3章ー17話 「問題児たち」
目の前に馬鹿がいた。
それも相当な馬鹿だ。
完全にスラーッと入る流れだったと思う。というか、
「ドアぐらい普通に開けろ!」
左手で手刀を作り、それを左側へと突き出すアイリス。その手刀を少年はヒラリと避ける。
憎々しげに自身の左手と目の前の山猿を見つめるアイリスだが、やってしまったことなので仕方ない、とすぐに頭を切り替えることにする。
「…つーか、めっちゃ見られてるわよ。どんだけ騒ぎを起こすのが得意なわけ」
「ハハッ、俺様のような大物は黙っていても目立っちまうもんだ」
「この状況でそこまで堂々としてるのは一周回って凄いわね。尊敬はしないけど」
実際に今の状況で常人ならこんな態度はできないだろう。
教室中の視線がこちらへ向いているのだ。しかし、そんなことはどこ吹く風と言った様子で山猿は教室中を見渡し、
「あいつとあいつと…あいつだな。つーか、三人中二人が女かよ。最近はこういうとこじゃ女の方が強いのか?」
「さぁ、たまたまじゃないの。まぁ確かに何か癖が強そうね、あれが残りの特待生組か~」
アイリスの視線の先、そこには制服を着ていない三人の少年少女。一人明らかに年下の少女がいるが他の二人は恐らく同年代であろう。
その三人のうちの一人、おかっぱの少女がこちらに向けて手を振ってきている。恥ずかしいが無視するのもどうかと思うため、アイリスはそれに右手を上げて応じる。
「んじゃ、とりあえずあたしたちもあそこ行こっか。ここに注目されながらずっと立ってるわけにもいかないしさ」
「それもそうだな。つーかなんだ、特待生ってのは問題児が多そうだな。大丈夫か、この学院?」
「あんたが言うな」
そう言って、アイリスが先頭になり階段教室を上っていく。すでに先程のような視線は無い。
内部進学組の生徒にとっても特待生はそんなに興味のある対象ではないのかもしれない。それにすでに教室には三人の特待生がいるのだから、制服を着ていない自由な服装にも慣れたのだろう。
そんなこんなを考えているうちに三人の特待生の席の近くまで着いていた。二人の少女がニコニコと笑顔浮かべている。
正直アイリスにとっては嬉しい誤算だった。同姓がいるのはやはり心強い。
そんなアイリスに、
「はじめまして、フェリア・ダヌリフよ。よろしくね」
とフェリアが左手を差し出す。
左手であることに一瞬違和感を覚えるが、アイリスもそれに習い左手を差し出す。
「こちらこそ、アイリス・リーヴァ―――」
その言葉は最後まで続かなかった。
フェリアの右手が凄まじい早さで振りぬかれようとしていることにアイリスの感覚が俊敏に反応する。反射的に腰の木剣へと手を伸ばし、
バンッという木剣がぶつかる音が教室内へと響く。
――重いっ!?
互いの木剣が交差したその瞬間、アイリスの右手へと強い衝撃が襲う。
久しぶりの感覚だった。そう、この重さはグリシラと毎日のように戦っていたあの頃のような懐かしい感覚。
しかし、そんな感傷に浸っている場合ではない。木剣が力で押し切られる前に刀身を寝かし、フェリアの木剣を横へと受け流す。そして、体勢の崩れたフェリアへと寸止めするつもりで最速の斬撃を打ち込む。
バンッという木剣がぶつかる音がふたたび教室内へと響いた。
完璧に決まったと思った一撃は、フェリアの木剣により寸止め以前に受け止められていた。
驚くべきスピードだ。それに最初の一撃。座ったまま腰の回転と膂力で打ち込んだだけにしては威力が強すぎる。
その剣にアイリスは内心で感心してしまっていた。しかし、今は鍔迫り合いに近い状態。互いの木剣は合わさったままだ。
「挨拶にしては過激過ぎじゃない?」
その皮肉に、フェリアは一瞬目を丸くすると、見る見る内にその表情を崩していく。
「にゃは! 寸止めでちょっと驚かそうと思ってたのに、まさか受け止められたうえに受け流されて、あげくの果てに反撃されるとはね~。こっちが驚かされたよ。うん、強いね、あんた」
そのあまりにもハッキリとした態度と率直な賞賛にアイリスの毒気が抜かれる。
そしてフェリアはそのまま剣を引き、アイリスも木剣を腰へと戻す。
しかし、
「こら、フェリアちゃん!! なにやってるの!! あっ、だから席を交換してなんて言ったのね!?」
そこへ先程の攻防に呆気にとられていたミリアンのお叱りの声がかかる。
本人は本当に怒っているようだが、その愛らしい容姿のせいであまり怒りが伝わらない。そんなミリアンを見て何かを思いついたかのようにポンと手を叩くと、フェリアが両手で持ち上げて膝の上に乗せる。
「え!? ちょっと、フェリアちゃん!?」
「こちら特待生のミリアン。そして後ろにいるのが同じく特待生のルーク。ほら、挨拶しなさい」
「えっと、ご紹介にあずかりましたミリアンです。よろしくお願いします。って、フェリアちゃん、まずはアイリスちゃんに謝りなさい!」
「ん? あー、うん、それもそうだね。突然斬りかかってごめんなさい」
「えっ……と、まあ気にしないでいいよ」
いきなりの事態についていけず、それに予想外にしっかり頭をぺこりと下げられてしまったため、とりあえず謝罪を受けるアイリス。人見知りにとってはなかなかハードな状況だったのだ。
しかし、その言葉を聞き届けフェリアは頭を上げカラリと笑う。
「うん、じゃあ改めてよろしくね、アイリス」
「ええ、よろしく」
そう言って席を一つずらし、アイリスにそこに座るように誘う。
断る理由は無いため、その席に着き、ようやくアイリスは一息つくことができた。
「だから言っただろ、問題児が多そうだって」
そんなアイリスに後ろから声がかかる。
いつの間にかルークの隣へと腰を下ろしていた山猿が、机に突っ伏して顔だけ上げてそう告げる。
「そう言えば、二人は並んで入って来たけど知り合いなん?」
アイリスが山猿の言葉に反応するよりも早く、フェリアがそんな問いを発する。
「あー、何と言うか、まぁ一応知り合いかな。少し前にちょっとした戦いで共闘したくらい」
「おっ、面白そう。話が聞きたいけど…そろそろ人の出入りも無くなってきたし、お話が始まるかな? まぁ、これで全員なら肝心の貴族様に強そうなのがいないのが不満点だけどね。うちの父親の話じゃ優秀なのが多いって話だったのになぁ……」
「いえ、少なくとも全員じゃないですよ」
そんなガッカリしたようなフェリアの言葉をミリアンが否定する。
ルークを除いた三人がフェリアの言葉に「え?」と反応を示す。そしてミリアンはその言葉の根拠となる言葉を紡ぐ。
「だって、――まだウィルくんがいませんし」
その瞬間、教室の扉が開く。
入ってきたのは鋭い瞳が特徴的なビシッとしたスーツのような服装をしたまだ若い女性だ。そして、その後に続くように三人の制服姿の生徒。
その先頭にその男はいた。
腰に差した圧倒的な存在感の聖剣。シャーリーと同じように光り輝く銀髪の髪。碧く透き通った瞳。恐ろしいまでに整った容姿。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。
その全てが会ったこともないアイリスに何度か聞いたことのある程度のその男の名前を呼び起こさせる。
あれがあの子の兄。そしてあの子が王になるのなら越えなければならない山巓。
その男の名は、
「――ウィリアス・サリスタン」




