3章ー1話 「都会は厳しい」
3章開幕です!
「さてと、どうしたものかー」
王城へ向かうシャーリーと別れて、少しばかり。
アイリスは王都の正門近くのスペースで一人、空を眺めていた。
日はまだ頂点にまで上ってはいない。ここまで馬車で一時間ほどしか掛からなかったため当然だ。
しかし、ただ黙って時が流れるのを待っているわけではない。
その右手。そこには一枚の紙が握られていた。
一月ほど前に父から渡された一枚の紙。
そこに書かれた二つの住所を眺めながらアイリスは頭を悩ませていた。
「どっちから行くべきかな?」
上に書かれた五年間住んだ家の送り主。
下に書かれたおそらく同じ孤児院の出身者。
予定では今日一件巡って、明日もう一軒に行こうと考えていたが、予想以上に早く王都に着いたため今日中に二つとも回れそうだ。
「よし、決めた」
特にどちらから優先して行ったりという理由は存在しなかったため、単純に上に書いてある方から先に訪れることを決める。
そして、アイリスは一人、人でごった返す街道へと歩を進めた。
数分後、少し開けた広場のベンチに腰を下ろすアイリスの姿があった。
その顔色は若干悪く、ぐったりとした様子だ。
その理由は、
「あー、人に酔った…」
田舎者丸出しだった。
初めはまあ何とかなるだろうと軽く見ていたが、何とかならなかった。
人ごみが凄まじすぎる。その上、今はちょうどお昼に差しかかろうといった時間帯。そのため道行く人も多いのだろう。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
アイリスは一つ問題を抱えていた。それは目的地までの道のりだ。
住所自体はわかっている。しかし、その住所がさす場所がわからない。
それを知る一番簡単な方法は人に道行く聞くこと。そのために少し開けた広場までやってきたのだ。
しかし、前提としてアイリスはそこそこ人見知りをする。そのため、今アイリスの胸中ではシャーリーと別れる前にちゃんと住所を聞いておけばよかった、という後悔の念が深く圧し掛かっていた。
ちなみにあの場で聞かなかった理由は、ただ単純にあの場面でシャーリーとかっこよく別れたかっただけだ。
しかし、後悔しても始まらない。今の現状を受け入れ、ふーっと一つ息を吐いて呼吸を整える。
そして、アイリスは覚悟を決め、目の前を行きかう人の往来へと足を踏み出した。
しっかりと道行く人を吟味する。
そして、その視線が一人の女性を捉えた。カバンを持ち、道を歩く三十代ほどの女性だ。
ターゲットをその女性に決めて、素早く近づいていく。
そして、
「あの、すみません。ちょっと、道をお聞きした――」
「ごめんね、今少し急いでるの」
声をかけた瞬間に女性は、断りを入れて立ち去ってしまう。
言葉を途中で遮られてポカンとした顔のアイリスだけが一人残され、その場に立ちすくむ。
「………まあ急いでたんなら仕方ないか。うん、きっとすごく大事な用事があったんだ」
頭をブンブンと振り、思考を切り替える。
そして、再び道行く人から選び、
「あの、すみません。ちょ――」
「ごめん、ちょっと急いでるから」
今度はさっきより素早く拒否された。
数分後、少し開けた広場のベンチに腰を下ろすアイリスの姿があった。
あれからさらに二人に声をかけたが同様に断られ、そこでアイリスの心が折れた。
空を見上げる。日はちょうど真上になっていた。
「さっそく都会の厳しさに打ちのめされてるよ、シャーリー…」
つい数十分前まで一緒にいた同行者の名前を呟く。
数十分前が遠い昔のようだった。しかし、くよくよしても仕方がない。
とりあえず、道行く人に聞くのは諦めてどこかお店に入り、そこで聞く方法に切り替えることにした。そして、アイリスが「よし」と呟き、立ち上がろうとしたその時、
「あっれぇ、どうしたの? 何か困ってるの?」
と横合いから、軽薄そうな声がかかる。
アイリスがそちらへ視線を向けると、少し汚れたシャツにズボン姿の二十代くらいの男がそこには立っていた。
その粘つく視線からただの厚意で話しかけられたわけではないことはあっさりとわかった。
さっさと断り、歩き出そうとするアイリスだったが、ふと頭に閃きが走る。
そして、
「…えーっと、道を聞きたいんですけど?」
「道ね、いいよいいよ。あー、でも俺はそこまで詳しくないんだ。知り合いに詳しい奴がいるからそこまで付いてきなよ」
「はい、ではお願いします」
笑顔を浮かべるアイリスに男もニヤリと笑顔を浮かべる。
あまりにもわかりやすい男に内心呆れるアイリス。男がアイリスの手を取ろうとするが、それはサラリと躱す。
男が一瞬イラッとしたような顔を浮かべるが、すぐに元の笑顔に戻って、そして「付いて来て」と言うと、後ろのアイリスを確認しながらすぐに歩き出した。
男の後ろを付いて歩いていくアイリス。
男は段々と人通りの少ない場所へと進んでいき、一つの路地に入る。
その路地を少し進み、男はピタッと停止した。
結構奥の路地なのだろう、ほとんど人の気配はしなかった。
男の停止と同時にアイリスもその場に止まる。
すると、路地の先から4、5人の新たな男が好色な笑みを浮かべて現れた。
「…あの、道を教えて頂けるんじゃ……」
「うん、教えるよ。俺たちとたっぷり楽しいことした後でな」
男が罠にかかった憐れな得物を見るように、楽しそうに笑う。
後ろにいる男たちも下卑た笑みを浮かべている。
そして、
「はい、言質もらった」
とアイリスもニコッと笑った。
素早く腰の木剣へと手をかける。
しかしそんな時、
「―――ったく、しょうがねぇな。おい、そこまでにしとけよ!」
その声は路地の入口から降りかかった。
凛としていて、それでいてなんだが面倒くささを含んだような声が路地に響く。
その声に男たちとアイリスが同時に声の方へと視線を向ける。
視線の先。そこには両手に大きな紙袋を二つ抱えた、燃えるような紅蓮の髪の少女が立っていた。




