チャプター2 それでもボクは殺ってない (非)日常編三日目②
小鳥遊さんと別れた後、ぼくはヒーローステージの裏側へとやって来た。
ヒーローステージでは昨日と同じく、御剣緋色さん主催のヒーローショーが開催されていた。昨日と違うことと言えば、昨日は怪人として登場していた鈴木シーサーさんが居ないという事だろうか? まぁ、今回の目的地はヒーローステージ裏なので構わないのだけれども。
ヒーローステージを横切る際に御剣さんに大声で話しかけられたけれども、今は御剣さん達に用がなかったので手を振って挨拶しておいた。そしてそのまま、ステージ裏へと来るとそこにはお目当ての人物――――ぼくに話があると言ってここまで呼び出した中吉田さゆりさん、そして相変わらず嬉しそうな様子な橋渡恋歌さんの姿があった。
ユキワタリ・キョウヘイ(……橋渡さんか)
前回の裁判の際に、とんでもない思惑を持ってる事が判明した橋渡さん。正直、今の橋渡さんと一緒に居ると言う事は危険だと思うが……。
ハシワタリ・レンカ「あぅ……♡ キョウちゃんだぁ~☆」
ユキワリ・キョウヘイ「橋渡さん……」
ハシワタリ・レンカ「あれっ?! どっ、どうしてそんなに怯えられちゃってるの☆ 私、そんなに怖い人じゃないよ♪ なにせ、【超逸材の恋人】……皆を愛し、恋するのが私の使命ですので♪」
そうやってゆっくりと近付いてきているのだが、たとえ命を奪うコロシアイであろうとも【恋人のため】という目的で犯人に自主的に協力するのだから手におえない。
ナカヨシダ・サユリ「……にゃんかにゃ。どこからわたくし様の情報を掴んだのかは分からにゃかったが、恋歌ちゃんが"歩ちゃんの情報"について教えてと言って来たにゃん。【超逸材の教師】として、教えを請われれば対応しなにゃければにゃらにゃいにゃん。
――――で、でも、わたくし様は【超逸材の教師】として、策を用いたにゃん」
ユキワリ・キョウヘイ「……策?」
どういう物なんだろうと思っていると、橋渡さんは困ったような目を向けていた。
ハシワタリ・レンカ「れんちゃんにね、恋人として頼まれちゃったんだぁ~♪ 【コロシアイで犯人に有利になるように動かないで】ってね☆ 恋人として頼まれたなら、私はやるしかないですよ♡
――――もっとも犯人に頼まれたら、話は別だけどね♪」
ユキワリ・キョウヘイ「なるほど。一応の警告、か」
橋渡さんは人に請われなくても【超逸材の恋人】として、"恋人"のためにコロシアイを手助けする。
それと同時に"恋人"として頼めば、彼女はその頼みに応じる。
――――これで、【超逸材の恋人】の橋渡恋歌さんは犯人を手助けすることを封じた。完全に封じたとは言えないけれども、これで十分けん制にはなったと言えるだろう。
ナカヨシダ・サユリ「――――さて、とりあえず恋歌ちゃんの事はこれで良しとするとして本題の方に、大和歩ちゃんの話に参るとするにゃん。ここからの話はちょーーーーっとばかし、ややこしくなるから先にやっておくにゃんよ」
"やっておく"という意味の言葉が分からなかったが、中吉田さんはサッと頭に手を伸ばす。手を伸ばすと共に、頭の上にある特徴的な猫耳カチューシャを彼女は自らの手で取っていた。
ハシワタリ・レンカ「あぅぅ♡ 猫耳を取っちゃったよぉ♪ さゆりちゃん、猫耳を取っちゃったよぉ☆」
ユキワリ・キョウヘイ「……それ、取って良かったのか?」
ぼくがそう聞くと、中吉田さんは「この方が話しやすいので」と冷静に答えていた。
ナカヨシダ・サユリ「猫耳を着ければ楽しげに、犬耳を着ければクールに。他にも多種多様に性格変化することによって、色々な人間の教師として指導出来ませんので。
