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2章ー48話 「自分を呼ぶ声」


 それに誰よりも早く気づき、ただ一人反応できた人物がいた。

 シャーリーの近くの木。その上に隠れたまま、仮面の守護者は即座に首筋にかかったネックレスへと手を伸ばす。

 一瞬の猶予もなかった。


「くっ! 『スウィング』!」


 明らかな殺意の宿った闇魔法の弾丸。

 その弾丸とシャーリーの直線上に即座に振動に変えた魔力を放出する。

 半透明の振動の防御壁。それは、通常の魔法の弾丸ならばそれそのものを崩すか、最悪でも軌道を逸らすことはできた。

 あくまで通常の弾丸であれば――、


「なっ!?」


 しかし、それは振動の防御壁を打ち破り、そのままシャーリーの胸部へ直進する。

 仮面の守護者――シェルが驚愕の声を上げる。

 その激突で威力自体はおそらく落ちた。だがそれでも、とてもじゃないが生身の体で受けきれるものではない。

 自らの危険度外視で木から飛び降り、庇うようにシャーリーの前に身を躍らせようとするが、それも間に合わない。

 そして、


 バキン、という何かが砕けるような音と共に、シェルの目の前でシャーリーの胸部に弾丸が激突し、その体を後ろへ弾き飛ばした。


*****―――


「…リー、…ーリー」


 ぼんやりとした意識の中で、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

「ここは…」


 声に出して自分の状況を顧みる。

 黒で埋め尽くされた異質な空間。その中にシャーリーは一人立っていた。

 不可思議な現状に首を傾け、先程までのことを思い出す。

 

「…えっと、私はさっきまでアイリスさん達と一緒に戦っていて、それで――あっ!?」


 最後にある記憶。それは自分の目の前に紫色の光を纏った弾丸が激突したその衝撃だった。体を吹き飛ばすほど強い衝撃

 反射的に自身の胸部へと手を当てるが、そこには一切の傷は無い。

 ホッ、と胸を撫で下ろすが、


「で、でも…あれ? って、ことは、もしかして私、死んじゃったの!?」


 まるでこの世の物とは思えない様な何もない漆黒の空間。そして、攻撃を受けたはずなのに無傷の自分。

 その二つを総合して、シャーリーはまさか、といったふうに声を上げる。それが一番シンプルに今の状況を説明できる仮定だった。

 そんな一人で困惑の極致に達しているシャーリーへと、


「…ァーリー、シャーリー」


 再びその名を呼ぶ声。そして、今度は先程よりもはっきりとした声音でその呼び声は、背後からシャーリーの耳へと届いた。

 幼い少女の声ではあるが、どこか安心するような声。そして、シャーリーの記憶の中に残る声だった。

 

 意を決してシャーリーが後ろを振り返る。

 そこには、シャーリーが頭で思い描いた通りの一人の少女が立っていた。年のころは五歳くらいだろう。簡素な服に袖を通し、手入れの行き届いていない薄汚れた金髪をしている。

