2章ー52話 「未来の王様」
「そう、知って……って、ええええええ!? し、知ってたんですか、アイリスさん!?」
さらっと言い放ったアイリスの一言にシャーリーがのけ反って驚きを示す。
完全に予想外といった顔だった。
しかし、アイリスの方もその反応は予想外だった。
なぜなら、
「いやだってさ、あんな聖剣持ってるし、魔力量は尋常じゃないし、戦いの後は騎士団には敬われるし、山猿が去り際に思いっきりシャーリーの本名言ってたし、他にも色々とわかる材料は多かったし、正直なんでシャーリーが気づかれてないと思ってたのか不思議だったよ…」
「むふぁーっ!!!???」
シャーリーがつい数秒前に真面目な顔で名乗りを上げたのが嘘のようにその顔を赤く染めて、声にならない声を上げる。
正直に言えば、ベヘモットとの戦いの後にシェルに確認を取ったのが最初だが、それは言えない。
「まあ、あれだ。シャーリーは純粋で天然さんってことだよ。うん、凄くいいことだと思う!」
「フォローになってませんー!」
荷台で肩を落とすシャーリーを慈愛の笑顔でアイリスが慰めるが、相当ショックだったらしくシャーリーは頭を抱えている。
しかし、すぐさまブンブンと首を振って改めて真剣な顔をする。中々の素早い切り替えだとアイリスが感心していると、
「まあ、でも知っていてくれたんなら話は早いです。私はアイリスさんと初めて会ったときに我が家の当主になりたいと言いました。そしてその条件を満たすために魔法の稽古をつけてほしいとも。それはつまり――」
「次のサリスタン王国の国王の座に就きたいと」
アイリスの言葉にシャーリーが頷く。
そこまではアイリスが感じていた通りだった。しかし、その先がわからない。
それはシャーリーも思ったことのようで、
「――私は、実は生まれたころから王族として王城にいたわけではありません。現王、つまり私の父の隠し子として生まれて、そして四歳の頃にそれが発覚して母と共に王家に迎え入れられました」
アイリスにだけ届く小さな声でシャーリーが身の上、そしてその偽らざる内心をさらけ出す。
「私の父とその妃たち、そしてその子どもたちは温かく私たちを迎え入れてくれました。一人を除いてですが…。それでもやっぱり他の人からの視線は冷たかった。声には出さずとも厄介者だと思われていたのは分かりました」
そこまで言ってシャーリーがいったん言葉を切る。
いい思い出ではない、それでもシャーリーはアイリスに全てを話そうとその口を開く。
「でも、それだけなら我慢できました。ですが、…一年ほど前に突然母が倒れました。聞いたところによれば私の知らない所で、国の上層部の方に王城に来た頃からずっと色々と言われていたようです。それが積もりに積もった結果のことでした」
「……そのお母さんは今は?」
「今は元気…とは言えませんが、特に寝たきりとわけではないです。物静かな人ですから部屋にいるのが多いですけど…」
「…そう」
アイリスの相槌。
それに呼応するようにシャーリーは告白を続ける。
「私は心の底から憎みました。母に冷たく当たっていた方々に対してじゃありません。一番身近にいて、ただ一人同じ境遇の自分が母がずっと苦しんでいることに気づかずに、のうのうと王城で生活していた。そのことに本当に本当に腹が立ちました」
唇を噛みしめて、拳を固く握るシャーリー。
未だに怒りが収まらないような強い後悔の念が溢れ出している。
「その時思ったんです。私が変わらなきゃって、私がこの人を守らなきゃって。だって、一人でずっと私を守ってきてくれた人だから…!」
「――――」
「そのために私は王になる。そうすれば、必ず誰もが母を認めてくれます、私たちを認めてくれます…!」
強い意志の籠った瞳で述べる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「きっとこれは恐ろしく自分勝手でとてつもなく小さな動機なんでしょう。でも、それでも、私にとっては自分の全てを賭けるにたる理由なんです」
「……そっか」
シャーリーの全ての言葉を聞き届け、アイリスは全ての合点がいったかのように一言呟く。
対して、シャーリーは少し悲しげに顔を下に向ける。
「…呆れましたか?」
まるで、続くアイリスの言葉を恐れるかのように言葉を絞り出す。
