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2章ー幕間4 「聖道院の神童」


――聖道とは、初代『聖女』リーヴァインが見つけ出した祈りの力。

 

 捧げられる祈り、それによって人を癒す回復術と人を守る結界術の両方を得ることができる。

 そこで一つ疑問が浮かび上がる。

 捧げられる祈りとは、いったい誰に捧げられるのか?

 聖道院には宗教の様に信仰の対象がいるわけではないのだ。

 

 結論から言うと聖道院の教えでは祈りとは、自分の中の神――自分だけの唯一神に捧げられるものである。

 

 それだけ聞けば、恐ろしく簡単なことに思える。実際に理屈は簡単だ。

 誰しも困難に直面したり恐ろしい事態に遭遇したとき、無意識下で何か漠然とした存在に助けを求めたりしたことがあるだろう。聖道はその延長線上にあると言ってもいい。


 しかし、理屈は簡単でもそれを実行に移すことさえも簡単かと言うとそれは否だ。

 聖道を収めるには二つの要素が必ず必要とされる。

 それは才能と時間だ。

 ゆえに聖道は剣術よりも魔法よりもシビアだとされている。


 魔法であれ、剣術であれ才能が無かろうと大成するかは別として九割九分の人間はスタートラインに立てる。

 しかし、聖道はその逆。九割九分の人間が才能の壁でスタートラインにすら立てずに終わる。

 立てたとしても、そこから長い年月を祈りの修行によって回復術と結界術の力を得る。

 もちろん個人差はある、才能にも時間にも。そして、

 

 ――どんな世界にも例外は存在する。



 聖道院内部の一つの神殿。

 誰もいないその中央で両膝を床に付き、瞳を閉じて、ただひたすらに祈りをささげ続ける少女がいた。


 見たところ年齢は十一、二歳程。

 全身を修道服に包み、水色と白を合わせたような鮮やかな髪の毛がベールから少しはみ出している。

 自然と絶対不可侵な神聖さを思わせる少女だ。


 そのまま少女は微動だにせず、時は流れる。

 どんな小さな物音でも響き渡るのではないかというほどの静寂。

 そしてその静寂は、


「ふぅー」


 という少女の口から出たと息で破られる。

 ゆっくりと瞳を開ける少女。その瞳は全てを見渡すような澄んだ水色をしていた。


 膝をゆっくりと上げて立ち上がる。

 その一動作一動作からも、気品や上品さとも少し違う神聖な雰囲気が漂っている。

 そして、少女は最後にもう一度祈りを捧げるように両手を交差すると、教会の出口へと足を進める。


 時刻は夕飯の少し前。すでに外は夕焼けに染まっていることだろう。

 この教会は食堂から近く、時間もまだ十分に余裕があったため、ゆったりとした動作で少女は扉に手をかけて教会を出る。


 ――時間がまだありますし、夕飯のお手伝いでもしましょう。


 少女がそんな風に考えながら聖道院の廊下を歩いていると、


「ひっさしぶりー! ミリアン、元気してた~!」


「えっ!?」


 横合いから凄まじく元気な声がかけられる。

 ミリアンと呼ばれた少女は、初めはいきなりの声に驚き、そしてその声の主を見て二度驚く。


「シ、シオンさん!?」


「そうです、そうです、みんな大好きシオンさんですよ」


「えっ、なんで聖道院に!?」


 突然のお世話になった慕っている先輩の出現に驚きを隠せないミリアン。

 そんなミリアンを見てシオンは楽しそうに笑う。


「まーた、師匠に野暮用押しつけられちゃってさ。ちょっとの間、王都まで来てるの。で、久しぶりのミリアンの顔が見たくなってさ」


「あっ、そうだったんですか! 私も久しぶりにシオンさんに会えて感激です!」


「おー、嬉しいこと言ってくれるね!」


「はい――って、ええええええ!?」


 その言葉にテンションの上がったシオンが、ミリアンの脇の下へ手を入れて一気に持ち上げる。

 突然の出来事の眼を白黒させるミリアン。

 そんなミリアンを尻目にシオンは「たかいたかーい」と手を上下に揺らす。


「ちょ、シオンさん、やめてください! 子どもじゃないんですから!」


「ハハッ、その容姿で言っても説得力はないぞよー」


 結局、そのまま少しの間シオンはミリアンを抱き上げていた。

 ミリアンも逃れる術はないと悟り、されるがままだった。

 

「まったく、シオンさんは相変わらずですね」


 ようやく地面に足を付けたミリアンが呆れながらも少し嬉しそうに呟く。

 ミリアンが聖道院に来てときからシオンはここにいて、まるで本物の姉妹のようにずっと仲良くしていた。

 そんなシオンが変わっていないことがミリアンにはとてもうれしかったのだ。


「いや、でもさっきは調子乗りすぎちゃったね、ごめんごめん。歳をとると若い子がかわいく見えて仕方ないのよ」


「フフッ、その容姿で言っても説得力はありませんよ」


  聖道を修めた者は、一つの特性として老いのスピードが急激に遅くなる。これはその技量が高ければ高いほどに反比例していく。

 それは回復術が平時も体の中を巡り、細胞を癒し続けているからだ。

 そのためシオンの容姿は、今も二十代の前半にしか見えない。


 先程の意趣返しの様にそう言って笑うミリアン。

 シオンも「たしかに」と納得して、つられて笑った。



「今日は泊まっていかれるんですか?」


「うん、部屋も用意してもらってるよ。あっ、久しぶりに一緒に寝よっか。色々と話もしたいしさ」


 廊下を歩きながらの会話。

 二人はひとまず夕食のために食堂へ向かう途中だ。

 そんなシオンの問いに「うーん」と悩む素振りをみせるミリアンだったが、最終的には「そうですね、ではお邪魔します」と肯定を示した。

 自分で聞いておきながら少し驚くシオン。


「えっ、ホントに? いや、まあ大歓迎だけど」


「はい、実は師匠からの指令で来週から三年ほど聖道院を出て学園に通うことになりまして…、そのことでシオンさんに色々とご相談が」


「おー! なになに、何でも聞いて! いや、別に私も学校に通ったこととかないけどさ。まあ外のことなら色々と教えられるだろうしね。なんだ~、あの師匠もたまにはいいことするじゃないの!」


 ミリアンからの予想外の答えに驚きつつも、嬉しそうなシオン。

 シオンはミリアンがずっと聖道院で生活をしてきたことを知っている。そして、将来的に『聖女』を継ぐであろうことも――

 だからそんなミリアンが三年間であっても外の世界に出て、学園に通えるということがうれしかった。


 そしてミリアンもそんなシオンの想いを察してか照れ笑いのような顔をする。


「はい、お師匠曰く。外の世界を知ってきなさい、とのことでした。なのでシオンさん、色々とご教授願います」


「うん、私に教えられることなら何でも。で、学校ってどこまで行くの?」


 シオンの問いにミリアンは先日師匠から聞かされた学園の名前を思い出し、


「たしか、サリスタン国立中央学院です」


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