 サリスタン王国では最も多い髪の色だ。しかし、その少女が金髪の理由は別にあることをシャーリーは知っている。


 もう一つその少女には特徴があった。その顔を隠すように靄のようなものが少女の首から上にかかっていた。

 しかしそれでも、首から上がわからないでもシャーリーにはその少女の正体が確信できた。

 たった一人の両親共に血のつながった姉妹なのだから――


「……シェリー姉さん」


 その名をシャーリーの口が震える声で紡ぐ。

 少女が頷いた。


「…は、はは。そっか…久しぶり、シェリー姉さん。…って、やっぱりシェリー姉さんがいるってことは私は死んじゃったのかな?」


 少女の頷きを肯定と解釈して、シャーリーが苦笑する。

 そっかそっか、と呟きながら、ハハハ、と渇いた笑いが口から出る。

 そして、次の瞬間。シャーリーの瞳から涙がこぼれた。


「あ、あれ、おかしいな。あれ、あれ…?」


 理由は分からない。

 単純に死んでしまった悲しみからか、王になれなかった後悔からか、母を一人残してしまう負い目からか、それとも――、

 考えれば考える程、その涙は止まらない。

 ひざを折って、嗚咽を漏らす。


 そんな、シャーリーの頭に小さな手が添えられた。

 本当に小さな子どもの手。しかし、その手からは慰めるような、落ち着きを取り戻させるような温かい感情が伝わってきた。

 昔、それこそ十年以上前、母が家に居なかったりして、泣いていたシャーリーを姉はいつもそうやって慰めてくれた。懐かしさがシャーリーの胸に渡来する。

 そして、もう一つ。誰にも言えずに胸に秘めていた思いも同じ様に浮かび上がってきた。


「……ねぇ、シェリー姉さん。――私のこと恨んでる?」


 涙を袖で強引に拭き取ると、少女の手が頭の上に乗ったままシャーリーは問いかける。


「だって、姉さんは死んじゃって…ずっと、ずっと一人で。あんなに私のこと可愛がって、いつも面倒を見てくれてたのに、姉さんだけが……!」


「――――――」


「姉さんが死んじゃったのに…私だけがその後で王宮に呼ばれて…。居心地がいいわけじゃなかったけど、他には何不自由なく、安全に今まで過ごすことができて…! 本当なら姉さんも…、姉さんもそうなるはずだったのに…、私だけが…」


 一度言葉に出してしまえば、その自責の念が溢れ出してしまう。

 震える声で訴えるシャーリーに、しかし少女は答えない。

 ただ、ずっとその手をシャーリーの頭に乗せ、撫で続けた。


『…リー、…ーリー』


「…!?」 


 そのとき、シャーリーの耳に再び自らの名を呼ぶような声が届く。

 だが、それは目の前の少女からではなく、頭上から響いてくるように感じた。

 そして、その声はこの十日程で聞き慣れた自分より少し年上の師であり恩人でもある少女の声だった。


 ビクッと反応し、視界を上へと向けるシャーリー。

 そこには先程までなかった光が見えた。

 そして、その闇へ射す一筋の光は、シャーリーを照らす。

 

 その眩しさに一瞬顔をしかめるが、すぐにある変化に気付く。

 光に照らされた部分からシャーリーの肉体が段々と透明になっていた。まるで、この空間から抜けださせるように。


「あ、あれ…?」


 気づけば先程まで頭にあった手の感触が消えている。

 見ると少女の腕も透明になり、シャーリーの体と呼応するようにその姿は光の粒子となり、段々とその肉体が消失していく。


「ま、待って…、待って、シェリー姉さん!」


 シャーリーが手を伸ばすが、まるで雲をつかむようにその実態を捉えられない。

 そして、シャーリーの体もそのほとんどが既に透明になっていた。それに伴い、意識も薄れていく。

 そんなシャーリーの耳に、


「――恨んでないよ」


 少女の声が届いた。

 優しい、今でも耳に残っている声音。何故か、その声には苦笑のようなものが混じっていた。


「私がシャーリーを恨むわけないじゃない。シャーリーは何も悪くないし、それに――姉が可愛い妹を恨んだりするはずないでしょう。シャーリーは自慢の妹なんだから」


「な、なんで…?」


「そろそろ戻りなよ。みんながシャーリーを待ってる」


 完全にシャーリーの意識が消える寸前、少女の顔の靄が少しだけ外れる。

 その口元は、とても優しげに笑っている様だった。


*****―――


 意識が一気に浮上する。

 まるで海底から引っ張り出されたような感覚に少し頭が痛んだ。


 「…ァーリー、シャーリー!」


 そんなシャーリーの肩が呼びかけと共に軽く揺すられる。

 冷たい。顔に水滴が落ちるような感覚がした。

 そして、ぼんやりと開いたシャーリーの瞳には、


「シャーリー!! 大丈夫っ!! 痛いところはない!? …あたしが誰だかわかる!?」


 大粒の涙で顔を濡らすアイリスが飛び込んできた。

 シャーリーが目覚めたことで一瞬喜びに顔を染めるが、すぐにその表情を変えて心底心配した様に問いかける。


「ア、アイリスさん…?」


「うん、そうだよ!」


 シャーリーが絞り出した言葉に、アイリスが首を大きく振って頷く。

 