しかし、
「え? なんで?」
続いたのは本当に何を言ってるかわからないといった疑問の声だった。
唖然としたようなシャーリーの顔。それを尻目にアイリスは続ける。
「別に呆れたりなんかしないよ。するはずないでしょ。むしろ優しいシャーリーらしくていいんじゃない」
あっけらかんと笑って、シャーリーの頭をポンポンと叩く。
「いやだって……、私はただ母を守りたい、それだけのためにこの王国の国民全員の命を預かる国王になりたいと、そう言ってるんですよ」
「でも、それはシャーリーにとってはとっても大切なことなんでしょ?」
「そ、それはそうですけど…」
言葉に詰まるシャーリー。
そんなシャーリーにまるで物語でも言い聞かせるようにアイリスは続ける。
「あたしはただ思うがままに力を求めて十歳で家を飛び出した、そんな男を知っている。その後、男はこの国の英雄になって多くの命を救った。世界を変えたい、そんな子どもみたいな漠然とした思いを胸にその英雄の元で力を磨いた、そんな少女を知っている」
突然のアイリスの言葉に眼を白黒させるシャーリー。
「そして力を磨いたその結果、少女は国王を目指す一人の大切な女の子を守ることができた」
そこまで言ってシャーリーはその少女がアイリス自身のことを差していることがわかった。
ニヤリと笑って、アイリスは続ける。
「動機なんて始めの一歩なんだよ。そこに小さい大きいは関係ないの、ただそこに強い意志が籠ってるかが大切。その後、その思いの先に何を紡ぎ出したかが重要なの」
そこまで言うとアイリスはいったん言葉を切り、ピシッと一本の指を立てる。
「一つ聞くけど。シャーリーはもし国王になれた場合、そこで母親が無事認められたら、「はい終わり」みたいなかんじに満足して、王の仕事を全部投げ出したりしないでしょ?」
「あ、当たり前です! きちんと仕事を全部こなして、……その、私なんかにできるかわかりませんが、国民の皆さんが笑って暮らせるような、そんな国を作っていきたいです」
シャーリーの返答にアイリスがにっこりと笑う。
「なら、大丈夫。始まりなんて人それぞれだよ」
「……でも、」
反射的に出かかった反論を指でふさぐ。
「最初から具体的で現実的でそれでいてみんなが納得するような、そんな心からの思いを持って何かを成そうとする人なんていない。もし、いたとしてもそんなのはきっとほんの少しだけ。それはどんなことでも同じ。だから、シャーリーがそんなことは気にする必要はないよ」
きっとシャーリーは真面目すぎる。それでいて純粋すぎる。
それゆえ王となるには、大業なそれでいて壮大な意思や理由が必要だと考えてしまっていたのだろう。だから、自分の小さな動機にずっと思い悩んでいた。
そんな悩みをアイリスの声が吹き飛ばす。
「王になりなよ、シャーリー。私にできることがあれば全力で協力するし、シャーリーがずっと強い思いを示し続ければ、支持してくれる人も必ず出てくる。生い立ちがどうだとかつまんないことを言ってくるやつがいたら、鼻で笑ってやればいい。動機がどうとか言ってくるやつがいたら、行動で示してやればいい」
右手をその頭に乗せ、優しく撫でる。
シャーリーの目には大粒の涙が溜まっていた。
なぜこの人はこんなにも自分によくしてくれるのだろうか、その疑問の答えはすでにあの日にもらっていた。
「だから、大丈夫。シャーリーはきっといい王様になるよ」
頭を撫でられ、優しく慰められる感覚。体の中にある不安が全て吸い出されるような感覚。
ベヘモットの言葉にショックを受けて、部屋で落ち込んでいた時に慰めてもらったときと同じ。
なんだかすごく懐かしい気がした。それよりもずっと前こうしてくれた人がいたから。
「…アイリスさん」
「ん? なに?」
「私にはもう死んでしまったんですけど…一人だけお姉ちゃんがいたんです」
突然のシャーリーの言葉にアイリスが少し驚いた顔をする。
「『死の森』の戦いで胸に弾丸がぶつかって、気を失っていたときに私はお姉ちゃんに会いました。あれはきっと、私の心の弱さが見せた幻覚なんだと思います。お姉ちゃんは小さい時のままで、そんなお姉ちゃんに私は今までずっと謝りたかったことを打ち明けました」
「――――」
