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2章ー幕間1 「まるで人間の様に――」

 

 とある街のとある食事処。

 その店内は時間帯がすでに昼時を多少過ぎたこともあり、閑散としている。


 そんな中、店に入ってすぐの窓際の座席。

 そこに二人の人影があった。いや、人影というのは適切ではないのかもしれない。

 なぜなら――、


「すいませーん、注文大丈夫ですか?」


 そのうちの一人が手を上げて、近くにいた店員を呼び寄せる。


「はい、ただいまっ…!?」


 しっかり店長から教育されたハキハキとしたあいさつで注文をうかがいに向かった女性店員の声が詰まる。

 単純な理由だった。その座席に座っていた二人組の容姿、それが今までの人生で見たこともないほどに美しく整っていたのだ。

 ――まるで人間ではないかのようだった。


 一人は白髪の長髪に穏やかそうな微笑みを携える男性。

 一人は艶やかな桃色の髪を肩口まで伸ばし、難しい顔でメニュー表を見つめる女性。


「…あの~、注文しても大丈夫ですか?」


「は、はいっ! すみません! お伺いしますっ!」


 慌てつつも、素早く態度を切り替える女性店員へと、白髪の男性が頬笑む。

 そんな一動作だけでも絵になるほどだ。


「じゃあ、僕は日替わり定食で。君はどうする?」


「むぅ~、そうですね。じゃあ、季節の果実のタルトと同じく季節の果実のパフェを」


 男性がチラッと眼を向け、桃色の女性も注文を終える。

 それを店員は手に持った伝票にササッと書き連ねると、注文を繰り返して厨房へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送りながら女性がコップのお冷を一口飲み、


