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2章ー50話 「名前を憶える条件」


 突然のノックに言葉を遮れらたシャーリーだったが、アイリスが「こっちは大丈夫だよ」と小声でつぶやいたのを確認し、扉へと顔を向ける。


「はーい、大丈夫ですよ」


 応答すると、返事の代わりに勢いよく扉が開かれる。それと同時に、こちらもシルクーリ同様に見知った顔が勢いよく部屋へと入ってくる。

 その手には何か大きな包みのようなものを持っていた。


「よう、小娘、元気か? それと金髪、お楽しみ中に邪魔して悪いな!」


「そのボケはさっき聞いたっての。全くどいつもこいつも、あたしを何だと思ってるんだ」


「フハハ、冗談だ。そう怒るな、俺様みたいに大物になれねーぞ」


「私もアイリスさんも別にあなたみたくはなりたくないのでご安心ください。それと元気かどうかはわかりませんが、怪我は大丈夫ですよ」


 シャーリーの返答に「そうか」と短く漏らし、山猿は近くにあった椅子へと腰を下ろす。

 彼なりにシェルと約束した手前シャーリーに怪我をさせたことに、負い目はあるのだろう。心のなしかその呟きには安心したような響きが混じっていた。


「で、あんたは祝宴に行かないの?」


「ん? すでに俺様は祭りには顔を出してきた後だ。ご馳走が食べ放題だからお前たちの分も持ってきてやったぞ、ほれ」


 そう言って手に持っていた包みをテーブルの上に置き、木箱のようなものが姿を現す。そして、その中には大量の料理が詰め込まれていた。


「ほら、結構うまそうだろ?」


「…あなた、偽物ですね! あの人がこんなに気のまわることができるはずがありません!」


 その様子を呆気にとられたように見ていたシャーリーが、山猿を指差し声を上げるが、それによりまた、少し胸部が痛んだのか顔をしかめる。


「本物だっての。しっかし、可愛げのない小娘だなー。俺様クラスになるとこれくらいの気配りができて当然だ」


 胸を張って言いきる山猿に「ほー」と二人して本気で感心したような声を上げる。

 そんな様子を「心外だ」と言わんばかりの顔で見ていた山猿だったが、ハァーっと息を吐くと二人へフォークを渡す。


 なんやかんやでアイリスとシャーリーは戦いの後から何も食べていなかったため、お腹は空いていた。

 そのため山猿の予想外の厚意に甘えことにする。


「シャーリー、一人で食べれる。もしダメなら――」


「大丈夫です。手はしっかり動きますんで!」


 さすがに山猿がいる中で食べさせてもらうのはシャーリーの羞恥心が拒否を示した。別に山猿がいなければ喜んでという訳でもないが。

 少し残念そうに見えなくもないアイリスが「はい」と頷き、自分のフォークを手に取る。


 二人で「いただきます」と両手を合わせると、アイリスはそのまま手ごろな揚げ物のようなものを突き刺し、口へと運ぶ。


「あっ、おいしい」


「本当ですね、凄くおいしいです」


 アイリスの呟きにシャーリーも同調する。

 カリッと揚げられており、中に入っている魚の肉もジューシーだ。

 シャーリーは煮物のようなものを食べており、そちらも美味しそうだ。


「おう、なんか魔物討伐を祝してかなり豪勢にやってるらしくてな、食材も相当良いのを使ってるらしい」


「ん? やけに詳しいわね」


 行儀よく口の中のものをすべて飲み込んでから、アイリスは無駄に誇らしげに胸を張っている山猿へと問いかける。


「おう、街であの騎士のおっさんに会ってな。今日一日は労いの気持ちを込めて街の代表が私財から奮発してるみたいだ。中々この街の統治者は大物らしいな」


「まぁ、俺様ほどじゃないがな」と付け足し、高笑いをする山猿。

 

 騎士のおっさんとは恐らくヴァンスのことだろう。

 ヴァンスはシャーリーの正体の秘密を黙っていてくれていたり、アイリスにも作戦終了後に直接お礼を言いに来たりと、中々に融通の利く実直な人物だ。

 そんな彼が仕える人物も同じく慕われるような人物なのだろうと、何となく見たこともないインリウウィスの統治者の印象をアイリスは思い描いた。


 

 山猿の持ってきた食料は、女性二人で食べるには若干多いかったが、その味の美味しさと空腹が合わさって二人は綺麗に完食してしまった。

 

