第151節 機転と敗北、王子の悩み
さて状況を整理しようか。
まずペイントヒットの数だが、俺が1発、王子が5発当たってる。 弾の数は俺が左右2発ずつ、王子の方は左は1発のみだが、右はまだ全弾残ってる。戦術的には片方が無くなったらもう片方で戦うというものだろう。 当てている回数は俺が多いが、弾数のことを考えると、あまり有利とも言えない。
「まあそれは相手の動き次第ってところだけど。」
あの王子、この後どう動いてくるかな?
そう考えていると向こうに動きがあった。 先程までと同じようにこちらにこちらに向かってくるかと思ったが、逆に下がり始めた。なにか作戦があっての事だろうが、そちらがその気ならこちらも少し攻めに入ろうか。 下がり気味の相手を追いかけるのはあまり好きではないが、これも戦いだと思い、後を追う。 王子が牽制とばかりに左のリボルバーマグナムから最後の弾を撃つ。 弾は当たらない。
「リロードする為になけなしで撃ったか。 それも正しいけどね!」
俺はショットガンを構える。 まだ届く距離ではないが、重みのある機関銃を持ちながら移動するよりは、機動力面を考えて、ショットガンにした。 本来ならこの電脳バトル (もどき)でのショットガンは、クイックショット (原則的には照準があった瞬間に当てる撃ち方)狙いで、敵が近くにいる状態で当てるのが理想論だが、逃げる相手にそれは不可能。 ならば威嚇として、使うしかない。
そんな感じで王子を追いかけていたら王子がこちらに振り向いた。 狙いを定めて右のリボルバーで撃ってくるか? そう思っていたのが判断を鈍らせた。
王子は左手を大きく振りかぶると、左手に持っていたリボルバーをこちらに向かって投げてきたのだ。
「なっ・・・!」
咄嗟に反応が出来なかったため、飛んできたリボルバーを顔に当たらないようにショットガンで弾くしか出来なかった。 しかしそれは王子にとってはチャンスだったらしく、右のリボルバーから放たれた2発のペイント弾は、俺の胸部に当たる。
「っへぇ・・・ 意外と戦闘スキルあるんだ・・・ あの王子。 っても、こっちもこれ以上手は抜けれないな・・・。 悪いな王子・・・今まで手を抜いていた事を謝らせてもらうぜ。 こっから本領発揮だ!」
そう言って王子に近づく、王子もそれに合わせて、マグナムを放っていく。
そんな事を繰り返しているうちに・・・
「時間が来た。 試合はそこまで!」
その言葉にお互いに突きつけあったリボルバーを下ろして、フィールドと銃が消える。 その後に王子が地面に倒れ込む。
「・・・・・・っはぁ・・・私の完全敗北か・・・」
あの後の試合展開としては、王子もかなり頑張りはしていたが、基礎に少し手が加わった程度の実力だと俺は実感した。 実際マグナムを頻繁に使っていたので、多分他の武器に触ったことが無かったのだろう。 機関銃やショットガンのエイムがガバガバ過ぎて隙にしかなっていなかった。
結局、王子が機転を活かした戦法で当てたもの以外はこちらが移動していたのもあって2、3発程しか当たらなかった。 逆に俺は王子にめちゃくちゃ当ててたがな。 結果としては俺が12発ヒット、王子は5発ヒットとなった。
地面に倒れ込んでいる王子に歩み寄って行く
「俺の国の言葉に「井の中の蛙大海を知らず」ってのがあってな。」
「なんだ? それは?」
「井戸の中にいる蛙はその世界が全てだと思ってる。 だから外の本当の海を知らないって言うものの例えなんだが、まあ簡単に言えば、自分の世界から出られないから外の世界の事を知らないって意味らしい。」
俺も詳しくは知らないし、諸説あるらしいが、認知としては間違ってないはずだ。
「そうか・・・私はこの国に縛られていたという事だな・・・」
「まあ間違っては・・・ないのかな?」
解釈も人それぞれなので、王子がそう思うのならそれでいいのかもな。
「確かに私は敗北した。 だがしかし!」
そう言って思いっきり飛び上がるワーライド王子。 うおっ! ビックリした!