「ずっと苦しくて、全部打ち明けた後に私もここでお姉ちゃんと一緒に死んじゃうんだろうなって思いました。でも、そんな何もないくらい闇の中からアイリスさんの声が私を引き上げてくれたんです」
震える声で深層意識での出来事について語るシャーリー。
そして、泣き笑いのような顔で、
「…私は、アイリスさんに助けて頂いてばかりですね。たった一か月の旅だったのに何度命を助けられたか数え切れません。何度慰められたのかわかりません」
「ハハッ、頼ってって言ったのはあたしだし、全部好きでやったことだよ。前にも言ったでしょ、あたしがシャーリーを助けるのに理由は必要ないって」
「そうですね…そうでしたね」
それだけ言うとその瞳から涙がこぼれ出す。一度流れ出した涙は止まらずにそのまま頬を濡らし、服に落ちる。
そんなシャーリーをアイリスは「よーしよし」と撫でる。
「…お姉ちゃんには許してもらえた?」
「はい…笑って許してくれました…」
「そっか、そりゃそうだよね。でも、シャーリーはホントに泣き虫だね」
「ぐすっ、ううぅ…す、すみません…」
そして止まらない嗚咽を肩に受け、その涙が止まるまで白銀の髪を撫で続けた。
*****―――
シャーリーが泣き止んだ頃には既に馬車は停止していた。
それはつまり、目的地に着いたということ。
アイリスが御者へと前金を払った残りの代金を渡し、荷台から飛び降りる。
目の前に広がるのは初めて見る王都。今二人がいるのは正門から少し離れた場所だが、その中に広がる景色にアイリスは呆然とする。
そして、その第一印象は、
「でかっ!! そして人が多すぎ!!」
という田舎者丸出しのものだった。
そんなアイリスを見て先に下りていたシャーリーが口元を押さえて笑う。
「やっぱり、そう思いますよね。私も初めて来たときは衝撃を受けましたよ」
「あー。なんか昔、王都はホントに人ごみが凄いって親父が言ってた気がする」
「…そういえば、アイリスさんってことあるごとにお父さんの話題を出しますよね。仲がとってもよろしいんですね~」
「えっ!? いや、別にそういうわけじゃ! …と言っても、仲が悪いわけじゃないけどね…」
シャーリーが気軽に振ったその話題にアイリスが顔を赤くする。
「おや?」と初めて見る少女の反応にシャーリーが少し悪い笑顔を浮かべた。
「――なるほど、初めてアイリスさんの弱点を見つけた気がします」
「はい、そういうこと言わない。そんな子に育てた覚えはありませんよ。さっきまで人の胸で泣いてたくせに」
「はい、それがなにか?」
「なっ…!?」
アイリスが焦ったようにシャーリーの恥ずかしい所に攻撃を仕掛けるが、全く動じる気配がない。
アイリスが唖然とする。
「フッフッフッ、甘いです。もう正直私は自分の恥ずかしいところの十分の十をアイリスさんに見られている自覚があります。昨日までは十分の八くらいでしたが、さっき二割上昇しました。よって、私はアイリスさんに何をされても恥ずかしがることはありません!」
「…ハハッ。なるほど、なるほど。これは一本取られたね」
「そういうことです。ならば改めて、アイリスさんって実はファザ――」
「はい、タッチ」
シャーリーが禁句を口にしようとしたところで、アイリスの右手がシャーリーの胸へ一直線に伸びる。
突然の行動にシャーリーは全く反応が出来ない。
そして、アイリスの手がその成長途中の胸へと触れる。右手全体に柔らかい感触が広がる。
「……………え?」
「うーん、二年前ってあたしもうちょっと大きかった気がするな。もっとごはん食べなきゃだめだよ」
そして、触わるだけでは飽き足らず、指を少し動かしてサラッとそんなことを言ってのける。
「ひゃわあああああああああ!? な、ななななな何してるんですか、アイリスさん!!」
「いやだって、恥ずかしいことは無いって言うから?」
「これは次元が違います!」
顔を真っ赤にしてシャーリーが後ろへ飛び退く。
ふぅーふぅー、と荒い息を吐いている。
そんな様子を見て、アイリスが内心ガッツポーズをとる。おそらくあまりに予想外のことにシャーリーの頭から先程の件は抜け落ちただろう。
「ごめんごめん。まあ、お詫びにあたしのでよかったらシャーリーなら触っていいよ」
「けっこうです!」
「もう!」と頬を膨らませながら再びアイリスの横へ来るシャーリー。
口では怒っているが、その内心は怒りがないことは長い付き合いで分かった。