 段々とシャーリーの意識が覚醒していく。

 先程衝撃を食らった胸部に鈍い痛みが走り、ここが現実だと実感する。

 そして、先程の世界が夢だということも――理解する。


「…えっと、とりあえずは体も大丈夫です―――うわっ!?」


 そんなシャーリーの体をアイリスが抱きしめた。

 戸惑うシャーリーだったが、耳元から聞こえる嗚咽に落ち着きを取り戻す。


「ううっ、よかったぁ…。ホントによかった…、死んじゃったらどうしようかと、思って…。ううっ、ごめんね…守ってあげれなくて…ホントにごめんね」


「……いえ、こちらこそ心配かけてごめんなさい」


 アイリスの体に手を回して首を振る。

 その様子から心から自分を心配してくれたことが、痛いほど伝わってきた。

 それに改めて、周囲を見渡すとシルクールに山猿、一緒に戦った騎士団の騎士たち、その全員がこちらを心配そうな顔で見ていることにシャーリーは気づく。

 申し訳に気持ちと不謹慎だがこれほど真剣に心配してもらえて少しこそばゆい気持ち。


「皆さんも本当に心配かけてすみませんでした」


 アイリスに抱き着かれたまま、シャーリーはその頭を大きく下げる。

 

 それに一番動揺したのは騎士団の面々だった。

 ヴァンスが前へ出て「こちらこそ、肝心なところでお守りできずに申し訳ございません!」と謝罪すると、全員そろって、シャーリーへと深々と頭を下げる。


 シルクールは、アイリスや騎士団同様に「僕も肝心な時に守れずに、本当にごめんね」と申し訳なさそうに頭を下げた。


 山猿は、「心配かけやがって、戦闘中に気を抜くな」と悪態を吐いたが、その表情には優しさのようなものが浮かんでおり、割と本気で心配してくれていたことがわかった。


 その全員の様子と横ですすり泣くアイリスを見て、シャーリーの顔に再び涙が浮かぶが、不意に自分が戦いの途中で気を失ったことを思いだす。

 

「…戦いはどうなったんですか?」


「シャーリーちゃんが撃ち込んだ一撃で肉体は全部消し飛んで、再生の核はアイリスちゃんと山猿くんが綺麗に破壊した。それで、討伐対象の正体不明の魔物――リジェネの消失を確認。シャーリーちゃんを打ち抜いた魔法が最後の一撃だったよ。そして、リジェネが死んだことのにより、この『死の森』から魔物の反応が急速に消失。今さっき、全滅したことが確認できた。つまり、これにて作戦終了ってわけだ。シャーリーちゃんが今回の殊勲だよ」


 シャーリーの疑問にシルクールが淀みなく現状を述べる。

 そして、笑って最後の一言を付け足した。

 他のみんなも同調するように頷く。


 そして、シャーリー・サリスタンはこぼれる涙を堪えずに、言葉を絞り出す。

 彼らに心からの信頼と感謝をこめて、


「皆さん、お疲れ様でした。そして――ありがとうございました!」


 それが何に対してのお礼だったのかは言葉を発してシャーリーにもわからない。

 しかし、それを口にするシャーリーの顔には笑顔と共に万感の思いが込められていた。




 シャーリーの無事と『死の森』の終焉。

 それを確認した討伐隊の全員から勝利の歓声が上がる。


 シェルはそれを一人、少し離れた木の陰から見ていた。

 実はシャーリーに弾丸が命中した当初はアイリス並に焦っていた彼女だったが、無事起き上がった様子を見て「よかったぁ~」と心底安心した声を漏らし、全身から力を抜かして地面に尻餅をつく。


 空を見上げる。

 リジェネを倒したことにより『死の森』はその禍々しさを失い、その視線を遮るものはなかった。

 先程までかかっていた雲は晴れ、日の光が見える。

 フ―っと息を吐き、微笑みをこぼす。

 そして、


「やっぱり、――さすがだね」


 と一言、晴れ渡る空に向けて嬉しそうに呟いた。

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