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2章ー47話 「憎しみの果て」



 ――おのれ、おのれぇええええぇっ! なぜだ! なぜまたやられる!? このわれが、また! あのちに、あのひかりに! なぜまたぁ…!


 全身を覆いこむような黄金の光の放流に身を焦がしながら、リジェネは自問する。


 あの高位の魔族。今では名前を知る術さえない常に怯えているような女。

 彼女の言うとおり、リジェネが目を覚ましたのは、今から三週間ほど前。あの日から五百年以上が経過した時間、あの場所から遠く離れた人間界だった。

 そこには恐らく自分と同じくバナリスとクリストロの姿もあった。話を聞くに二人ともあの女に眠らされたらしい。


 あの女の言った通り、リジェネの魔力量は五百年前よりも遥かに上がっていた。更に、そこに存在するだけで森を侵食するかのような禍々しさも帯びている。

 何故か? その理由は簡単だ、魔力に五百年熟成された憎しみが宿っていたから――


 そこからリジェネは考えた、自分が何をすべきかを。しかし、結論は出ない。

 頭が上手く回らず、言葉さえも流暢に紡ぐことはできない。恐らくこれは弊害なのだろう、とリジェネは実感した。あの女が言っていた実験の弊害。

 しかし、そんな全てがどうでもよくなる。そんなことが起こる。


 どうしてか、と問われればわからない。

 血が、肉が、魂が気付いた。

 あの男の血だと。五百年前、自分の同胞を斬り、自分を斬ったあの男。その血を引く者が近くまでやってきたと――

 それからは憎しみの感情が全てを上回った。冷静になることはできなかった。

 リジェネは気づけなかった。それすらも、五百年前にあの女に植えつけられた明らかな呪いの弊害だということに。


 リジェネは、クリストロの提案でやつらを死の森へと呼び込み、分断させた。

 今度こそは確実に失敗を起こさないつもりだった。


 しかし、結果はどうだ。

 バナリスとクリストロはやられ、自分も押され、サリスタンの血族を殺せてもいない。

 これでは五百年前と同じ結末だ。あのときの焼き直しだ。そして、今回はもう挽回の機会が与えられることは無い。


 ――まだだっ!


 リジェネにとって再生の核さえ破壊されなければ、復活は容易なものだった。再生の核は外殻つまり肉体の上からの攻撃では破壊されないようにできていた。

 つまり今リジェネを襲っている聖剣の一撃では壊れない。ならば、多少体に負荷がかかるが攻撃がやんだ瞬間に十四個全ての核を最大稼働し、体を『再生』させればよい。


 黄金の光が止み、『死の森』が静まり返る。

 すでにここら一帯は、攻防により森としての原型を留めていなかった。


 リジェネの肉体はその全てがきれいに吹き飛ばされ、十四個の再生の核が空中に浮遊する。

 そして、すぐに再生が始まった。


 魔力のすべてを出しきったシャーリーは、膝をつき剣へとその身を寄りかける。

 再生の核を通してその様子を見ていたリジェネが、内心でニヤリと笑う。

 心配していた追撃は無い。この隙、十秒もあれば最低限の外殻の再生は叶う。


 だが、十秒。それはあまりにも長すぎた。


「あたしが右側、七つ。シャーリーが作った最高の機会、絶対に撃ち漏らしはしないでよ!」


「ハッ、誰に物を言ってやがる!」


 二つの声が『死の森』に響く。

 そして、――パリン、というガラスの割れるような音が十四回連続した。



 ――なっ…


 声にならない声が漏れる。いや、実際には今リジェネには声を出すための器官は存在しない。それはただの心の叫びだった。


 変化はすぐに表れた。

 先程まで『再生』しようとしていた肉体が泥のように崩れる。

 これから『再生』しようとしている個所から魔力が霧の様に霧散する。

 そして、


 ――ち、ちからがっ…、われの、まりょくが、きえていく…!?


