3章ー閑話 「五勇星会議 その①」
サリスタン王国の中心。そこには五百年前に建てられた王城が今も当時の姿のままで存在している。
そして、王城には毎日のように多くの人の出入りがある。王族をはじめ、王家に仕える使用人、『近衛騎士団』『中央魔道局』といった国の守護を司る者達、そして他国の使いなど、その他にも多種多様な人物が往来する。
その中でも今日は特別な一日。そして特別な英雄たちが集結する日だった。
豪華絢爛という言葉がピッタリとハマるような廊下。
端の壁には絵画、等間隔に立てられた台の上には壺や銅像といった芸術品が飾られている。
その中央を一人の衛兵に先導されながら歩く人影が一つ。
衛兵の表情には緊張の色が浮かび、その足取りは若干固い。
一方、その後ろを付き従う人物には一切の乱れはない。まるで手慣れているかの様な足取りで、顔には柔和な笑みを浮かべながら歩を進める。
「他の方はもう到着されているんでしょうか?」
不意にそんな呟きのような問いが衛兵にかけられる。
女性らしい軽く、そして心なしか神聖な落ち着きを含んだような声音だった。
「いっ、いえ。他の方々はまだ到着されておりません」
「そうですか、ありがとう。あの、そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ」
「し、失礼しました!」
衛兵の声は緊張で少し上ずっていた。
女性はそんな衛兵の様子に困ったような顔を浮かべながらも柔和な笑みを崩さず、手を振って気にしてないことを示す。
そのまま二人は無言で歩を進め、廊下には足音だけが響く。
その音が止まったとき、二人の目の前には荘厳な扉。それを見た衛兵は、フーッと息を吐き、
「では『聖女』様。他の四名がいらっしゃるまで、こちらでしばしお待ちください」
そう言って、『聖女』と呼ばれた女性に向かい振り返る。
その瞬間、衛兵の瞳が本日初めて自分が案内していた女性の全身を正面から捉えた。
美しい、とは思わなかった。
衛兵の目の前にいる女性は一般的に見れば間違いなく美人に分類されるだろう。しかし、彼が一番に感じたのは、『聖女』の持つ神秘的ともいえる神々しさだった。
身長は女性にしては高め、その身体には女性らしい起伏がある。
黒と白で構成された修道服に身を包み、クリーム色をした腰の辺りまでの長さの艶のある髪は後頭部の辺りで結ばれていた。
空色の瞳は全てを見透かすようで、その口元には常に柔らかな笑みが携えられている。
まるで自分と同じ人間とは思えない目の前の女性に見惚れている数秒間。
そんな衛兵の時間は、
「あの~、私の格好どこかおかしかったりしますか?」
という困った様な『聖女』の言葉で途切れる。
ハッとして、一瞬で我に返った衛兵は、
「し、失礼しました! こんな間近で『聖女』様を拝見するのは何分初めてなもので、そのつい…見惚れていました!」
テンパり、勢いで自分の胸中をつい全て吐き出してしまった衛兵。彼はすぐに自分が何を言ったのか認識し、顔を青くする。
しかし、聖女はそんな衛兵の反応に口元に手を当て、フフッと小さく笑うと、
「それは、光栄ですね。案内ご苦労様でした。これからもお仕事がんばってください、貴方に神の祝福がありますように」
そういって衛兵に頭を下げると、ドアノブを捻り『聖女』はスラリとした動作でその扉の中へと消えていく。
衛兵は、反射的にその後ろ姿を目で追いかけて、扉が閉まり数秒した後に自分の仕事を思い出し、再び次の来客のために王城の正門へと足を走らせたのだった。
部屋の中央には、荘厳で高価そうな丸テーブル。そのテーブルには等間隔に五つの椅子。
衛兵の言うようにまだ部屋の中には誰もいない。そして、そんな光景は彼女にとってはもう数えきれないほどに体験した光景だった。
フーッと小さく息を吐き、右手の指をパチンと鳴らす。
一見すると何のこともない動作。しかその瞬間、音と連動するかの様に部屋を取り囲む四角形の不可視の結界が張られた。
何が起きたかは彼女にしかわからない。王城にその変化に気付ける者はいない。
「……あー、だりぃ!」
結界が張られたことを確認し、『聖女』はドアから一番近い椅子を足で引くと、何も持っているようには見えない右手でテーブルの上に何かを置くような素振りを見せる。そして、そのまま自分の足で引いた椅子へとドッカリと腰を下ろした。
先程の衛兵に接していたときとは、まるで違うお淑やかさの欠けた所作。しかし、彼女にはもう偽りの外面でいる理由は無かった。
「ったく、いつになったらこの集まり無くなんだ。どーせ、今回も他の馬鹿どもは出席しやがらねーし、無駄ったらないっての!」
テーブルの上に足を上げ、そこそこ大きい声で愚痴を垂れる『聖女』と呼ばれる女性。しかし、彼女の声は結界に阻まれ外には一切届くことは無い。
テーブルに上げたままの足を組み、右手を虚空へ滑らせる。そして、
「――陰結界、解除」
そう呟くと、何も無いよう見えたテーブルの上に二十を超える箱が現れた。
実はそれは『聖女』がずっと右手で持っていた物。しかしその周囲を認識から外す陰結界で囲み、その上から通常の結界を張って手提げの様に持ち歩いていたため、衛兵はその気配すら気づけなかった。
「結局、俺が一人で飯食って今日も終わりってな感じになりそうだな、こりゃ。まぁ、それでもいいんだけどな」
そう言って、修道服のポケットから愛用しているスプーンを取り出す。このスプーンは一切の劣化をせず、またそのスプーンで料理を掬った瞬間にその料理を食べるのに最も適した温度にするという優れものだ。
そして『聖女』は詰まれた箱の中から無造作に一つを取出し、自らの目の前に置く。
それは厳かな箱だった。しっかりと丁寧に包装されており、それ一つ取っても一つ一つに職人の腕が光っている。
「初めは、ゼンマイ亭の焼き魚弁当」
そう心なしか嬉しそうに呟いて、『聖女』は両手を合わせる。
その仕草は先程までの乱暴な口調や態度とは異なり、衛兵が感じたような神聖さが溢れている。そして、
「いただきます」
食材へ祈りを捧げ、『聖女』は五勇星会議の日課である王都中の有名弁当を持ち寄っての一人昼食会を始めたのだった。
時刻は午前十一時十五分。
会議開始まで四十五分。
現在の出席状況 『聖女』のみ




