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2章ー45話 「追憶:五百年前のとある戦い」


 ――熱い。

 

 地面が紅く染まっていた。

 遅れて、それが自分の血であることに気付く。


 ――ああ、負けたのか…


 そのとめどなく流れる血と肌に触れる土により、自分は斬られ地面に倒れ伏しているという状況を理解する。

 

 今日は普段となんら変わらない日だった。

 そこにやつらはやってきた。

 

 今現在、魔神軍と人間軍の戦争は膠着状態になっている。

 そんな中で魔神討伐のため直接魔界へと乗り込んできた人間の一味がいると、ここ最近から噂になっていた。

 そしてそれはつい先日のこと。その人間の一味が自分の領土の周辺まで近づいて来ていることを耳にしたここら一帯をすべる魔物――リジェネはその首を魔神様へ献上しようと考え、行動を起こした。

 そう、それが間違いだった。


 人間たちを分散し、一人づつ消していく作戦を立案したクリストロ。

 存分に腕を振るえると活気付いていたバナリス。

 その右腕二人の姿もすでにない。


 動かなくなった体で無理やり立ち上がり、眼前の自分たちを壊滅させた男へと視線をぶつける。

 人間とは思えない威圧感を放つ鋭い瞳をした、好戦的な笑みを浮かべる男がそこには立っていた。

 体全体が万遍なく、それでいて限界まで鍛え上げられている。

 獅子の様に金の髪を逆立て、燃えるような紅の瞳でこちらを見る男は、身の丈ほどもありそうな聖剣を肩に背負い、ニヤリと笑った。


「いい作戦だったと思うぜ。だが、てめぇらは狙う順番を間違えた。最初に俺を狙っちゃいけねーよ、こういう場合は雑魚から片すもんだ。俺らの場合、ミレスタからだな。まあ、その判断のおかげで俺が楽しめたんだから別にかまやしねーけど」


 そこまで言って、男は本当に楽しそうに高笑いをする。

 

 聞いていた話では人間界へと平和を取り戻すために剣をとった勇者とその一味と言う話だったが、目の前の男からはそんな高尚な精神は感じ取れなかった。

 まるでただ純粋に戦いを楽しんでいるようにさえ思える。

 そんな男に自分の仲間を皆殺しにされたかと思うと、完全に逆恨みであるがリジェネの腸が煮えくり返る様だった。


その思いがすでに傷だらけの体に微かな力を与える。


「死ねええええええぇ!」


「おっと」 


 不恰好で隙だらけの真正面からの一撃。すでに腕を『増殖』させるほどに力は残っていなかった。

 それを男は剣を使いもせずにいなし、リジェネの腹部に蹴りを入れる。

 人間とは思えない威力の蹴り。それをモロに喰らって、口から血を吐きだしながらリジェネの体が宙に舞う。


「ぐっ…、おのれぇ…! 何故だ!?」


「ん?」 


 聖剣で斬られた傷からは血が溢れ出し、体中が痛みを訴える。

 しかしそれでもリジェネは立ち上がる。

 そして、怨嗟の籠った瞳で目の前の人間を睨みつけ、


「何故、止めをささんのだ! 情けでもかけてるつもりか!!」


 内に秘めた思いを爆発させる。

 リジェネの体は確かにボロボロで刀傷も数多ある。

 しかし、このまま男が手を下さなければおそらく命を失うことはないだろう。そして、恐らくこの傷は意図的に致命傷を避けている。

 そんなふうに自分を斬った男が許せなかった。侮辱されている様だった。


「なんだ、そんなことか」


 しかし、リジェネの激情に男は顔色を変えず、肩に担いでいた聖剣を地面に突き刺してその柄の先に手と顎を乗せながら退屈そうに応える。


「そんなことだと…!?」


「――俺はさ、好きなものが二つあるんだ」


 リジェネが怒りをかみ殺し、声を漏らす。

 だが、そんなリジェネに目をくれずに、不意に男が呟いた。


「一つは戦い。そして、もう一つはかっこいいものだ。てめぇとの戦いは…まぁ、そこそこ楽しかった、見たことない能力だったしな。それにそっちから仕掛けてきた自業自得とはいえ、仲間を斬られてその怒りのままに俺に向かってくる姿はかっこよかったぜ」


