2章ー幕間5 「推薦」
コツコツ、と靴音を響かせながら少女は王城の廊下を歩く。
その少女はここ一か月以上の間、王城を離れていた。
そのため廊下ですれ違う王城で働く人々が少女の顔を見て、驚きを露わにする。
表向きは少女が王城を出た翌日に、国王から短期の留学に出たとの説明がされていたのだが、人の噂はすぐに広まり、そして時には尾ひれもつくものだ。
いつの間にか少女の行方については使用人や衛兵の中で色々な推測が飛び交うようになっていた。
しかし、そんな周囲からの視線を全く気にせずに少女――シャーリーは歩を進める。
王城を出る際に来ていた服はすでにボロボロではあったが、生地がいいおかげか着るのに支障はない。それに小さな穴などは道中に裁縫が出来るアイリスに塞いでもらっていた。
そのたびに「この人は何でもできるんだ」とシャーリーは感心したものだ。
直線にとある場所を目指して進んでいるうちに、すでに王城の奥の方まで辿り着き、周囲にはもう使用人たちの姿は無い。
しかし、ここは王城。
使用人の姿は無くても王族の姿はある。
同じように靴音を響かせながら
目の前から一人の男が現れる。
金色の髪に紅く輝く瞳。整った容姿をしているが、浮ついた瞳の傲慢な男――第一王子ミレン・サリスタン。
ミレンはシャーリーの姿をその瞳に捉えて、少し驚いた様な顔をして口元を手で覆うと、一転嘲ったような笑みを浮かべた。
「おやおや、これはこれは。家出姫じゃないか? いつの間に帰って来たんだ?」
明らかに挑発しているような声と言葉。
しかし、シャーリーはそれに言い返さずに、
「ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした、ミレン兄様」
と頭を下げた。
「なにっ…」
シャーリーの予想外の反応にミレンが目を白黒させる。
本来なら怒りを表に出すまではしなくとも、悔しそうに唇を噛むぐらいはすると思っていたのかもしれない。
しかし、シャーリーはただ素直に頭を下げた。
今回の行動では恐らく王家に関わる全ての人物に何らかの迷惑をかけたとシャーリーは思っている。そして、それはこの目の前の男も例外ではない。
心の中では嫌っている相手であろうともそれは紛れもない事実だ。
今、自分を見下しミレンがどんな顔をしているのかシャーリーにはわからない。きっと小馬鹿にしたような笑みを浮かべているのだろう。しかし、それでもシャーリーは真摯に謝罪をする。
あるいはこれは王の資質の発露なのかもしれない。
シャーリーの心の持ちようは明らかに一か月前とは異なっていた。
「あれ、ミレン兄さんにシャーリー?」
そんなシャーリーの耳に新たな声が届く。
自分が母以外だと一番家族で信頼している兄の声だった。
「ウィリアス兄様!」
頭を上げて、声のあった方を見据える。
そこには修練の帰りなのだろうか、額に少し汗を浮かべた第二王子ウィリアス・サリスタンが立っていた。
「ウィリアス…!」
同じくその姿を捉えたミレンが眉を上げる。
この二人の仲があまり良くないことは有名だった。といってもお互いに嫌っているわけではなく、ミレンが一方的に敵視しているような状態だ。
しかし、そんな様子を気にせずにウィリアスは笑顔で二人へと近づいてくる。
その様子にシャーリーはハッとすると、
「ウィリアス兄様、いきなりいなくなってご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」
「うん? 別に僕は迷惑をかけられた覚えはないよ。だから顔を上げて」
優しい声音がかけられ、言葉の通り顔を上げる。
すると、そこでウィリアスは不思議そうな顔をした。まるで、何か新しいものを発見したような顔だ。
「あれ? なんか大人っぽくなったね、シャーリー」
「え!? そ、そうですか?」
「うん、一か月前とは見違えるほどだ。そう思わないかい、ミレン兄さん」
まるで仲のいい兄弟のようにそう言って同意を求めるウィリアス。
ウィリアスはミレンに嫌われているのが承知の上なのか、はたまた気づいていないのか、普段からミレンに対してはこんな感じで接している。
不意に話を振られたミレンの言葉が一瞬詰まる。しかし、
「しらん、そもそも一月やそこらで人が変われるか。…チッ、興が削がれた。余は部屋に戻らせてもらう!」
そう言うとミレンは踵を返す。
がしかし、何かを思い出したようにシャーリーへ振り返る。
「おい、シャーリー。王城を出る際に余が渡した宝石は売らずに済んだか?」
突然の質問。しかし、それでシャーリーは思い出す。
そういえば、王城を出る際にそんなものを渡されていた記憶がある。
今まで完全に失念していた。しかし、逆を言えば売る機会になど全く遭遇しなかったということ。
たしかここにしまったはず、と胸ポケットを漁るシャーリー。
しかし、その手に触れる感触は全くない。
段々と焦りが生まれる。そして、一つの結論にたどり着いた。
―――どっかに落としちゃった!?
