チャプター1 監禁船の四月は君の虜 非日常編(5)
カウンセリングルーム、それにぼく達の簡易的なアリバイをお互いに確認しあった後、他の皆と合流する為にぼく達は皆が居る体育館に戻って来ていた。
ヘイワジマ・ノゾミ「ヘェイ、ミンナー! ミー達が帰って来たアルヨ!」
ヤマト・アユム「みんなぁ! 帰って来たぞ~!」
トキワギ・トオカ「あっ、皆だ~! どうだった、なにか見つかったの?」
体育館に入るとまず初めに常盤木さんに出迎えられていた。体育館で捜査していた他の人――――白神山さん、久能さん、御剣さん、鈴木さん、春日さん、戦場ヶ原さんの6人はっと……。
シラカミヤマ・タケル「え、えっと……こ、ここ、こうかな?」
と、白神山さんはそう言いながら相川さんの死体に上から大きなブルーシートをかけていた。そして手を合わせて祈っており、どうやら相川さんのご冥福をお祈りしているみたいである。
ぼくも後で手を合わせた方が良いだろう。この監禁船で目覚めてからずっと相川さんには色々と気にかけて貰ったし、相談にも親身になって貰った。それだけの恩はある。
ミツルギ・ヒイロ「おぅ! カウンセリングルームはどうだったんだ? なにか証拠があったのか?」
と、御剣さんは豪快に笑いながら「どんどんっ!」とぼくの肩を豪快に叩いていた。あまりにも強すぎる勢いで叩かれて、ひりひりと痛みを感じていた。
ユキワリ・キョウヘイ(強っ! 勢い、強っ!)
ミツルギ・ヒイロ「おいっ、なにか言えよ! 教えてくれよなぁ、杏平!」
ばんばんっと物凄い勢いで肩を叩かれて痛みをひしひしと感じており、止めて欲しいと御剣さんを見るも彼は気付かずにそのまま、ぎゅーっと。
ごきっ。
ごきごきっ。
ごきごきごきごきっ。
カスガ・ハルヒ「ヒーローさん」
と、もういっそ声を荒げてでも止めようとすると、御剣さんの手を春日さんはガシッと掴んでいた。春日さんが掴んでいる御剣さんの手から、鳴っちゃいけない音が鳴っている。
カスガ・ハルヒ「……じーっ」
ミツルギ・ヒイロ「い、痛っ! 痛いってば! 強すぎ、掴む手強すぎ!」
カスガ・ハルヒ「そんな訳無いでしょ? せいぜい70キロか、そこらしか力を込めてないのに。ちょっぴり弱すぎじゃないですか?」
ミツルギ・ヒイロ「十分じゃねぇか!」
カスガ・ハルヒ「ところでスケットさんの方は大丈夫ですか? 肩ひりひりしてません?」
ミツルギ・ヒイロ「それよりも俺の心配を……いてっ! いてぇぇぇぇぇぇ!」
ぎゅ――――っ、と掴んでいる手にさらに力を込めて、さらなる悲鳴をあげさせる春日さん。もう許してあげても良いんじゃないかと思っていると、鈴木さんがそっと現れる。そしてそっと、濡れタオルをぼくへと差し出す。
ユキワリ・キョウヘイ「え、えっと……ありがとう」
スズキ・シーサー「(こくっ)」
そう言って鈴木さんは濡れタオルを差し出した後、体育館の隅へと行ってそこで壁を背にして立っていた。顔が般若な所もあるが、相変わらず謎な人だ。
センジョウガハラ・ケイマ「ふむ、雪割殿達も帰還したか。では情報交換をしましょうか。例えるならば、将棋の一手損戦法のように最初は不利に見えようとも、後になって大切なこともあるように、細かな事も大切になってくるかもしれない。だから、1つずつ駒の性質を、いやカウンセリングルームにあった証拠について教えて下さい」
タカナシ・アカリ「それについては、私の方から教えましょう。戦場ヶ原さんは、信用できる人ですから」
そう言って、小鳥遊さんは戦場ヶ原さんにカウンセリングルームで得た証拠について話していた。その間にぼくは他の人達にアリバイを聞くことにする。
ユキワリ・キョウヘイ(確か、お菓子会があったんだったよなぁ。参加したのは全部で8人。参加したのはショコラテッィシュさん、平和島さん、白神山さん、戦場ヶ原さん、常盤木さん、倉中さん、橋渡さんだったか。今の所、きちんとそのアリバイを証明出来ているのは5人。後は参加していたはずの残りのメンバー、白神山さんと戦場ヶ原さん、それに常盤木さんに聞いておこう)
