チャプター1 監禁船の四月は君の虜 (非)日常編二日目④
【探偵】と一言で言っても、椅子に座ったまま事件を解く安楽椅子探偵。浮気調査を行う地道な探偵。実際に戦闘行動を行う武闘派探偵……他にも色々と探偵には種類があるのだが、一部の例外を除いて【探偵】というのは、コロシアイに対して否定的であるはずだ。殺人とかもあまり好ましくないはずである。なにせ、ほとんどの【探偵】というのは事件を推理するのが生業なのだから。
そんな探偵の中でも、探偵の中の探偵とも言えるような【超逸材の探偵】と称される称号を手に入れた探偵である彼が、コロシアイを認めるような発言を?
ユキワリ・キョウヘイ「【ゲノムプロジェクト】。その本質がコロシアイ……か。そして元【超逸材の探偵】である雪割花江が認めているというのが変だな……」
我が兄貴は別に正義漢に溢れている訳でも、犯罪に対して復讐に似た信念を持っている訳でもない。ただ単に我が兄貴は死神扱いされるほど事件に遭いやすいのだ。
殺人事件も、盗難事件も、誘拐事件も、色々と事件を解決して来た兄貴だが、犯人を慰める事はあったけれども、犯罪を認めることはなかった。
ユキワリ・キョウヘイ「そんな兄貴が犯罪を……いや、あれは本当に兄貴なのか? あんな30過ぎくらいのおっさんに言われても、あの傷だってなにかのトリックかメイクかなにかで……」
けれども、あれは兄貴である。
何故かそれだけは否定できないんだよな……。
あの【コロシアイ動機ビデオ】がなんなのか考えがまとまらずにいると、ゲシュパットから連絡が届く。なんだろうと思ってメールを開けてみると、それは相川さんからのメールだった。
【送信者;相川祐樹
内容;相川です。今、他の人が終わりましたので次は雪割くんの番です。もしよろしければ、カウンセラールームまで来てください】
ユキワリ・キョウヘイ「……行くか」
この【コロシアイ動機ビデオ】のことについて、相川さんとじっくり話したい。と言うよりも、1人で考えていたら気が変になりそうだ。
ぼくはこの気持ちについて整理をつけるため、部屋を出た。
部屋から出て、ボーリング場を通ってカウンセリングルームへと向かっている最中にぼくはとある人物を見つけた。いや、凄く特徴的な人物を目にする。
その人物はダンボール箱を上に被った、知っている人ならばすぐにその人物だと気付く人物であり、そんなダンボールを被っている【超逸材の神】こと久能さんは、カウンセリングルームの扉の前でぶるぶると震えていた。
ユキワリ・キョウヘイ「久能さん?」
ぼくが出来る限り怯えさせないように少し小さな声で話しかけたのだが、それでも彼女にとっては物凄くびっくりしたようでダンボールががんっという音と共に大きく揺れる。大きく揺れた衝撃でいつもはダンボールで見えなくなっている彼女の足が、日焼けすら知らなそうな真っ白な素足が見えたのだが、今は些細な問題である。
クノ・タマキ「だ、だだ、だれ!?」
ユキワリ・キョウヘイ「落ち着いてください、雪割ですよ」
安心させるようにゆっくりと、腰を下ろして出来る限り丁寧に接して話しかけると彼女は落ち着きを取り戻したようで、一度深呼吸をして冷静さを取り戻していた。
クノ・タマキ「ふむ……ユキワリさんデスか。少し驚いてシマイましたデス」
ユキワリ・キョウヘイ「久野さんも、相川さんに用事?」
クノ・タマキ「ザッツ・ライト。その通りデス」
久野さんは箱から左手を出して、グッと拳を握ってポーズを付けて表現する。
クノ・タマキ「メールが来て、【コロシアイ動機ビデオ】なるモノを見たデス。そこには良く分からないコトがあったデスので、エンリョなくスケットさんにキコウと思ったデス。さっきカウンセリングしてくれたケド、まだビミョウで……マァ、次は雪割さんミタイなので、ジャマモノはタイサンするデス。失礼する、デス」
久野さんはぺこりと頭を下げる(?)と、そのまま個室のある寄宿舎の方に帰っていた。久野さんと別れたぼくは、そのままカウンセリングルームの扉を叩くと、中から相川さんが現れる。どうやら汚れたようで、しきりにタオルで顔を拭いていた。
アイカワ・ユウキ「やぁ、雪割杏平くん。ようこそ、ちょっと汚れているけど入って貰えますか?」
相川さんに言われてカウンセリングルームの中へと入ると、前見た時よりも物凄い雑に汚れていた。
将棋の駒が辺りに散らばっていたり、巻物が置かれていたり、部屋中ペンキで塗られてたり、フィギュアが乱雑にくずれていたり、その上でサッカーボールが暴れたような跡……。
ユキワリ・キョウヘイ(将棋の駒は戦場ヶ原さん、巻物は平和島さん。ペンキは倉中さん、フィギュアは御剣さんが持って来たのかな? で、彼らが持ち寄った後で、常盤木さんがサッカーボールを蹴ったのかな? こんな部屋の中で……)
アイカワ・ユウキ「いやぁ、参ったねぇ~。超逸材と称される高校生の威力は半端じゃないよ。キャラも強いが、相談内容もそこそこ骨が折れるくらい大変だったしね。