そして、仲のいい二人の少し過激なスキンシップタイムは幕を閉じる。
「で、この後シャーリーはどうするの? やっぱりすぐに王城まで行くの?」
「はい、そうするつもりです。出てくるときは父にだけ許可をもらって母には内緒で出ていっちゃったので、きっとすごく心配してると思うので」
「それはまた、結構無茶したね…」
「はい、今となっては凄く反省しています」
肩を落としてバツの悪そうな顔をするシャーリー。
やはり、罪悪感があるのだろう。
そんな肩をアイリスがポンポンと叩く。
「まあ、しっかり謝れば大丈夫だって」
「…はい、そうですよね。…あのもしよかったらアイリスさんも私と一緒に王城へ来てくれませんか? 父や母に紹介したいんです。それに謝礼も――」
「…ごめん、悪いけどそれは遠慮するよ。それにシャーリーを助けたことにお礼なんていらないしね」
キッパリと断りを入れるアイリス。
シャーリーは少し残念そうな顔をするが、すぐに「そうですね」と笑顔で応じる。父と母に恩人を紹介したいという思いはあったが、そんな返答もアイリスらしくて嬉しかった。
「じゃあ、ひとまずお別れだね。長いようで短かった一か月とちょっとだったね」
「そうですね」
シャーリーにとって、アイリスと過ごしたこの一か月程は今までの十三年の人生からは考えられない様な濃厚な期間だった。
昔の自分に言っても信じてもらえないような冒険旅。
いつの間にかアイリスと過ごす日々が日常のようになってしまった。
色々なことを思い出して、眼の端に涙が浮かぶ。でも、泣かない。ここで泣くわけにはいかない。
「アイリスさん、最後に二つほど言いたいことがあります」
「ん? なに?」
アイリスの目をまっすぐに見る。
そして、
「この一月ほどの間、本当にありがとうございました! アイリスさんには感謝してもしきれません」
「ハハッ、何度も言うけど気にしないで。私が好きでやったことなんだから。――うん、でもその感謝の気持ちはもらっておくよ」
感謝の思いを全て込めて、頭を下げる。
アイリスは手をひらひらと振って、それに応じる。
「それから、あともう一つ。…私は今まではきっと心の中でもその思いを「なりたい」という願望の形に留めてきました。内心自信が無かったから、それを言いきる勇気が無かったから。――でも、アイリスさんのおかげで言えそうです。アイリスさんに最初に聞いてほしい」
「うん」
「アイリスさん、見ていてください。今は頭脳も力も名声も何もかもが足りない。でも、それでも…私は―――私は、王になってみせます」
それを胸を張って宣言する少女の表情は、初めて会った時とは明らかに違っていた。
その瞳にはもう揺るがないであろう決意の炎が灯っている。
―――立派になったね、シャーリー。
胸の中で一人呟く。
もしかしたら、自分の父もこんな気持ちだったのだろうか、と不意に思った。
力を求めた少女に対し、一緒に暮らして戦い方を教えてその成長を見守る。期間も教え方も年齢差も全部違うが根底は同じかもしれない。
でも、今はアイリスが教える側。
つい一月ほど前までは、教えられる側だったのに奇怪な話だ。
でも、それが可笑しくってなんだか誇らしい。
だから、万感の思いを込めてアイリスは勇敢な少女へと微笑みかける。
「うん、楽しみにしてるよ」
「はい、楽しみにしていてください」
アイリスの微笑みにつられて、シャーリーも笑う。
その笑顔はアイリスが今まで見てきたどんな笑顔よりも輝いて見えた。
*****―――
これにて偶然出会った二人の少女の旅路は終わりを迎える。
一人の少女が一人の少女と出会い、一緒に旅をした。たったそれだけの出来事。
しかし、この出来事は二人の少女のこれから辿る運命を大きく変えることになる。
―――そして、そう遠くない未来に起こる王家を巡るとある重大な戦い。その結末をも、まったく別のものへと変えることになるのだった。
これにて2章本編は完結です!
気づけば1章の倍以上の話数になっていて驚きです。
この後に幕間を3つ程挟んでから、物語は3章へと突入します。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
どうぞ今後とも本作をよろしくお願いします。




