1章ー6話 「魔剣と聖剣と純剣と」
「そもそもおっさんはなんでこんなでかい家もってんの?」
馬車から降りて、荷台の荷物を家の中に運び出しながらのアイリスの疑問。
それに同じく荷物を持ちながら横を歩くグリシラは応える。
「あーそれな、お前に会うちょっと前に知り合いに休業するって伝えたら、いい感じの立地に使ってない別荘があるからやるよ、ってここを渡された」
「なんだその金持ち!?」
「金持ちっつーかボンボンだな。まあ悪い奴じゃないんだけどな~」
そんな会話をしながら馬車と家を往復する。
三度目の運び出しで馬車の荷台は空になり、グリシラとアイリスの手には町でアイリスが買った大量の本が抱えれていた。
「つーか、お前ホントにたくさん買ったな。いやまあ買っていいつったの俺だけどよ。そんな本好きか?」
グリシラの問いにアイリスは両手で本を支えて歩きながら「うんうん」と嬉しそうに首を振った。
その様子を見てグリシラは「そりゃそうか」と感心するような和んだように笑うと、自分が持っている本に目を落とす。
「えーっと、『王国の歴史』、『英雄たちと魔神』とこれは『魔法教本 基礎』? アイリス、お前魔法にも興味あるの?」
「うん! やっぱり強くなるためにはいろんなこと知りたいからね! ……あ! でもあれだよ最初はやっぱり剣術に集中するよ、あたしは剣好きだしさ」
「ん、あー別にそんな気を使う必要ねーよ。才能あるなら何事もやってみるに限るぜ。今すぐには無理だがちょっとしたら知り合いの魔法使い呼んでやるよ」
「ホントに!? やった!」
そんな喜ぶアイリスの顔をグリシラはとても可愛らしくて子どもらしく感じていた。
こういう健気な子ども見て、そんな感情持ち出すとはやっぱり齢をとったな、とそんな考えをふと浮かべているといつの間にか家の前に到着。
朝はかなり早めに村を出てきたので、昼食にはまだ早い。そのためグリシラは荷物を運び終えると初めて会った屋上のときと同様に腰の布袋から巻物を一つ取り出し、そこから木剣を出現させると、
「まあお前の言った通り、まずは剣術だ。庭へ出なアイリス、結局昨日は稽古できなかったしな。終わった後に馬車で話してた剣についての色々も教えてやるぜ」
そんなグリシラの言葉にアイリスも孤児院から持ってきていた木剣を取出し、「うん」と大きく頷いた。
*****―――
パンッと音を立てて木剣がぶつかる。同時にアイリスの手から木剣が弾き飛ばされ宙を舞う。
今回の稽古は屋上のときとは違い、グリシラはただ受けるだけではなくアイリスから放たれる斬撃を力を込めて打ち返していた。
「んー、当たり前っちゃ当たり前だが腕力はまだまだだな。これで20回目か」
弾き飛ばされた木剣を取りに行ったアイリスが戻ってきたところでグリシラは剣を肩に担ぎ声をかける。
「さてここで問題だ、アイリス。相手の腕力が圧倒的に高く、剣の性能もたいして変わらない。そんな相手と打ち合うときどうする?」
「うーん、受け流す?」
アイリスの自信なさげな回答にグリシラは笑って、
「おう、正解だ。まあ腕力の有無に限らず受け流しは有効だけどな。今回の場合は俺の斬撃の威力を殺すまではいかずとも少し逃がせばいい。まあ、実際にやるとなると難しいんだけど。どーする、結構やったしここまでにするか?」
「いや、もう一回だけおねがい」
そう言ってアイリスは構え、木剣を右上段から打ち込む。それに対してグリシラの動きも単純。下から救い上げるように木剣を振り上げる。
これまでの20回ではアイリスがその角度から打ち込んできても、グリシラの木剣から叩き上げられその衝撃に耐えきれず木剣は宙を舞った。
今回もそうなると思われた瞬間、アイリスがスッと木剣の刀身を寝かせてグリシラの木剣の表面を撫でるように威力を逃がす。アイリスの木剣は手から離れてはいない。そしてグリシラの体勢は少し崩れている。
「なにぃ!?」
