2章ー49話 「笑顔の種類」
その日の夜。インリウウィスの街はお祭り騒ぎとなった。
『死の森』から帰還した後、代表者としてヴァンスがインリウウィスに住む国民たちへ魔物討伐完了の報告を中央広場にて行った。
ヴァンス本人は「自分は何もしていない」とその役割を拒否したが、功労者のシルクール、山猿、アイリス、シャーリーの四人はその役割をキッパリと断り、シェルはいつの間にかその姿を消していた。そのため指揮官でもあるヴァンスが結局は報告することになったのだ。
犠牲者も少なくなかった。
そのほとんどが傭兵と冒険者で、損傷が激しいものもあり、身元が特定できない個人の傭兵や冒険者の遺体はインリウウィスが引き取り、埋葬することが決まったらしい。
それでも、ここ数日インリウウィスの人々に恐怖を与え続けていた根源が消え去ったことで市民は喜び、戦った彼らを讃えて祝宴を開いた。
街は人で賑わい、今まで以上に活気付き、夜になっても明かりは消えずになお一層その熱は膨れ上がっている。
その中心にヴァンスをはじめとした騎士団の面々と魔法団の面々、そして生き残った冒険者や傭兵の姿があった。
しかし、真の功労者たちの姿は無い。
その賑わいから少し離れた宿の一室。
そこにアイリスとシャーリーの二人の姿があった。
「大丈夫…? 痛みはない?」
アイリスの心配そうな声。それはベットで横になるシャーリーへと注がれた。
シャーリーが意識を取り戻したまではよかったが、帰りの道中にどうしても胸部が痛み、それをインリウウィスに着いてからアイリスが確認した結果、どうやら骨にヒビが入ってるようだった。
そして現在は、絶対安静のもとでアイリスが看病しながらベットに横になっている。といっても、寝込んだりしているわけではなく、普通に会話はできる上に食欲もあるようだ。
しかし、アイリスはシャーリーが意識不明になったときのことがずっと気にかかっているのか、ずっとベットの横の椅子に座り、その様子を見守りつつ世話を焼いている。
「…えっと、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ、アイリスさん?」
「えっ…あっ、そうだよね! 気が回らなくてごめん、ずっと横にいられても落ち着かないよね。じゃ、じゃあ、あたし隣の部屋にいるからいつでも呼んで…」
シャーリーの言葉にハッとすると、そのまま肩を落とし部屋を出ていこうとするアイリス。
その様子にシャーリーは焦ったように、
「あっ、いえ違います! そう言う意味じゃないです! 痛っ…!」
「シャーリー!?」
いきなり大声を出したため、胸部にズキッとした痛みが走る。
アイリスが驚き、踵を返し焦ったような顔をするが、シャーリーは安心させるように無理やり笑顔をつくり笑って見せる。
「だ、大丈夫です。この痛みは勲章みたいなものですから。――それにアイリスさんを邪魔になんて思ったことはありません。ただ、みなさんが盛り上がっているのに、アイリスさんも行かなくていいのかなって…」
「なんだ、そんなこと気にしてたの? 大丈夫、別にあたしは我慢してここにいるわけじゃないよ、好きでいるの」
「そっか、ならよかった」
安心したような笑みを浮かべるシャーリーに、自然とアイリスも笑顔になる。そして、再びベットの近くに置いた椅子まで戻り、腰掛ける。
「でも、そんなに心配なさらなくてもいいっていうのは本心です。じっとしていれば痛みはほとんどないですし、あんな攻撃を受けたのにこれだけ無事でいられるのは運が良かったです」
「たしかに…、ちょっとそれは引っかかってるんだよね。意識失ったときは本気で焦ったけど、怪我自体はホントに奇跡に近いくらい軽傷だと思う。でも、あるいは――」
言葉を切り、難しい顔をして何かを考え込むようにして顎に手を当て「うーん」と唸るアイリス。
そんな様子を不思議そうな顔でシャーリーが見守っていると、
コンコン、と不意に部屋の扉がノックされ、「シルクールですけど、今大丈夫?」と外から声がかかる。
「はい、大丈夫ですよ」
シャーリーが返事をすると、ゆっくりとドアが開き、恐ろしく整った顔を覗かせる。
顔が紅潮したりもしていないため、彼も祝宴には参加していなかったのだろう。
「ちょっと話があるんだ。お楽しみ中ごめんね、アイリスちゃん」
「誤解を招くような言い方をやめてください、シルクールさん。斬りますよ」
「フフッ、ごめんごめん」
微笑みながら爽やかに笑うと、ドアから一歩だけ中に入ったシルクールがシャーリーとアイリスへ視線を向けと、
