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英雄に育てられた少女は、どうやら世界を救うようです!  作者: 喜山 涼
第3章 「やがて夜空を照らす者達へ」
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3章ー4話  「ボンボン」


 リネットと名乗った少女と別れたアイリスは一人、目的地――フーケルン商社本店の前の通りをウロウロしていた。

 正直、あのお金持ち達が出入りする入口に向かうのは気が重かった。しかし、ここまで来てそんな理由で帰るわけにはいかない。

 「よし」と自分を鼓舞し、足を前へ踏み出す。


「いらっしゃいませ」


 緊張しながらも扉を開く。

 その瞬間、中の店員と思しき女性が頭を下げ、アイリスを迎え入れる。

 さすがは高級店。そこで働く店員も身だしなみから立ち振る舞いまで完璧だった。しかし、通常ならそれは素晴らしいことなのだが、アイリスにとっては余計に緊張が増す要因でしかない。


「え、えーっと。あの…」


 そして、冷静に考えればアイリスは会おうとしている人物の名前さえ知らなかった。

 言葉が詰まる。

 

 その様子――正確には下げた頭を戻し、アイリスの姿をその眼に捉えた瞬間、店員の目に若干だが不信感のような色が浮かぶ。

 年端もいかない少女、それも腰には木剣で服装は冒険者風。明らかにこの場に不釣り合いだ。


「何かご用件があれば承りますよ」


 しかし、女性もプロだ。一瞬でその不信感を全身から消し去り、他と同様にあくまでお客様に話しかけるように丁寧な口調で微笑む。

 アイリスも覚悟を決め、


「あの、社長にお会いしたいんですけど」


 とてつもなくシンプルな言葉で要件を伝えた。


 家をくれる=お金持ち=社長という恐ろしく簡素な方程式が頭の中はくみ上げられている。しかし、社長というのはあながち間違ってはいないだろうとアイリスは思っていた。

 これでもし、尋ね人がここで働いているバイトの一人。などというオチだったら、次会ったときに父の脛にでも蹴りを食らわせるしかない。


 アイリスに返答に女性店員は一瞬、目を丸くする。しかし、何か思い当ったことでもあるのかやれやれと首を振ると、


「一応、お尋ねしたいんですけど…事前に社長に連絡等は?」


「全くしていませんね」


 隠したり、嘘を言ったりしても仕方がないので自分でも気持ちのいいくらいハッキリと言い切る。

 そのアイリスに女性店員はニッコリ微笑み、


「申し訳ありません、それでは私ではお取次ぎはできません」


「ですよねー。いやホント、忙しい時間にすみません」


 アイリスも正直その対応は想定内。そして、話しているうちに段々と申し訳ないという感情の方が増してきてしまっていた。

 今の自分を客観的に見たら相当に鬱陶しい客だろう。

 そもそも何故、親父は自宅とかではなくて絶賛営業中の店の住所を記したのか、とアイリスは心の中でムーッと唸る。


 心でそんなことを想いながらも、すぐさま素直に踵を返そうとするアイリスを女性店員は意外そうな瞳で見つめている。

 そして、


「入口までお送りしますよ」


 と言って、アイリスの前を歩き出した。

 その行動を少し不思議そうに思いながらもその後に続く。

 とはいってもアイリス達が話していたのは店に入ってすぐの場所。そのため店の外に出るのに数秒もかからなかった。

 

「…えーっと、これは年長者のくだらないおせっかいだと思っていいんだけどね」


「?」


 店から出て、再び通りが目に入った所で女性店員が口を開く。

 先程までの店員と客とは違う柔らかい態度の少し優しさのある口ぶりだった。


「あなたはまだ若いし、それに美人なんだから。もっと自分を大事にしなきゃだめよ。道は色々あるんだし、ゆっくりもう一回考え直してみなさい」


「……はい?」


 女性の言葉にアイリスが首を傾げる。

 どうやら自分を心配しての言い分のようだが、その意味するところが分からない。

 そんなアイリスの反応を女性も察したのか、怪訝な顔をして、


「あなた…フーケルン商社に何かの金銭援助を求めに来たんじゃないの?」


「…いえ、違いますけど」


 ここで自分の考えとアイリスの要件がかみ合っていないことに気付いたのか、女性店員がアチャーと額を押さえた。

 そのコミカルな仕草に店内とのギャップを感じアイリスは少し微笑む。

 そんなアイリスに女性はバツの悪そうに苦笑し、


「あー、ごめん。私の勘違い。いやーたまにいるのよね、フーケルン商社に直々に資金援助とか頼みに来る若い子が」


「へぇー、そういう人もいるんですね」


「うん、そうなのよ。やっぱりお金は必要だしね。……って、じゃあ結局あなたは何のために社長に会いに――」


「あれ、ミスハさん? どうして店の外に、それにその子は?」


 そんな二人の会話に新たな声が割り込む。

 男の声だった。

 声の方向にアイリスが顔を向ける。

 

 なんと言うか、とてつもなくゴージャスな男がそこには立っていた。

 毛皮のコートに身を包み、首には大量のネックレス。同じく手には腕輪に、指には指輪。

 そして、その全てが凄まじい輝きを放っている。

 真昼間なのに、その男の周辺だけが一層明るいように感じる。


「カネマネ様!? どうして、本社に!?」


 その男の登場に女性店員が素っ頓狂な声を上げる。

 その反応にアイリスの頭にキランと閃きが走った。

 

 ――この人がもしや、


「ん、上客のシスコンくんから直々に依頼があってね。…まあ、僕の話はいいよ。で、そっちは?」


「えっと、この子はさっき社長に会いたいと尋ねてきたんです。特にお会いになる予約をしているわけではなかったんでお断りしましたけど」


 女性店員の返答に男が「へぇー」と気のない返事を返す。

 恐らく、同じく金額援助の頼みだとでも思ったのだろう。

 しかし、アイリスとしてはこの男に確かめたいことがあった。


「えっと、あなたが社長さんなんですか?」


「ん? いや、大きく外れちゃいないけど、僕の場合は頭に『次期』が付くんだ。つまり社長は僕の父。そんなわけで一人息子の僕は――」


「ボンボン!」


 男の言葉を遮り、アイリスが声を上げる。

 女性店員がその言葉にギョッとし、アイリス自身もハッと自らの口を押さえる。

 予想がドンピシャだったあまり、つい口からグリシラに聞いていたそのままの印象が出てしまった。


 そして、面と向かって「ボンボン」と言われた男は、


「………。いや、まあそうなんだけどさ! いきなりなんなの、君!?」


 とショックを隠せないような顔で驚き、アイリスをビシッと指差す。


「キミさー、デブに正面からデブってふつう言わないでしょ! ハゲに正面からハゲってふつう言わないでしょ! だから、ボンボンに正面からボンボンって言うのもダメなわけ! わかる?」


「す、すいません! 親父から聞いてたんで、つい口から」


 アイリスのその言葉に、キレ気味だった男の顔に興味と疑問が入り交じったような色が差す。

 

「ん、キミのお父さん…?」


「ええ、親父からお話を聞いて一言お礼をと思ってこの度は伺わせて頂きました。えっと、あの家凄く住みやすかったです、周りも綺麗でしたし」


 アイリスの言葉に首を傾げる男。

 思案に耽ること数秒。突然何かを思いついたように、ハッと顔を驚きに染める。

 そして、


「キミ、もしかしてグリシラさんが言ってた例のアイリスちゃん!?」


「………『例の』、の内容が気になりますが……はい、アイリスです」

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