丁度、戦場ヶ原さんが小鳥遊さんと話しているから、戦場ヶ原さんにまずは話を聞いておこう。
ユキワリ・キョウヘイ「戦場ヶ原さん、ちょっと話をして良いですか?」
センジョウガハラ・ケイマ「ふむ、今は小鳥遊殿と王将並みに大切な話をしているのだが……小鳥遊殿、少々時間をいただいてよろしいだろうか?」
タカナシ・アカリ「構いません、と言うよりも私も気になっている事があります。昨日の夜の、戦場ヶ原さんのアリバイの事です」
センジョウガハラ・ケイマ「アリバイ……とは一体?」
そう言って首を横に傾けて悩む戦場ヶ原さんに、ぼくはアリバイの意味について説明する。その後、一緒に居た人が戦場ヶ原さんと一緒に《お菓子を食べよう会》に参加したと言う話を。
センジョウガハラ・ケイマ「ふむ、承知した。所謂、持ち時間をどう使ったかについて話せば良いのだな。なるほど、それならば【超逸材の棋士】として十分理解出来る話だ。
……そうだなぁ、あれは昨日の夜――――そうだな、夕方6時くらいの事だった。吾輩の所にショコラ殿と平和島殿の2人が来たのだ。皆でお菓子を食べて仲良くなろうというのを提案されたらしく、吾輩に参加しないかと誘われたのだ。参加を了承した後、吾輩は常盤木殿を誘ってお菓子会に参加した、という訳だ。白神山殿は吾輩達が行った段階で、既に参加していたな。
その後お菓子会ではお菓子を作るのに10時くらいかかっていたなぁ、解散したのは0時……と聞いたはずだ。まぁ、吾輩は1時間ほどで解散して、その後は御剣殿の所に行ったがな。なかなか楽しい経験だったぞ」
ユキワリ・キョウヘイ「ん? 提案? その、《お菓子を食べよう会》と言うのは、ショコラティッシュさんと平和島さんからの提案じゃないんですか?」
お菓子を食べようと言うから、【超逸材のパティシエ】であるショコラティッシュさんか、彼の事を可愛がっている平和島さんのどちらかが言いだしたのかと思っていたのだが。
センジョウガハラ・ケイマ「いや、吾輩の棋譜……いえ、記憶が確かならば、会を提案したのは【超逸材の恋人】である橋渡殿だったはず。ショコラ殿ではないのか、と少々気になったのは確かであるからな」
タカナシ・アカリ「橋渡さんか……。私、個人的にあの人の事、苦手なんですけどね。なんとなく、ですが」
センジョウガハラ・ケイマ「いや、監禁から脱出した後も同じ学生として、これから長い付き合いになる間柄だろう? それならば、少しは仲良くなる努力をすべきだろう。まぁ、同じ列の歩兵同士を動かしていても、変になるだろう。けれどもお互い歩み寄ればいつか、互いの心の臓に手が届くだろう」
タカナシ・アカリ「……努力は、します」
とりあえず、戦場ヶ原さんからの話で《お菓子を食べよう会》については話がついた。後、きちんとしたアリバイを聞けていないのは春日さん、久能さん、鈴木さん、御剣さんの4人。久能さんを除いた3人は、食堂で何か話をしていたというし、まずはその3人にアリバイを尋ねるとしよう。
春日さんは御剣さんへのお仕置きに満足して彼の手を離している。御剣さんは手の痛みにひりひりと痛みを抑えて苦しんでおり、春日さんは妙にテカテカとした満足げな表情で白神山さんの居る相川さんの死体の方へと向かっていた。
ミツルギ・ヒイロ「ぜぇぜぇ……あれ、明らかに70キロとかじゃねぇよ。100キロ超えだろう。
――――やべぇなぁ、春日。キレてるなぁ」
スズキ・シーサー「(すっ……)」
ミツルギ・ヒイロ「おぉ! ありがとな、シーサー。いつも頼りになるぜ」
スズキ・シーサー「(こくっ)」
鈴木さんに手渡された濡れタオルで、自分の手を冷やす御剣さん。そうしている中で、ぼくは御剣さんに声をかける。
ユキワリ・キョウヘイ「御剣さん、ちょっと良いですか? アリバイについて、少し話があるんです」
ミツルギ・ヒイロ「アリバイ……そう言えば、『名探偵戦隊ドイル・ファイブ』で聞いた事があるぞ。敵の攻撃を防いで、自分の力へと変える万能ウエポンの事だったか? いや、そんな"アリバイ"が今、なんの意味があるんだ?」
相手の攻撃を自らの力へと変えるような、万能武器?