「まあ、といっても重大な話じゃない。ただ僕は今からインリウウィスを立とうと思うから別れの挨拶だけしようと思ってね」
さらりと言ったシルクールの言葉に二人は目を見開く。
当然だ。まだ、戦いから半日も経っていない。
「…急ですね」
「うん、とりあえず王都の姉弟子の所まで報告に行かないといけないしね。色々と気になることができたし、それに手紙より自分の口で話した方が分かりやすいから」
疲労など一切ないような口ぶりで話すシルクール。
そして、
「あっ、そうだ。君たちに会いたいって人がいるんだけど大丈夫かな?」
そう言うと、返事を待たずにヒョイと扉から一人の女性が顔を出した。緑色の髪に釣り眼が印象的な女性。その瞳は心配そうに揺れていた。
「あれ、スーリンさん?」
予想外の人物の登場にシャーリーが目を丸くする。
「よかった…。怪我したって聞いたときは心配したけど、ひとまず無事みたいね」
「彼女にはアクリエルからここまで馬車に乗せてきてもらってね。これから王都までの道も厄介になることになってるんだ。で、聞いた話では二人とは知り合いみたいだったから、挨拶がしたいって言ってね」
安心した声と共にスーリンがシャーリーのベットに近づき、その顔を覗き込む。
その後ろからシルクールの補足説明が届いた。
「え、えっと、私なら見ての通り大丈夫です。ご心配お掛けしたみたいですみません」
「いいのいいの、そんな謝る必要なんてないよ。そもそも謝るんなら一緒に戦ってたのに自分は無傷でこんな小さな女の子たちにだけ怪我させたこの優男が謝るべき!」
「あー、それを言われちゃ返す言葉がないね。いや、本当に面目ない。――っと、じゃあ、そろそろお暇しようかな」
シルクールが苦笑しながらそう告げると、スーリンは「了解。じゃあ、またね」と言ってシャーリーの頭を撫で、アイリスへ笑いかけると部屋から出ていった。馬車の準備などもあるのだろう。
アイリスとシャーリーがその風のような背中を見送る。
「じゃあ、僕もいくね。会ってからまだ二日間だけど二人には本当に助けられたよ。僕一人じゃ今回の作戦は手に余るものだったしね」
微笑みながら語るその言葉は、相変わらず漂々とした雰囲気を持っており、本当のことを言っているのかどうかが詳しく読み取れない。
あるいは、この男一人でもリジェネを打ち破ることが可能だったのではないかという底知れ無さを思わせる声だった。
「いえ、こちらこそシルクールさんにはたくさん助けられちゃいました。感謝してます」
「はい、私もアイリスさんと同じ気持ちです」
「そっか、そう言ってもらえると嬉しいな」
自分よりずっと年下の少女たちからの言葉にシルクールが笑みをこぼす。しかし、その笑みは今までとは違う、どこか優しさに満ちたような笑みだった。
「アイリスちゃん、餞別にこれを」
その表情のまま、シルクールは自分のローブの中からあらかじめ準備していただろう紙切れを取出し、アイリスへと手渡す。そこには文字と数字の羅列が書かれていた。
「アイリスちゃんも王都へ行くんでしょ。困ったことがあったらこの住所の人に相談するといい。面倒を見てくれるはずさ」
「え? あっ、はい。ありがたくいただいておきます」
「うん。それとシャーリーちゃん」
アイリスに紙切れを渡すと今度はシャーリーへと向き直る。
そして、突然その恐ろしく整った顔をシャーリーへと近づける。
「……えっ!?」
そのまま顔をシャーリーの顔の横へと移動し、
「―――――――――――」
「!?」
シャーリーにだけ聞こえるように何かを呟いた。
そして、それが終わると素早く顔をもとの位置へと戻し、
「今までは全く興味がなかったけど、もしその時が来たら僕は君の側に立つことをここに約束しよう。あとは君の努力次第さ」
そう意味深に笑いかけて踵を返す。
「じゃあね、アイリスちゃん、シャーリーちゃん。今度会ったらご飯でもおごらせてね」
そしてそう後ろ手に手を振ると、そのまま部屋を後にした。
部屋に二人だけが残される。
「行っちゃったね」
「行っちゃいましたね」
「えーっと、言いたかったら言わなくてもいいんだけどさ…。さっき何を言われたの?」
アイリスの問いかけにシャーリーが「えーっと、ですね」と言い淀む。
それでアイリスはシャーリーの家関係――王族関係の何かだということ察して、「もう、大丈夫」と言ったふうに首を振った。
しかし、何故かシャーリーはそのアイリスの動作を見て何かを決心したかのように「よし」と呟くと、決意が籠ったかのような瞳をすと、
「あ、あの…アイリスさん。実は――」
――コンコン。
何か言おうとしたシャーリーの言葉を、再びのノックが遮った。