「ごちそうさまでした」と手を合わせ、持ってきてくれた山猿へと礼を述べる。

 山猿はぶっきらぼうに「おう」とだけ答えたが、まんざらでもなさそうな様子だった。

 がしかし、その男は、


「んじゃ、俺様もそろそろこの街を出ることにするか」


 と食休みの最中に平然と言ってのけた。

 つい小一時間ほど前のシルクールと同じような突然の出発宣言。しかし、山猿が急いでこの街を出る理由がアイリスとシャーリーには思い至らなかった。


「…また、あんたも急だね。理由は聞いてもいい」


「単純だ。俺様が何だか今日出ていきたくなったからだ」


「……はい?」


 さも当然の様に言い放った山猿の言葉に、アイリスとシャーリーは唖然とするしかなかった。

 恐ろしく自分の道を行っている。完全なるゴーイングマイウェイだ。


「んじゃ、そういうことで俺は行くぞ。世話になったな、金髪、小娘」


 自分の言いたいことは言ったとばかりに椅子から立ちあがり、そのまま部屋を出ようとする山猿。

 とんでもない実行速度だ。

 しかし、その右手をアイリスが、左手をシャーリーが掴む。


「おいおい、なんだお前ら。まさかさびしいなんて言うつもりか? まったく子どもじゃあるまいし、そんな――」


「あんた、目的地までの道わかってるの!?」

「また、道に迷ったらどうするつもりですか!? あんな小さな森ですら迷子になるのに!!」


 二人の指摘に山猿は「え?」と眼を丸くした。



 ――三十分後。


「では、この地図の通りに進んでくださいよ。決して間違わないように」


「へいへい」


「もし、迷ったら?」


「ちゃんと道行く人に聞く」


「「うん」」


 きっちりと山猿が示した目的地までの道を赤く塗った地図を持たせ、道に迷った場合の対処法を教え込んだアイリスとシャーリーが満足そうに頷く。

 案の定、山猿は目的地へは大体の方角だけでしか知らず、そこへ向かい進むつもりだった。

 それを危惧した二人によって即席の旅の知識を埋め込まれた。


「ったく、おまえらは慎重すぎだっての。こういうのは大体でいいんだよ」


「その大体で迷ってたのはどこの誰ですか! いいから、ちゃんと今行ったことを守って進んでくださいよ。――痛っ!?」


「はいはい、わかった、わかったよ。だから怪我人が声を上げるな」


 山猿がやれやれと言ったふうに頷き、再び立ち上がる。

 今度はアイリスもシャーリーもそれを止めない。

 話していくうちに山猿の目的地も王都だということがわかったため、シャーリーが一緒に行くことも提案したが、山猿は首を横に振ったため仕方がない。


「じゃあ、今度こそ俺様は行くぞ。じゃあな、金髪、小娘」


「ちょっと。最後に一ついいですか?」


「ん? 何だ、小娘」


 ドアの付近まで移動した山猿が首だけ振り返る。

 

「その呼び方、何とかなりませんか。小娘って…」


「いやいや、俺のことを山猿とかあだ名で呼んでるお前らが言うかね」


「たしかに」


「むっ、それを言われるとぐうの音もでないわね。じゃあ、こんな最後になっちゃったけどあなたの名前を教えてよ。そもそもあんたもどっちかっていうと金髪だしね。ややこしいことこの上ないし」


 唸るシャーリーに変わりアイリスが問いかける。

 その問いに一瞬考えるような素振りを見せる山猿。そして、「うんうん」と頷くと、


「俺様は人の名前とか、ややこしくって憶えんの苦手なんだよ。それに呼ぶときは分かりやすいように相手のことを特徴で呼ぶようにしてる、元から名前を憶える気はねーからな。俺様が名前を憶えるのは一部の面白いと思った人間だけだ。だから――」


 そう言って、扉を引いてその身を廊下へ乗り出す。

 そして、


「また会おうぜ。アイリス・リーヴァイン、シャーリー・サリスタン」


 そう楽しそうに笑って言ってのけた。

 すぐ後に、扉が閉まる音が続き、その姿が二人の視界から消え去った。


 また部屋にはアイリスとシャーリーの二人だけが残る。


「あの、アイリスさん。あの人…」


「うん、結局名前は名乗らずに言いたいことだけ言って去って行ったね…」


「最後まで、勝手な人でしたね」

 

 二人は顔を見合わせると、最後の山猿の言葉を思い返してクスッと笑った。

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