」
それは相当便利なものではと思ったが、電脳世界ではレーダーがあるからあんまり使わないかもな。
「ありがとうございます。 ご加護を受け取ります。」
「ふふ。 君にご加護のあらんことを。 それじゃあね。 神々の遊びに付き合わせてるようで悪いけれど、これからも頑張ってくれよ。」
そう言ってサラス様は去っていった。 そしてその後にみんな下げていた頭を上げる姿が見えた。 終わった途端にナディがカタカタと文字を打ち、ディスプレイに映し出される。
『これでお祈りは終わりです。 この後は古くなって、使えなくなってしまった楽器達の供養があります。 そちらも見ていきましょう。』
そう言って白羽の手をとり、教会の奥に歩いていくナディ。 友達が出来たのがよっぽど嬉しいのだろう。 その表情はとても穏やかだった。
「これも加護の力ですか? サラス様。」
虚空へと消えた軽い音楽神に向かってそう言い放った。
教会を裏口から出て、広い庭に着いたところで中央になにかが積み上げられているのが見えた。 近くに行くと、そこには金管楽器から弦楽器、太鼓のバチなど楽器や道具が綺麗に積まれていた。 その様は一種の芸術とも取れるくらいだった。
「というか供養って言うけど、まさか全部が全部火葬される訳じゃないよな?」
「金属のものも、ありますし、これだけ庭が、広くても、それはないんじゃ、ないかと。」
俺の疑問に白羽が同意する。 だよね。 さすがに物質ごとに融点は違うんだから全部を一斉に火葬なんて無理だよな。
『あれらは積み上げれてはいるものの、その後はまた別の物へと作り直されます。 供養とはいえ、頑張ってくれてた楽器達をそのまま葬るのは可哀想なので。』
へぇ、リサイクルされるのか。 そりゃ地球に、いや冥星に優しいじゃないか。
そんな事を思っていたら儀式なのか、修道女の皆さんがかごめかごめの如く隣同士で手を繋ぎ、なにかを唱えていた。 楽器に宿っている魂でも浄化しているのだろうか? 傍から見るとあまりいい絵面ではないが。
その儀式が10分程続き、修道女の皆さんはそそくさと積み上げれていた楽器達を回収する。
「あの後の、楽器達は、どうなるの?」
『金属製のものは1度炉で溶かして、型を作り直して、木製のものは木屑にして、肥料として微生物達に分解してもらいます。』
資源を最大限に使っているなぁ。 音楽の国と言うからそれ以外に関心がないのかと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
教会から出てお昼にさしかかろうとしていたので、街のレストランへと足を運ぼうとなった時に、
「ちょっと! 聞いてないわよ! 急にパートナーが変わったなんて!」
「し、しかし相手が相手ですので、下手に機嫌を損なうのも・・・」
「冗談じゃないわ! 私はあの人とじゃないと踊らないし、練習もあの人じゃやらないわ!」
そんな声が聞こえてきたのでその声の方を向くと1人の男女がなにか言い争っていた。
女性の方は暗めの紫色の天然パーマをした少し気の強め性格をしていて、男性の方はそれなりに歳を取っていて、少し生え際が交代しているくらいでそれ以外は普通に元気そうな老人だった。
『あれは、ダンサーのメルリア・コールスハイ様です。 この国では知らぬ人はいない超の付く程の有名人です。 少しずつですが海外進出もしてるんですよ。』
そんな有名人がこんな真昼間から大声でなにか抗議しているわけか。 あれ悪目立ちしてんじゃないの?
「特に本人も、気にしてないようなので、大丈夫なのでは?」
「まあ、注意してこっちに飛び火したらたまったもんじゃないしね。」
そう言ってその場を後にする。
レストランを見つけて、この国ではベーグルのようなものがお昼になるのだそうなので、俺はあまり甘くないベーグルを頼み、白羽とナディは2人共シュガーたっぷりのベーグルを頼んでいた。 まあ主食になるだけなのでおやつ時にまた別のベーグルでも頼もうかな。
そんな事を考えていると、街の音楽がまた変わったと思ったら、あちらこちらで手を取り合う男女の姿が見えた。
「なんだ? なにが始まるんだ?」
『この時間になると街の人達は男女ペアになってダンスを楽しむのです。 最もあまり激しいものでは無いですが。』
そうナディがディスプレイをかざすと、ナディは優しい青年に手を差し出して一緒に踊り始めた。 静かに踊っていることから社交ダンスのようなものだろうなと感じた。
「・・・流れに逆らうのも悪いし、俺達も踊ってみる?」
「そ、そうですね。 よ、よろしく、お願いします。」
白羽がそう言って俺達もダンスを始める。 最初こそお互いにぎこちない動きがったが、音楽に合わせてステップを踏むとあら不思議、自然と社交ダンスが出来るようになっていた。 そんな感じで5分ほど踊って、音楽が変わり、街の人もそのまま何事も無かったかのように歩き始める。
「この街の恒例行事なのかな?」
なんていうかある国の宗教文化である一定の時間が来るとその方角に向かってお祈りを捧げるっていうのを思い出した。 なんて名前だったか思い出せなかったが。
「次は、どこに、行きましょうか?」
白羽の疑問に少し唸る。 俺だって音楽知識が0って訳じゃないから、何かの楽器店に入ってみたいって想いはあるんだよな。
まあ適当に何かのお店に入ってみよう。 このまま何事も無く目的を達成出来ればそれでいい。
「ワレイド・・・?」
そう、この一声が無ければ、何事もなく終わっていただろう。