まぁ、今は雪割杏平くんの番だったね。さぁ、座ってくださいな。カウンセリングを始めましょう」
と、どこか嬉しい気持ちも含ませた声と顔で、相川さんはそう言って奥の席へと腰かけ、同時にぼくも手前側の席へと座る。2人の間に置かれたテーブルの上に、相川さんが小さなメモ帳を置くと、カウンセリングは始まった。
ぼくは、相川さんに【超逸材のスケットのためのコロシアイ動機ビデオ】から得た情報を伝える。ビデオの中に出て来たのはぼくの兄貴にして元【超逸材の名探偵】の雪割花江。そして【ゲノム計画】という計画にぼく達が関わっているかもしれないという事。けれども1つだけ、もしかしたら外の世界では10年の月日が経っているかもしれないというのは黙って置いた。自分でも信じられないし、もしかしたら嘘かもしれないからである。
アイカワ・ユウキ「……ふむ、なるほどね」
コクリと、相川さんはぼくの話を全部聞くと、頭を振って肯いていた。そして机の上に置いたメモ帳にさらさらと物凄い勢いで書きだしていきながら、カウンセリングを始めてました。
アイカワ・ユウキ「とりあえず雪割杏平くんの話から察するに、その【ゲノム計画】というのが心配なんですね。確かにコロシアイを許容するような計画は、人間が生まれてから記録に残っている限り、非人道的な作戦は誰かしらの反対が強いはずだよ。たとえ悪魔と外国人を定義したとしても、少なからずそれに反対する人が居るようにね。
けれども、雪割杏平くんの話が全部本当だとすると、ぼく達15人。それに雪割花江くんも賛成しているとは……少なくともわたしは覚えてないよ」
ユキワリ・キョウヘイ「ぼくも、です」
アイカワ・ユウキ「つまりは記憶が欠落、あるいはそれ自体がわたし達を惑わすための嘘……。どちらにせよ判断出来ないというのが情けない話だよ。まぁ、これが君への動機としては、ゲシュタルトの目的は既に達していると言えるよね。実の兄から告げられた話、信憑性としては見知らぬ他人が言うよりかはかなり高いだろう」
そうなのである。
もし仮に本当に兄から告げられていたら、ぼくはこんなに悩んでいない。だってその兄が知らない内に10年以上歳をとって現れたという状態なのだから、その事についても考えなくちゃいけない。
決してこの情報の全てを信じてはいけない。なにせ、コロシアイをさせたい奴らから来た情報なのだ。
何が真実で、なにが虚構なのかはしっかりと見極めなければならない。
ユキワリ・キョウヘイ「けれども、一番困るのはこのコロシアイですよ。ぼく達の誰かがこの映像を見て、あるいは別の理由で、誰かを殺すかもしれない。ぼくはそれが怖い」
アイカワ・ユウキ「そっか、君は実際にそういう人物を知っているんですよね」
ユキワリ・キョウヘイ「……はい」
家族を殺された男。
親友の尊厳を傷つけられた女。
愛する者を殺されてしまった夫。
全てを失ってしまった老人。
ぼくはそんな、些細なきっかけで人生を狂わされて悪人になった者を見て来た。その人達は程度の違いさえあれども、元はぼく達と同じ人間だった。
喜び、悲しみ、怒り、楽しむ。
普通の感情を持った、ごくごく一般的な人達。そんな人たちが些細な、ちょっとした歯車の噛み違いで、互いに殺し合う事を見て来た。
ユキワリ・キョウヘイ「だから、ぼくは心配なんです。もしかしたら、この動機ビデオを見た事で、本当にぼく達16人の間に軋轢が生まれているのかもしれないので。もし、本当にコロシアイが起きたらと思うと――――」
アイカワ・ユウキ「――――だいじょうぶだよ、雪割杏平くん」
と、どこか優しげな口調で語りかけてくれる相川さん。そしてぼくの手をぎゅっと握ると、相川さんはニコリと笑みをこぼす。
アイカワ・ユウキ「そうやって恐れているばかりでは、なにも変わらないよ。大切なのは死をも恐れずに前を向くこと、だからね。たとえコロシアイが起きようとも、わたし達は未来を向いておかなければならない。その覚悟を決めることこそが、大切なんだと思うよ?
よしんばコロシアイが起きたとしても、わたし達は前を向かなければならないさ。なにせ、それが若いわたし達に与えられた使命……義務、みたいなものなのかな?」
相川さんは握った手に力を込めると、強く自分にも言い聞かせるように言っていた。
ユキワリ・キョウヘイ「えっと……」
アイカワ・ユウキ「コロシアイが起きるのも、起きないのも自由だとわたしはそう思っている。けれども大事なのは、過去に惑わされずに、未来を見据える事。前向きに居る事、それが大事なんだよ。それが【超偉材のカウンセラー】として君にアドバイスできる、人生において一番大事な事なんだから。
勇気を持って、前を向いて、世界に進め。それがこのコロシアイで、皆に言い聞かせていることだよ」
それが相川さんの、カウンセリングの最後の言葉だった。
――――この時のぼくはまだ知らなかった。
これが、本当に別れの言葉になるだなんて。