3章ー8話 「大浴場の一幕」
「あ~、いいお湯だ。ちょっと熱めだけど」
体を洗い終えて、湯船へと浸かる。
一日歩き回った疲れが洗い流されるような感覚に思わず声が漏れた。
場所はデイジー邸の浴場。
夕飯が終わった後に食器の片付けを手伝おうとしたが、案の定断られてここへと案内されたのだ。
そして、これは家の外観の大きさから想像していたことだが、
「しっかし……大きいな~」
案内された浴室は大浴場と言っても差し支えが無いほどに巨大だった。
どう考えても一人暮らしの家にある浴室ではない。
しかし、恐らくこれがデイジーの持論の衣食住の住を満たしているということなのだろう。それに彼女の立場上、部下を泊めたりなどにも使うのかもしれない。
そんなことを考えながら、ゆったりとした解放感に包まれつつあったアイリスだったが、その耳にガサゴソと物音が届く。
いきなりの音に少しビクッとするが、どうやら音がしたのは先程、衣服を脱いだ脱衣場。そして、それならば音の主は一人しかいない。
恐らくデイジーがタオルや着替えなどを準備してくれているのだろう、と納得したアイリス。
しかし、その音に続くようにまた別の音に耳に届く。
それは――衣擦れ音。そして、
「……ちょ――!?」
「お湯加減は大丈夫かい?」
そんな声と共に当然の様にデイジーが浴槽に入ってくる。
一糸まとわぬ完全な全裸姿。浴場なのだから当然といえば当然なのだが、同性とはいえ今日あったばかりの女性といきなり一緒にお風呂に入るのは人見知りのアイリスには中々レベルが高い。
「あっ、えっと…ちょうどいい感じです」
「そうか」
しかし、拒否するのも失礼なので湯船に顎まで浸かり、ボソボソと返答を返す。それを聞き、ホッとしたような素振り見せ、デイジーは洗面台の丸椅子に座り体を洗い始める。
あまりの自然体の様子にアイリスはボーっとその様子を見つめていた。服の上から見ても女性らしさの溢れていたその肢体は、裸で見るとより凄まじかった。
そんなアイリスに、
「あっ、そう言えばアイリスはかなり優秀なようだな」
「はい?」
頭を洗いながら、声がかかる。
「ああ、シオンさんやグリシラさんからは聞いてたのは聞いてたのだけど、実はこの前うちに来たシルも珍しく絶賛してたのだよ」
「いえいえ、そんなこと……ん? シル?」
首を振り、謙遜しながらそう答えるが、途中で聞き慣れないその名称に首を傾げる。
その反応に「ああ、すまんすまん」と笑うと、
「シルとは愛称なんだ。シルクール・スノーデンハイムのことさ。一緒に戦ったんだろう?」
「ああ、シルクールさん! お知り合いなんですか?」
「彼をあの討伐戦に派遣したのは私なんだ。立場上は彼は私の弟弟子にあたる」
「へぇ~、ってことはデイジーさんも――」
「ああ、一応『魔法星』の十人の直弟子の一人として数えられている」
そこまで言うと、体と頭をシャワーで洗い流すとアイリスが浸かる湯船へと入ってくる。
そして、アイリスと肩が触れ合うほどに近くまで来るとフーッと息を吐き、湯に浸かる。
「話を戻すと、私は正直少し驚いたんだ。シルはとても優秀な魔法使いなんだが、人に点数を付けたりあまり他人に興味を持たなかったりと困ったところも少しある。そんな彼がキミのことをべた褒めしていたからね」
「それは光栄ですけど、そんなに褒められるようなことをした自覚は無いんですけどね…。一応トドメをさしたのはあたしですけど、他のことはそこまで役に立ってなかった上、火力不足でもありましたし…」
「フフッ、謙虚なのは良いことだがあまり自分に厳しくするのもどうかと思うぞ。――っと、そうだ。その件については私としても負い目を感じているんだよ」
「負い目? デイジーさんが?」
バツの悪そうな顔で眉間をかくデイジーの発言に意味が分からずアイリスが首を傾げる。
「あの魔物――リジェネといったかな、あれは本当に突然あの森に魔力反応が現れてね。こちらもしっかり部隊を編成することができなかった上、その正体は全くの不明だった。だから私は、私個人が動かせる魔法使いの中でトップクラスに優秀で大抵のことを器用にこなせるシルを向かわせたんだが、討伐対象とはどうやら相性が良くなかったようだ」
「さっき言った火力不足の件ですね。でも敵が正体不明なら、その判断は普通なんじゃないんですか?」
「まあ、そうなんだが…。立場上、いやこれは私の性格上か、どうしても最適解を求めてしまうんだ。過去の仮定は意味のないことだと解っているんだがね」
「…気持ちは何となくわかる気がします。でも、実際には無事解決したんですし、デイジーさんが負い目を感じる必要はないと思いますよ」
「――ありがとう、キミは優しいな」
そこまで言って、デイジーはフーッと息を吐き、真剣な表情を消して笑みを浮かべる。
正直アイリスとしてはお礼を言われるほど大したことは言ってないつもりなので、ただただこそばゆく感じていた。
「それに―――いや、よく考えたら何故こんな小難しい話をしているんだ私は?」
「いや、こっちに聞かれましても!?」
「うーむ、これも私の悪いところだ。何故か仕事と関係ない場でもそういう話になってしまう。すまんすまん、うーんと何かキミの興味ある話題は―――む?」
「え?」
首を傾げたデイジーがいきなりアイリスの顔を見つめる。
そして、
「キミはもしや長風呂は苦手かい? 顔が真っ赤だぞ」
「…えーっと、どちらかと言えばお風呂はそこまで長くは浸からないかもです」
「あー、なら先に上がるといい、私は少々長風呂なんだ」
たしかに先程からアイリスが少しのぼせ気味なのは事実だった。普通の風呂ならばここまですぐのぼせるわけではないが、やはりデイジー宅の浴場は少し熱めだ。
少し失礼な気がするが、もし倒れても迷惑をかけるので先に上がらせてもらうことに決めた。
「では、お先に失礼します」
「うむ。あっ、寝間着や下着等はキミが来るのを見越して買っておいたものを脱衣所に置いておいたから使うといい」
「そうなんですか、ありがとうございます。何から何まで」
「気にすることはない、姉として当然だ」
振り返りお礼を告げるアイリスに、ヒラヒラと手を振り応えるデイジー。
『姉として当然だ』、その言葉に自然と頬が緩む。
そして頭の中でいくつかの顔を思い浮かべ、
――親父、シオン姉さん、母さん、デイジーさん。あたしを育ててくれた家の家族はみんないい人すぎるね。
そうアイリス・リーヴァインは一人静かに思いを馳せた。