 全身から全ての力が根こそぎ奪い去られたかのような疲労感と絶望感が波の様に、リジェネを襲った。

 再生の核はすべて砕かれた。もう逆転の目はない。

 死の足跡がそこまで迫っていた。


 ――くそっ、まだだ…われは、まだ…! まだ、なにも…ないひとつも、なせていない…!


 心は反発を続けるが、それに体は付いていかない。

 終わりはすぐ前にあることが実感できた。

 しかし、それでも――


 『あなたは魔神様に選ばれた』


 五百年前の名も知らぬ女の言葉。

 それだけがリジェネに最後の力を与えた。与えてしまった。


 体の全ての力を振り絞り、魔力を限界まで絞り出す。

 周りに落ちている切断された自分の腕。そこからも残った魔力の残滓を吸収する。

 もう再生は叶わない。ならば、その魔力の全てを――


 リジェネの腕、その掌に書かれた術式。それは恐ろしく単純なものだ。ただ単に魔力を込めて、それを闇魔法へと変換して打ち出す術式。

 そして、リジェネは薄れゆく意識の中で、地面に落ちる一本の腕へと自分の残った魔力の全てを込める。誰にも気取られないように慎重に、ある人物の方向へその掌を向けている腕へ。

 今までこの術式を用いての攻撃は、全て前方広範囲へ打ち出すビーム状のものだった。しかし、今回は違う。小さな弾丸状の一撃。その一撃に全ての魔力を乗せる。

 そして、


 ――せめて…せめて、一人だけでも…!!


 その一撃は打ち出された。

 完全に他の人間にとって無警戒の死角からの一撃だった。


 シルクールとアイリス、山猿が弾丸の発射と同時にその最後の一撃に気付き、その表情を驚愕に染める。

 そして、すぐさまその弾丸が向かう先――シャーリーを護るために動きを見せる。

 シルクールが魔法を紡ぎ、アイリスが剣を突き出し、山猿が全力で飛び込む。しかし、その全ては届かない。


「えっ?」


 自分に迫る紫の弾丸を見て、声を漏らすシャーリー。だが、凄まじい速さで迫るそれを回避する暇はなかった。


 弾丸がその胸の中央へと命中した。

 バキン、と何かが砕けるような音が響く。


 そして、――白銀の少女の肢体が、そのまま後ろへ受け身も取れずに倒れ伏した。


「シャーリー!!!!」


 眼を見開いたアイリスの絶叫が『死の森』に響いた。


*****――


 その様子を感じ取り、リジェネは心の中で壮絶な笑みを浮かべた。

 もはや体も魔力も存在しない。ただ魂とでも形容すべきものの残りカスだけが、その意識を保っていた。しかし、それも数秒のこと。すぐにその意識は薄れゆく。

 

 死への誘いが眼前まで迫っていた。

 しかし、リジェネは全てが満たされたような晴れやかな心でそれを受け入れる。


 ――ハハッ、やってやった。やってやったぞ!!


 歓喜の感情が漏れる。

 自分の最後の一撃は、確実にあの人間の心臓を穿った。あの憎き男の血を引く者の命に打ち抜いた。

 

 自分は利用されただけかもしれない。いや、恐らくそうなのだろう。

 自分がこうなったのもあの女の言っていたように何らかの実験。何らかの別の思惑があってのことだろう。

 死の淵に接してクリアになったリジェネの頭が、今の状況と五百年前の状況を比べて分析する。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 理由はどうあれ、自分は魔神様に選ばれたのだから。


 それに実際にサリスタンの血族も一人始末できた。…たった一人しかできなかったのは心残りだが、それでも始末できたのだ。 

 おそらく、あの女の言葉には方便も混ざっていたのだろう。自分にはそこまで期待などしていなかったのだろう。

 であるならば、もしや自分はあの女の内に秘めた思惑さえも超えられたのかもしれない。

 そう思うと、これ以上ない幸福感が得られた。

 そして、


 ――魔神様…これで我は、あなたの役に立てたでしょうか?


 一度しか見たことのない、今はもういない主へと向けた問い。

 その思いを最後に、リジェネの意識は再び浮上することは叶わない闇へと沈んでいった。


 それが、憎しみに取りつかれた魔物の最後だった。

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