「―――」


「だから、俺の好物を二つとも満たしたてめぇは斬らないでおいてやる」


「ふ、ふざけるなぁ! そんな貴様の都合で――」


 声は途切れる。

 先程まで地面に突き刺さっていた聖剣が、リジェネの顔の正面――あと一センチ近づけばその頭蓋を抉る位置に添えられていた。


「戦いにおいて敗者に全ての選択権はねぇ。それに考えてもみろ、てめぇは今、俺を殺したくて仕方ねぇはずだ。ここで死ななきゃ、それを実際に行う機会が得られるんだ。生きた方が得策だぜ。そして、強くなって今度こそ確実に俺を殺しに来いよ」


 そこまで言って、男は再び好戦的な笑みを浮かべた。

 こんな人間がいるのか、リジェネの怒りと憎しみに燃える心の中でそんな疑問が浮かぶ。

 しかし、目の前の男の圧倒的な威圧感は何故か正反対ともとれる、魔神の威圧感を彷彿とさせた。


 言いたいことをすべて言いきり、もう用はないとばかりにその場を去ろうとする男。

 二の句を紡げないリジェネ。

 

「やっと見つけた」 


 そんな二人の空間にまた一人、近場の崖から飛び降りた一人の乱入者が現れた。

 リジェネの目に映ったのは長い白銀の髪を携え、透き通るような青の瞳をした人間の女だった。

 その顔を見るなり男は、仲間に向けるような明るい顔で笑う。


「おっせーよ、リーヴァイン。もう全部終わっちまったぞ」


「知るか! 一人でそそくさと飛び込みやがって、こちとらあんたを探すのにかなり苦労したんだからね!」


「ハハッ。なんだよ、そんなに心配してくれたのか? ホレ、ハグしてやるから近くに来い、リーちゃん」


「調子に乗んな、潰すぞ」


 両手を広げた男だったが、女の言葉に頭を落とすと「ごめんなさい」と素早く謝る。先程までとはまるで真逆な雰囲気だ。

 それだけでもなんとなく両者の日頃の力関係が見て取れるようだった。

 女はそんな男の様子にやれやれと首を振ると、自分たちの方へ血走った目を向けるリジェネへと視線を移した。


「…死んでないけど?」


「ああ、殺さないことにした。ここは魔界だし生かしておいても被害はねーだろ。それに俺たちの目的は魔神だろ」


 男の適当な返答に、女はうんざりした顔をしながらも「それもそうね」と応えると、踵を返す。

 男もそれに習い、もうリジェネには一切目をくれることなく歩き出そうとする。


「というか、他の三人もそこそこ怒ってるわよ。特にミレスタが、戻ってきたら殴り倒してやるって息巻いてたわ」


「あいつは本当に学習しないよな…。今のままじゃ俺に敵わないのがわからんのかね」


 そんな二人へと


「待て!!」


 後ろからリジェネの叫びがかかる。

 男だけが振り返り、自分を睨む緑の瞳と視線をぶつける。


「我は必ず貴様を殺す! 必ず見逃したことを後悔させる! この怒りを、この憎しみを必ず貴様にぶつけ、その身を切り裂いてやる!!」


「フッ、そうか。そりゃ楽しみだ」


 憤怒の形相で言葉をまき散らすリジェネとは対照的に、男はカラリと楽しそうに笑う。

 そして、


「じゃあ、俺の名前を覚えとけ。グリシラ・サリスタン。――魔神を滅ぼす男の名だ」


 名乗りを上げると再び歩き出す。

 それを最後に男が振り返ることはなかった。


 ――そして、彼らが再び戦うこともなかった。

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