――――逆を返せば、わたくし様はカチューシャを着けていない時は今のようにつまらない、実につまらない人間ですので」
軽い自虐をした後、中吉田さんは懐から1冊の書籍本を取り出した。濃い翡翠色の、【大和歩の冒険白書《8》 Change Ring Ensemble》】というタイトルの書物である。
ナカヨシダ・サユリ「最初の船にあった遊技場。そこに時間を待つための本が何冊かあったんですが、その中の1冊がこれ。彼女に話を聞いた誰かが書いただろうこの本の中には、【超逸材の冒険家】である大和歩の事もしっかりと書かれていました」
――――曰く。大和歩は家族代々トレジャーハンターの家系で、4歳の頃には時価1億円に及ぶ聖遺物を手に入れた。
――――曰く。大和歩は歴史に非常に興味と関心を持っており、9歳の時に徳川家に関する論文で奨励賞を貰っている。
――――曰く。大和歩の唯一の弱点は水泳であり、なにかビート板など道具を使わないと5mも泳げないが、ビート版か代わりになる者があれば20kmでも悠々と泳げるらしい。
――――曰く。車と武器の扱いに長けており、軍事指導を頼まれたが冒険家としての矜持を持って軍事活動には一切かかわらなかったという。
その後も嘘か、真実か分からないような大和歩についての情報が続く。けれども一番重要なのは――――
ナカヨシダ・サユリ「大和歩……確かにその名を持つ人物は【超逸材の冒険家】という称号を私立幸福ヶ淵学園から頂いている。けれどもその人物は"大和アユム"ではなく、"大和アユミ"。
――――【超逸材の冒険家】として称されているのは、"女性"の"大和アユミ"の方ですよ」
【大和歩の冒険白書《8》 Change Ring Ensemble》】、中吉田さんが見つけた書籍について軽くではあるがあらすじも含めて教師らしく説明された。
【大和歩の冒険白書】は9巻完結のシリーズものであり、1話1話毎に《クレオパトラの隠し金庫》や《ナポレオンの第2の辞書》など世界各地に溢れる古代の高価な遺物を蒐集して行くという、彼女の体験談を面白可笑しく物語として書かれた自叙伝だったらしい。勿論、書いた本人は大和歩ではなく、彼女の話を纏めた1人の作家らしいのだが。
そしてこの8巻の最後の物語、《怪盗紳士と冒険家の最後の戦い》にて大和歩は死ぬ。
――――とある国家にて逆らえない受注を受けさせられて、全ての人間を呪い殺すとまで言われる《デザイアダイヤ》を取りに行く。その最中に何度も敵対し、時には仲間として戦った事もある《怪盗紳士》と呼ばれる者との取り合いになる。遺跡の中での激しい戦闘の最中、《デザイアダイヤ》を奪った大和歩は宝石の呪いによって死亡する。そう、完全に死亡。生きているはずがないほどの大惨事らしい。同じように怪盗紳士も大怪我をしたのだが、彼は逃げるために骨格を変形するという超人顔負けの変装によって、大和歩に成り替わった。
そしてあらすじを調べた所、9巻ではその怪盗紳士が大和歩になって冒険する話になっている。
ナカヨシダ・サユリ「――――チェンジリング。これは取り替え子という意味であり、怪盗紳士と大和歩が入れ替わったという本を意味します。2つ目の船、超逸材船舶型南国シアワセブチが現れた後に見つけました。つまりこの本はゲシュタルトが秘密裏に用意した手がかりの1つだということ。
なので、わたくし様の推理はこれにて帰結します。この本に書かれている通り、今わたくし様と行動を共にしている【超逸材の自称冒険家】である大和歩は、世界一の大悪党にして大怪盗の、"怪盗紳士"という名を称する男である可能性が高いです」