2章ー幕間2 「闇の申し子」
コツンコツン、と湿気の籠った暗い洞窟を歩く靴の音が響く。
それは一人の女性だった。
身長や体つきは女性の平均程。長いダボッとしたフードつきのローブを着ているが今はそのフードを被っておらず、灰色の髪が流れている。
年齢は二十代の半ばから後半ほどだろう。その容姿は極めて整っているが、化粧っけが全くない。そのせいか目元にできた薄いくまが目立っていた。
さらにその女性の容姿にはもう一つ特徴的なところがあった。
それは彼女の瞳。その瞳は右目が薄緑色、左が黄色のオッドアイだった。
その女性はほとんど視界の開けていない漆黒の洞窟をまるで内部構造を知り尽くしているかのごとく、明かりも付けずにまっすぐ進んでいく。
そして、少し進むと微かに視界に明かりが差し始める。
洞窟の側面には淡い光を放つ水晶らしき意思が設置されており、それらが洞窟内を照らしているのだ。
その水晶の数は進めば進むほど増えていき、比例するように明るさも増していく。
しかし、道が開けて目の前に広大な空間が出現しだした辺りでまたしても視界が暗くなる。
今度は自然の暗さではない、人工的に作り出された暗さだった。
「ちっ、またやってるのかあのバカ弟子は…」
女性がやれやれと言ったふうに舌打ちをしながらも、止まらず歩を進める。
すぐに、その暗さの発生源へと辿り着いた。
一帯を覆う闇、その中心には一つの人影。
女性と同じくローブを着た十六、七歳といった少年だ。
髪の色は淡い栗色。
そして、驚くことにこの少年も女性と同じくオッドアイだった。その右の瞳は金色、左の瞳は銀色に輝いている。
女性の気配を感じ取ったのか、少年は振り返る。
そして女性の姿を確認するとその口角を上げて小馬鹿にするようなニヒルな笑みを浮かべて、
「フッ、今帰ったか。残念ながら俺は、今は闇との対話の時間だ」
「――――」
「まだ少し時間がかかる。何人たりともこの俺のサンクチュアリへは踏み込ませない。女、おまえは端の方で少し待っているがいいさ。ハハッ、ハハハハハ――いたっ!? いたたたたた、ちょっ、本当に痛い! ご、ごめんなさい、師匠! 調子乗りました!! すみませんでした!!」
少年の言葉を最後まで聞かずに、無言でその頭を掴んで持ち上げる女性。
とてもその細身でそんな芸当ができるとは思えないため腕力を強化しているのだろう。
その行動に少年は焦ったように即時謝罪をする。先程までの顔つきとは一変、普通の少年のような表情に戻っていた。
「はい、わかったんならすぐこの魔法解きなさい。見えづらくてしょうがないから」
「はい、ただいまっ!!」
頭部を戒めから解き放たれた少年はいい返事をして、そのままボソッと何かを呟く。すると先程までの光景が嘘のように闇が退いて、無数の水晶が洞窟内を照らす。
幻想的な光景だった。しかし、二人は見慣れているのかそれに関しては特に何を言うでもなく、
「でだ、ルーク。こんな昼間から魔法で遊んでるってことはもう明日の準備は終わったのか?」
女性の問いにルークと呼ばれた少年は苦い顔をする。
それだけで女性は現状を察した。
「――師匠!」
「なにさ…?」
うんざりした顔で答える女性が続く言葉を待つ。
ルークは先程までとは違う真面目な顔で地面に正座をして、女性を見上げた。
そして、
「行きたくありません! というか行くの怖いです!!」
声のテンションとその真面目な顔とは全く一致しない情けない叫びを上げる。
それを聞き届け、女性は頭に手を当て溜め息を漏らした。しかし、すぐに顔を上げると、
「うん、却下」
「ちょ、ちょっと待ってください! ま、まず一回だけ僕の言い分だけ聞いてください。その後でもう一度考えてみてくださいよ!」
ルークが女性のローブの袖を掴み「ね?ね?」と必死に近くの椅子へと誘導する。
女性もめんどくささを顔全体に押し出しながらも、特に抵抗はせず為すがままに椅子に腰かけた。
そして、簡易な木のテーブルを挟み両者が向かい合う。
「そもそもです、師匠。僕が師匠と同じく人との会話や付き合いが苦手の社会不適合者であることはご存知ですよね」
「さりげなく私も一緒にするな。私は苦手なんじゃなくて嫌いなんだ」
「同じことです!」
ルークの意見に納得できないように女性が「むっ」と唸るが、気にせずルークは主張を続ける。
「そもそも、僕はこの十年近くの間はお店の人とか以外では師匠としか口を利いてません。つまり、師匠しか女性を知りませんし、男性に至っては全く知りません!」
「おい、誤解を招くような言い方やめろ。いやまあ、私達しかいないから誤解も何もないが――」
「そんな僕がですよ、いきなり同年代の子ども達が通う学園に通う? 無理です! 絶対にぼっちになります!!」
女性の言葉を遮り、ルークが必死に唱える。
「はいはい。つーか、あんたの気持ちは分かったし、そもそも最初から分かってたけどさ…。まあ、あれだ。意外とすぐに同年代の友達とかその…恋人とかができたりするかもだぞ」
「うーん」と唸りながら説得の言葉を探す女性。
しかし、
「そもそも、そんなものいりません! 僕は師匠だけいてくれればいいです!」
「おーう。ちょいと思いが重すぎるぞ、ルークくん」
「では逆に聞きますけど、師匠!」
「…なにさ」
一向に退く様子を見せないルークに女性がうんざりした様に背伸びをしながら応答する。
ルークはそれを見てニヤリと笑った。
油断しているところに会心の質問をぶつける。
「――師匠は今の僕、つまり十六歳の頃は何をしてたんですか?」
「……それはあんた…ここで魔法陣描いたり、魔法の開発したりしてたが」
「でしょう! なら師匠の弟子である僕もそれに習い、この洞窟でひっそりと修練に励むべきなんです!」
何故か胸を張り、声高々に主張するルーク。
ビシッと自分に向けて差された指を鬱陶しそうに払い、女性は少し考えるようなポーズをとる。
――そう、あくまでポーズだ。
なぜなら、既にそれは決定事項だったのだから。
すぐにポーズを解いて、女性はルークの顔をしっかり見つめると、
「うん、却下。そもそも、もうデイには話つけちゃってるし、今さらそんなこと言っても遅い。つまるところあんたに拒否権は無い。――まあ、物は試しと思って頑張ってきなさいよ」
キッパリと笑顔でそう告げる。
「師匠~!」という情けない叫び声が洞窟に木霊した。