その焦り顔からミレンはシャーリーが宝石を持っていないことに気付いた様子。
眉をひそめた後に、ハァーっとため息を吐く。
「もうよい。どうせ安物だ」
「ちょっと待ってください、ミレン兄様! 別に売ってしまったというわけでは…」
そんなシャーリーの反論に全く聞く耳を持たずに、ミレンはそのまま背を向けて歩いて行ってしまう。
今度は二度と振り返ることは無かった。
「えーっと、事情はいまいち分からないんだけど気にすることは無いと思うよ」
「…はい」
先程まで黙って聞いていたウィリアスがシャーリーへと言葉をかける。
その声には労いの感情も籠っていた。
しかし、ここでウィリアスは「でもね」と前置きをして言葉を継ぐ、
「信じられないかもしれないけど、ミレン兄さんは本当は優しい人なんだ」
「えっ!?」
ウィリアスの唐突な告白にシャーリーは信じられないような声を上げる。
それを見てウィリアスは寂しそうに笑った。
「うん、その反応は当然だよね。兄さんが変わったのはシャーリーが王城に来る前。僕がこの剣に選ばれてからだ」
腰に差した聖剣を右手で触れながらウィリアスは呟く。
それだけでウィリアスが何を言いたいのかシャーリーにはわかった。
しかし、それは違うと心が否定する。
「それから父さんや他のみんなも僕に目をかけ始めた、僕だけにね。だから―――っと余計なことを喋りすぎだね。ごめん、忘れて」
そこまで言って、ウィリアスが首を横に振って話を打ち切る。
しかし、シャーリーは黙ってはいられなかった。
「ウィリアス兄様。自分を棚に上げた発言だと思って聞いてくれて構わないのですけど、よく知らないくせに知ったような口を利いてると思って聞いてくれて構わないのですけど――」
「うん?」
「それはウィリアス兄様のせいじゃない。たとえどんな理由があろうとも折れてしまったあの人の弱さが招いたことだと思います」
シャーリーの発言にウィリアスが一瞬何を言っているかわからないように戸惑いを見せるが、すぐさまフッと小さく笑う。
「…さっきも言ったけど、本当に変わったねシャーリー。ずいぶん有意義な一か月だったんじゃないかい?」
「――はい、今まで知りえなかった色々な体験が出来ました。そして――私なりの剣を振る理由も見つかりました」
シャーリーの答えに「そうかそうか」と嬉しそうにウィリアスは笑う。
妹の成長を心から喜んでいるかのようだった。
「この後はニエルさんの所へ行くの?」
「ええ、誰よりも心配をかけたでしょうからしっかり謝ってきます」
ニエルとはシャーリーの実母の名前。一番大切な人の名前。
そして、この廊下をまっすぐ進めば彼女の寝室がある。
「じゃあ、僕はここでお暇するよ。あとで話を聞かせてね?」
「あっ、待ってくださいウィリアス兄様」
そのまま立ち去ろうとするウィリアスをシャーリーの声が呼び止める。
「あの唐突なんですが、ウィリアス兄様がサリスタン国立中央学院に入学するのは来月であってましたよね」
「ん? ああ、そうだけど」
「前にお父様がその特待生枠が中々見つからないとおっしゃっていたんですが、未だに見つかっていないんですか?」
本当に唐突なシャーリーの言葉にウィリアスが首を傾げる。
「えーと、うん。確かまだ一枠だけ埋まってなかったと思うよ。まあ全部の枠を埋める必要はないし、特に問題は―――」
「推薦したい人がいます!」
言い終える前にシャーリーがその顔をガバッと寄せる。
面食らうウィリアスだったが、シャーリーの瞳の中に強い思いがあるのを読み取り表情を正す。
「シャーリーも知ってるかもしれないけど、特待生に選ばれる条件は例外を除いてただ一つ。戦闘能力の高さだ。――その人は強いの?」
「はい、凄く強いです。妹としてこういうことを言うのはどうかと思いますが、ウィリアス兄様でも勝てるかわからないと思いますよ」
その言葉にウィリアスは驚きつつも、笑みを浮かべる。
先程までとは違う、ただ純粋な興味の笑み。
昔からこの兄は勝負事が好きなのをシャーリーは知っていた。
「へぇー、それは楽しみだ。うん、手続きとか色々かかるけど僕も協力させてもらうよ」
肯定的な返事。
それにシャーリーは「やった」と呟いて小さく拳を握る。
「とりあえず、その人の名前だけ教えてくれるかな?」
続くその問いにシャーリーは、
「アイリス・リーヴァインさん。私の恩人であり、師匠です!」
そう胸を張って誇らしげに答えた。
――運命は廻り出す。
そして、舞台は強者の集まる学園へ。
これにて2章は本当に完結です。
長い間お付き合いいただいてありがとうございました。
そして、前回の投稿では幕間は3つ程と書いたのに5つになってしまいました。
ごめんなさい。
さて、3章からは物語の舞台は学園へと移り、登場人物もドッと増えることになります。
どうぞご期待ください。
最後にここまで読んでくれた読者の皆様に心からお礼申し上げます。
そして、これからも何卒よろしくお願いいたします。