「私の心に悔しいという気持ちがない! むしろ君に次は勝つという闘争心が燃え上がっている!」
そう言って顔半分を右手で押さえ、左人差し指で俺の事を指す。 オーバーリアクション芸が戻ってきやがった。 普通にしてれば特に当たり障りのない王子なんだけどもなぁ。
「私は今の今まで負け知らずだった。 勉強も出来た。 運動も決して手を抜かずに戦った。 銃術も自信があった。 故にこうして負ける事に意味を感じる。 君にとってはなんてことの無い勝利だろう。 私にとっては深い敗北となった。」
言ってる事が良いだけにいちいちオーバーリアクションになってしまうのはこの王子の癖だろうか?
そう思いながら見ていると、エレアの方に歩いていく。 そしてエレアの前に立つと、そのまま頭を垂らした。
「迷惑をおかけした事をお許し下さいエレイダルト姫様。」
「そちらの方がお主は似合っておるぞ。 ワーライド王子。」
こうして謎の蟠りは無くなった。 しかし俺には少し疑問を抱いていた。
「なんでそうまでしてエレアとの婚約を急いでいたんだ? いや、その前に婚約相手はエレアじゃないと駄目だったのか?」
「ふむ、私にも最初にエレイダルト姫様にお会いした時に感じた想いをずっと持っているのかと思っていた。 しかし君に敗北した事で、何故私がエレイダルト姫様に執着していたのか分かったのだ。」
「俺に敗北して?」
「新たなる物を探求する好奇心だよ! 彼女の常に進化をし続けたいという欲望にも近しい感情に私は心揺さぶられていたのだ! そしてそれは私が久しく忘れていた感情でもあった。 それを君は思い出させてくれたのだ。」
なんかだんだん俺の名称が「貴様」から「君」に変わってるのだが、人間どこで影響が出るか分かったもんじゃないな。
「彼女にあり、自分に無かった物を手に入れた今、私はエレイダルト姫様を求める理由が無くなったのだ。」
なるほどね。 ただ婚約者として欲しかったわけじゃないわけだ。 それ相応の理由はあったのね。
「しかしエレイダルト姫様との婚約を破棄してしまったことに対して、私には新たな問題が発生した。」
「な・・・なんじゃ? わらわと結婚出来なくなった事となにが問題なのだ?」
まだエレアは王子のオーバーリアクションに慣れてないようだ。 若干引き気味になってる。 というか婚約破棄して起こる問題なんてひとつしかない。
「エレア、彼は王子だ。 エレア程じゃないけど国を担っていく人材だ。 そんな王子の困ることと言えば王位継承問題でしょ。」
「そう。 私は一人っ子として王位継承をするのは問題ではない。 だが次世代の王位継承権が無くなりそうなのだよ。」
そう言った所でエレアも納得をする。 というか分かってなかったの? まあまだ「そんな時」じゃないもんな。 今のエレアにとっては。
「でも多分、それの解決は時間の問題じゃないかな?」
「ど、どういう事だ!?」
「今、コレン侯爵の人達が集まってここの国を他国と繋げれるように取り繕っているんだ。」
「昨日の会合での話か。」
「そう。 そしてこれからもっと多くの国に同じ事をしようと思ってるんだけど、その中で王子と婚約をしてもいいという人、もしくは王女がいるかもしれない。」
「そ、そうか! 私も直接赴けば・・・」
「印象だけでも分かってもらえれば多分円滑に事が解決するんじゃないかな? って思うんだけど。」
その一言にワーライド王子は花が実を結ぶような表情をする。 感情の忙しいやつ。
「君はしばらくはここの国にいるのかい?」
「んー。 そうだな。 どうせ作られなかったら帰れないし、エレアのこともあるからしばらくはいるよ。」
「そうか。 君の話を聞きたいんだ。 いいかな?」
「そういうことか。 いいぜ。 せっかくだからあんたのことも聞かせてくれよ。」
「むぅ飛空、わらわのことを忘れるでないぞ。 まずはわらわと出かけるのじゃ。」
「おっとそうだったな。 ごめんごめん。」
そう、すっかり忘れていたが今はまだ朝なのだ。 これからエレアにあっちこっちに振り回されるんだろうなぁ。 そんな思いを胸に乗せて、今日も一日が始まる。




