3章ー6話 「訪ねて来た妹」
「ふーっと、まあこれまでの僕とグリシラさんとの関わりはこんな感じかな」
「なるほど、色々あったんですね」
カネマネがこれまでのグリシラについての話を終え、一息を吐く。
アイリスも「うんうん」と頷き、手元の紅茶を飲み干す。
気づけば一時間ほどが過ぎていた。しかし、カネマネから聞く父の話はどれも新鮮で、あっという間に時が過ぎ去ったかのようだった。フーッと息を吐き、窓から外を眺める。
そして、
「――じゃあ、そろそろお暇しますね。ケーキと紅茶、ごちそうさまでした。美味しかったです」
謝辞を述べ、立ち上がろうとするアイリス。今日はまだ、もう一軒訪れたい場所がある。それにいつまでも居座っていてはカネマネも仕事に取り組めないだろう。
そんなアイリスに、
「ん、ちょっと待って。まだ本題について話してないでしょ」
とカネマネから制止の声がかかる。
しかし、アイリスは”本題”という言葉の意味が分からず首を傾げる。
「? 本題って何のことですか?」
「え、それはお金のことじゃないの? グリシラさんからは『俺の娘が金に困ってたら助けてやってくれ』ってお願いされてるんだけど」
「……あー」
カネマネの返答にアイリスは内心苦笑する。まったく、父はどれだけ自分を心配しているのかと。しかし、現状アイリスはグリシラから出発の際にもらった資金さえも底をついておらず、金銭面の心配は全くなかった。
「いえ、特にそう言った用件はありません」
アイリスのその答えに今度はカネマネが首を傾げる。
それ以外に彼にはアイリスが実際にここへ訪れる要件に心当たりが無かったのだろう。
「えっと、じゃあなんでわざわざここまで?」
「それは単純にお礼が言いたくて」
「お礼?」
疑問の声が続く。
カネマネ自身にとってはそれはお礼を言われるようなことではないのかもしれない。しかし、それでもアイリスにとっては、
「あたしと親父が五年間暮らした家をくれたのはカネマネさんなんですよね?」
「家? ああ、あの別荘のことね。うん、そうだよ。……ってあれ、もしかして」
「はい、そのお礼を一言だけ言いたかったんです。あの家のおかげでとっても素敵な暮らしができました。どうもありがとうございました」
ペッコリと頭を下げるアイリス。
そんなアイリスを見てカネマネは目を丸くする。そして、感極まったかのように小さく頷くと、
「――ああ、それはよかった。どういたしまして」
そう今までで一番の笑顔でニッコリと微笑んだ。
それを見てアイリスも同様にニッコリと笑う。
「あっ、そうだ。お世話になってばかりで恐縮なんですが最後に一つ聞いてもいいですか?」
「もちろん、何でも聞いて」
快諾するカネマネ。その心遣いに感謝しつつ、
「この住所ってどこだかわかりますかね?」
「んー、っと。ちょっと待ってね。見覚えがある気がする」
そう言ってカネマネは人差し指で自分の額をコンコンと小突く。それが考える際の癖なのだろうか。
そのまま五回程自分の額を小突いたところでその顔が晴れる。どうやら思い出したらしい。
「この住所は『中央魔道局』の本局の住所だよ」
「え!? 実際に調べる前に住所見ただけでわかったんですか?」
その記憶力にアイリスが舌を巻く。
「いや、職業柄というか立場上こういうことにちょっと詳しくてね。それにここはちょっと有名だしね」
「へぇー、歩いてどのくらいかかりますか?」
「ここからだと、そうだな~。ゆっくり歩いて二時間くらいかな」
カネマネの答えにアイリスが「わかりました」と頷く。
これでとりあえず知りたいことは全部知れた。後は行き方を調べ、ゆっくり途中で昼食を取りながら進めば夕方には着くことだろう。
アイリスがソファーから立ち上がり、それに続くようにカネマネも立ち上がる。
「じゃあこれで失礼します」
「うん。しかし、アイリスちゃんは本当に礼儀正しいね。あのガサツな人がどういう育て方したらこんないい子に育つんだか…」
「そんなことないですし、普通ですよ。――普通に何の不自由なく育ててくれました」
アイリスの色々な思いの籠った答えに、カネマネも「そっか」と小さく呟き、それ以上を口にしようとはしない。そして、羽織っている毛皮のコートの中に手を入れてヒョイっと何かを投げて寄越す。
それを受け止め、不思議そうな顔をするアイリス。
「それは僕からの餞別。王都全体が描かれている地図だ。主要な場所は名称も描かれているから便利だよ、有効活用してね」
「――はい。あいりがとうございます!」
一瞬、受け取っていいものかという葛藤はあった。しかし、せっかくの厚意を無下にする訳にはいかないと素直に受け取る。
カネマネもそれを見て、満足げに微笑んだ。
そして最後に、
「困ったことがあったらいつでも頼ってきなよ。どうやら僕は、君をグリシラさんの子どもとしてとは別に一人の人間としても応援したくなってしまったみたいだ」
そう言い残し、アイリスを見送った。
*****―――
いつの間にかに時刻は夕暮れから夜へと変わる時間帯。
カネマネのくれた地図は、驚くほど正確で迷うことなく目的地まで着くことができた。その上、美味しいお店などの情報もおそらくカネマネの手書きであろう字で書かれており、道中にそこで昼食をとった。
そんなわけで今、アイリスは一つの建物の前に立っている。
フーケルン商社の本社と同じくらいかそれよりも巨大な建物。王国の費用で運営している分、金銭的余裕も大きいのだろう。
しかし、目的地を前にしてアイリスの表情は少し困惑気味だ。その表情を言語化するならば「やっちゃった~」といって感じだろう。
その理由は単純明快。先程から目の前に建物から職員と思しき人々が次々と出てきている。こんな夜から大勢で仕事と言うことは無いだろう。ならば簡単、彼らは単純に帰宅しているのだ。
正直、見通しが甘かった。まだ中には人が残っているだろうし、全員が帰るわけでは勿論ないだろう。しかし、帰宅時間が過ぎた後に個人的な理由で人を訪ねるのは申し訳ない気持ちが勝る。
――明日また出直すしかないか。
そう内心で決めて踵を返そうとしたところで、新たな二人組の職員と思しき女性が入り口から姿を現す。
長い黒髪の女性に癖っ毛の紫髪の女性だ。
不意にアイリスとその二人組の目が合う。
アイリスが反射的に会釈をするが、黒髪の女性は訝しむような瞳をアイリスに向けると、ゆっくりと近づいてくる。
「え? え!?」と困惑するアイリスだったが、すぐに女性とアイリスの間の距離は無くなる。
「金色の頭髪、深緋色の瞳、端正な顔立ちに鍛えられた四肢、それに腰には木剣。――なるほどね、予想より少し早かったかな」
「…えーっと」
一人納得するように頷く女性にアイリスはすぐには言葉が出ない。
そんなアイリスを差し置いて、
「すまない、リズベル。ちょっと予定ができた」
「その子はお知り合いですか、局長?」
いきなりの言葉にリズベルと呼ばれた女性も少し驚きの入り交じった疑問を投げかける。
そして、局長と呼ばれた女性は未だに状況が理解できないアイリスの頭をポンポンと軽くたたき、
「ああ、妹が訪ねて来たみたいだ」
そう言って、丸いメガネの中の瞳を少し嬉しそうに光らせながら微笑んだ。