グリシラの驚嘆の声があがり、そしてすかさず追撃が打ち込まれる。
再びパンッという音が響き、その後木剣が地面に落ちる音が続く。
アイリスの木剣はグリシラが放った返す斬撃によって再び手元を離れていた。
「あーもう、1回上手くいったのにまた弾き飛ばされた!」
アイリスはそう言って悔しがりながら再び木剣を拾いに行く。
しかし、一度受け流された。その事実にグリシラは驚きを隠せない。そして、
「アイリス、やっぱおまえすげー素質があるぜ! 天才か!」
そう笑顔でアイリスを持ち上げ、賞賛した。
*****―――
唐突に持ち上げられ驚いたアイリスが暴れたりと一悶着あったが、今アイリスとグリシラは庭にあった切り株に腰を掛け向かい合っていた。
剣の稽古は一段落つき、今度は稽古前に話していた剣についての講義が始まろうとしていた。
「まずこの世界の剣は聖剣、純剣、魔剣の三つの種類に分けられるんだ」
「ふむふむ」
アイリスが首を縦に振り頷く。なぜか腰掛けるでなく切り株の上に体育座りしている。
「簡潔に説明すると聖剣が魔力を込めて振るう剣、純剣は魔力を付加して振るう剣、魔剣が魔力を与えられて振るう剣だ」
「……ん? 聖剣と純剣の違いがどうもわからないんだけど」
「まあ、純剣は普通の剣って認識でいいよ。例えば俺やお前がさっきまで使ってた木剣も広義で言えば純剣だ。ただ、それだと実践で使うと結構すぐ折れちまうだろ、だから魔力の付加でコーティングしたりして戦うんだ」
「なるほど、なるほど」
「聖剣はまーあれだな、魔力をつぎ込んだらつぎ込んだだけ威力が強くなる剣ぐらいの認識でいいと思う。というか、正直その二つについてはそこまで詳しくねーんだ俺は。前言った通り魔力とか魔法はからっきしだしな。まあ気になったらあとで調べるといい。――よし、ここでお待ちかね魔剣についてだ!」
グリシラのテンションが上がり声が大きくなる。そして対面のアイリスも昨日のことを思い出し目をキラキラさせる。
「魔剣は、聖剣と純剣とは二つ大きく異なる点がある。それは実践で使うのに魔力が必要ない点、そして誰でも使えるわけじゃない点だ。特に天然魔剣は適合者が少ない」
「前も言ってた天然魔剣ってそれのことだね。昨日の光る剣もそうだよね」
「おう、魔剣には人工魔剣と天然魔剣がある。人工魔剣は適合しやすいからほぼ誰でも使えるが、保有魔力は圧倒的に天然魔剣の方が上だし性能もはるかに上だ。――ちょっと試してみるか」
そう言ってグリシラはまた巻物を取り出し術式を発動させると、そこから黒い刃をした小刀が出現する。
「王都の魔道士作の人工魔剣だ。ちょっと持ってみな」
差し出された小刀をアイリスが持つと、刃の表面に黒い靄などが出現し心なしか体が軽くなったように感じる。
「うん、適合してるな。体も軽く感じたりするだろ」
「あ、気のせいじゃなかったんだ!」
「おう、魔剣の質によって違うけど発動中は体にというか身体能力に補正がかかるわけだ」
そう言ってグリシラはアイリスの手からヒョイっと魔剣を取り上げると巻物の中にしまってしまう。
アイリスの体から軽い感覚が抜ける。
「で、こうやって体から一定距離を離すと補正がきれるってわけだ」
「――おお凄い! 凄いね魔剣って!」
「おう、お気に召したようで何よりだ。――これから先、おまえが剣術を十分極めたと判断できたときは俺の天然魔剣からいくつかお前に託す。まあ適合するかの問題はあるが……。だからそれまで精進しろよ、アイリス」
「うん、頑張るよ!」
そんな元気のいい返事を聞き、グリシラの顔も自然と緩む。
空は快晴、風が二人の頬を撫でる。
気が付けば時刻は昼を一時間ほど過ぎていた。
「んじゃ、今日はここまで。飯にしようぜ」
「わかった!」
「そういやアイリス、おまえ料理できる?」
「ちょっとだけ。そっちは?」
「ハハッ、奇遇だな。俺もちょっとだけできる。まあ何とかなるだろ」
こうして二人の奇妙な共同生活が幕を開けた。