ユキワリ・キョウヘイ「いや、アリバイってそう言うのじゃないから」
ミツルギ・ヒイロ「なっ!? ち、ちがうのか? 教えてくれ、杏平! アリバイとはなんだ?」
ユキワリ・キョウヘイ「ちょっ……また、い、いい、痛いから」
と、目をキラキラとさせながら「アリバイ」について聞きたがっている御剣さんだったが、ぼくの手をぎゅーっと痛みが出るくらい握っていた彼に彼女の制裁が下るのに、そう時間はかからなかった。
ミツルギ・ヒイロ「な、なるほど……正義の、証明……という、訳か……」
がっくりとうな垂れていた御剣さんは、ふるふるとまるで生まれたての小鹿のように立ち上がるとふっと決め顔を見せつける。アリバイというものを理解した御剣さんは、昨日の事について思い出していた。
ミツルギ・ヒイロ「昨日の夜、についてだな。俺は春日とシーサー、2人と一緒に夜の食堂で話をしていた。会話の細かい内容までは記憶してねぇが、取り留めもないただの会話だ。そこまで気にするような物でもない、とだけ言っておくか。終わったのは《ヨルジカン》が始まってすぐか。
シーサーが眠たいって言い出してな、ぬかったぜ。般若面を被っているから忘れているがシーサーは【超逸材の漁師】だ、って事をな。漁師は普段は朝早いんだってよ、この監禁船からは漁は出来ないみたいだが、長年の習慣ってのは変わらないらしい」
ユキワリ・キョウヘイ「そうか。えっと、そう言えば3人はいつも一緒に居る感じがするな」
御剣さん、春日さん、鈴木さん。
3人は常に一緒に居る印象がある。どちらかと言えば、御剣さんが2人を引っ張っているという印象が強いが。
ミツルギ・ヒイロ「ふむ、そう見えるか。まぁ、そうなるように心掛けているからこそ、杏平にもそう見えたんだと思うがな」
ユキワリ・キョウヘイ「心掛けて……?」
それは御剣さんの方から、春日さんと鈴木さんの2人と仲良くするように御剣さんが心掛けていた、という事だろうか?
ミツルギ・ヒイロ「シーサーはあの顔だろう? 聞いた話によると、シーサーは【超逸材の漁師】というだけあって水中の方が良いそうなんだ。どうも、彼が過ごしていた島はここよりも空気が綺麗らしい。はっきり言えば、ここの空気は彼にとってあまり良い物じゃないらしい。だから、あの仮面を着けているんだとか。詳しい事情はそれ以上は知らないがな」
ユキワリ・キョウヘイ「まぁ、あの顔はちょっと……だが」
あんな不気味な般若面を被っているのだ。少しばかり警戒するのも仕方がないとは思う。まぁ、御剣さんが語っている《鈴木シーサーさんの事情》が本当に正しいのかどうかは分からないけれども、そういうものだと理解しておこう。
ユキワリ・キョウヘイ「春日さんは? 鈴木さんと同じく、随分気にかけているようですが」
ミツルギ・ヒイロ「あぁ、正直な所シーサーの方はそこまで気にしていないんだ。顔があんな般若面で、あまり喋らないが、俺が近くに居て気をつけていれば他の皆にそこまで怖がられる事はないと思っている。
――――けれども、春日の件はそこまで単純な問題ではない。あいつの問題は内面、精神に問題があると言っておこうか」
ユキワリ・キョウヘイ「精神面?」
ミツルギ・ヒイロ「初日、ゲシュタルトからコロシアイの説明があったのは覚えてるだろ? あの後、俺達は気まずさのあまり全員別れたが、その日の夜。流石の【超逸材のヒーロー】である俺も、なかなか眠りに就けなくてな。だから、食堂に行ったのだ。ルールの中にあった、【夜10時以降は《ヨルジカン》となり、学園の施設が使えなくなります】という事を忘れてな。そしたら、あいつが居たんだ。
――――春日が、包丁を持って机に座ってたのを、俺は目撃したんだ」