「で、あいつらには何を話してたんですか?」


 ジトッとした瞳を目の前の男に向ける。


「ん? さっきのことかい。フフーン、やっぱり気になるかいミョルニー君」


「そりゃ気にはなりますよ。機密情報を喋ったとかとんでもないこと言ってましたし」


 にやけた顔でとぼけたような返答をする男性。

 その受け答えにミョルニーと呼ばれた女性はイラッとして、眉間に皺を寄せる。


「フフッ、ちゃんと話すからそんなに怒らないでくれよ。まあ、僕が話したのは三つだけだよ」


 男性がそんなミョルニーの怒りを収めるように指を三つ立てて、口を開く。

 相変わらずニヤニヤしている。


「僕たちが五百年前に死ななかった理由、現在の十柱の詳しい構成、それと五年以内に魔神様を復活させる僕らの計画の肯定。たったそれだけさ」


「…………」


「あれ、そんなに驚いた?」


 さらっと口にした言葉にミョルニーが絶句する。

 その様子を見ても、男性は全く動じずにお冷を口に含み「働いた体にしみるね~」と一人頷く。

 その男性――ベヘモットの態度にミョルニーは、ハァーとため息を一つ。


「…あなたって本当に昔から好き勝手しますよね。フォローする身にもなって頂きたいものですよ」


「――僕が好き勝手出来るのは君がいるからさ」


 ベヘモットがまるで口説き文句のように指をビシッと立てて、決め顔で言い放つがミョルニーには刺さらなかったようで立てた指を手で払われる。


「つーか、それはマジで喋りすぎですよ。特に二つ目と三つ目。クロさんは…まあ、全く気にしないでしょうが、ヴァルにばれたら普通に殺しにきますよ?」


「ふむ、たしかに言えてるね。でも、あんなイカレ女に簡単に殺されてあげるほど僕はお人よしじゃないんだ。人じゃないけどね」


「…一応、あれでも私の数少ないダチなんですけどねー」


 ミョルニーの言葉に初めてベヘモットが苦虫を噛み潰したような表情になる。


「その点において僕は君が心配でしょうがない。これは友人としての忠告だけど友人は選んだ方がいいよ」


「あなたも別に友人じゃないんですけどね…」


 頬杖をついて机にもたれ掛りながら、窓の外を見て呟くミョルニー。

 そして、ふと思い立ったように「そうだ」と呟くと、


「そういや、最後やけにあの小娘に突っかかってましたね。そんなに気に食いませんでしたか?」


 問いにベヘモットは「あぁ」と思い出したかのように吐息を漏らす。

 長い付き合いだがこの男が感情を見せるのはそこまで頻繁に起こることではない。しかし、あの白銀の少女への言葉には明らかな冷たさが宿っていた。

 ミョルニーにはそれが少し気にかかったのだ。

 しかし、


「いや、別に本気で怒ってたわけじゃないよ。ただ、あの場であの子だけが自らを支える心の芯が未熟だった。だからちょっと発破をかけてみたんだ。せっかくいいものを持ってるのにもったいないじゃないか」


 的を得ないようなベヘモットの回答。

 そもそも、人間である相手にそんなことをする利点はない。

 しかし、六百年の付き合いの相棒はそれだけで何が言いたいのかを理解した。


「…で、芽は出そうなんですか?」


「うん、どんな偶然かは知らないけど隣に彼女がいたからね。きっと大丈夫だと思うよ、少なくとも折れることは無い。お祭りまでに面白い成長を遂げて欲しいものだよ」


「お祭りってあなたね…」


 お祭り。 

 さらりと放たれたその言葉が意味するところ。

 それは、


「だってそうだろう、五百年ぶりの大規模な戦いだ。その参加者は多いに越したことはないじゃないか。彼女にはそこに参加できる素養がある」


 まるでそれがとても愉快でとても楽しいことのように、にこやかに笑うベヘモット。

 いや、彼にとってはまさしく楽しみで仕方ないことなのだろ。

 

 ――享楽の怪物。

 この男にそんな二つ名を付けたのは誰だっただろうか。

 自身が楽しむため。ただそのためだけに全力を尽くし行動する魔族。

 

 そんな男は顎に手を当て、ふと何かを考えるように瞑目する。


「んー。というかそもそも今はこっち側の方が問題ありなんだよね」


「と、言いますと?」


「なんとか魔神様復活までに十柱の席を埋めないといけないじゃないか。妥協はしたくないし…、ミョルニー君が了承してくれればあと一人で済むんだけどね~」


 何かを期待するような眼でミョルニーを見つめるベヘモット。

 しかし、ミョルニーは首を振って、


「嫌ですよ。私はそういう責任ある立場とか柄じゃないですもん」


 そう一蹴した。

 しかし、その返答にベヘモットは表情を崩して笑みを浮かべる。


「フフッ、そういうところが君らしいよね。十柱の立場に責任もってる真面目な魔族なんて一人もいないのにさ」


「私はそういうこと色々と考えちゃう小心者なんです」


 ミョルニーが「知ってるでしょ」と言いたげに手を振る。

 たしかに五百年前も現在も『魔神配下十柱』とは名ばかりで全員が好き勝手動いている。しかし、ミョルニーは自分がその立場になった場合、性格上色々と気を回すことになるであろうことを理解していた。

 だから、これまで何度もこの提案を全て拒否してきたのだ。

 

 ベヘモットもそんな彼女の様子にやれやれと、さして残念そうな様子を見せずに大人しく引き下がる。

 彼自身も別に強要するつもりは無かった。


「あと数年はありますし、そのうちいいのが見つかるんじゃないですか?」


「うーん、まあそれもそうだね」


 納得した様にポンと手を叩くベヘモット。

 二人がそんな会話をしている間に、


「おまたせしました!」


 と元気のいい声で先程の女性店員が再び二人の座席の前へとやってくる。

 その両手には先程注文した料理を乗せた皿。


「ありがとうございます」


「えっ…、す、すみません…」


 そうニッコリと笑って、女性店員の手から料理を受け取る。

 本来ならテーブルの上に運ぶまでが仕事なのだが、ベヘモットの細やかな気遣いに女性店員の頬が染まる。

 それを隠すように「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げると踵を返し、厨房へと帰っていった。


 ――まるで人間の様に話すその二人が魔族であることなど気づくはずもなく。

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