2章ー42話 「攻略法」
アイリスを飲み込んだ紫の光。
それは闇属性の魔法。おそらく、あらかじめ腕に術式を刻んでおり、いつでも魔力を籠めさえすれば打てるようになっていたのだろう。
そもそもリジェネは始めに、泥人形を使役したり、討伐隊を森の中に飛ばしたりと魔法を使用していた。
そのリジェネがこと戦闘に置いて『増殖』と『再生』しか用いないという確証などなかったのだ。
「おい! 金髪!!」
一番近くでアイリスが闇の光に飲まれていく様子を見ていた山猿が少し焦ったように声を上げ、攻撃が炸裂した場所へと急ぐ。
土煙が晴れ、視界が開ける。
木々がなぎ倒され、地面がめくれ上げる中でしっかりと二本の足で立つ人影が確認できた。
「油断しやがって、大丈夫か?」
安心した様に山猿が語りかけるが、アイリスは応じない。
その様子を不審に思い、よく見るとアイリスは左手をグッと押さえている。
「左手やられたか、折れたのか!? それとも、まさか腕自体が――」
「……袖」
「は?」
ボソッと呟いた言葉の意味が図れずに、山猿が答えに詰まる。
その言葉にアイリスが顔を上げる。肉体的というより精神的に凹んでいるような顔だ。
そして、
「袖が破れたっ! あああああ、まだ親父に買ってもらってから一月もたってないのにー!!」
「ややこしい反応すんな! 腕ぶっ飛んだかと思っただろうが!!」
突然そんなことを言いだしたアイリスに山猿がブチギレる。
しかし、アイリス本人は大真面目な顔で破れた袖を見て、怒りに震えている。
そんな二人を再び腕が囲み込む。
今度はその全ての掌に術式が書き込んであった。
「散って、おそらくさっきと同じやつが来る!」
アイリスの警告に山猿もわかっていたとばかりに頷き、その場から飛び退く。
次の瞬間、それらの腕から先程と同じように闇魔法の閃光が放たれた。
二人はそのまま木の上に退避し、リジェネを見下ろす。
「ったく、ここに来てまだ隠し玉がありやがるか。それにさっきお前が斬った再生の核、元通りになってやがったな」
「ええ、おそらくあれ自体も再生対象」
「ってことは、十四個まとめて砕かないとダメってことか…」
「そうね、――でも、正直そんなこともう関係ない」
アイリスがサラッと発したその言葉に山猿が首を傾げる。
「シャーリーに手を出しただけじゃなく、親父からもらった服に傷付けるとか、あたしの大切なものに二つとも手を出してくれちゃって…!」
「お、おーい。金髪さーん」
怒りに肩をプルプルさせるアイリスを見て、流石に山猿も動揺する。
「あたしがやるわ。あんたはちょっと離れてて――近くにいると巻き込んで斬っちゃうかもしれない」
「なっ…!?」
ゾワリ、と肌が震える感じがした。
それは山猿が今までに味わったことのない感覚。今まで会ったことのない自分と同等もしくは、自分以上の強者を見つけたような、魂が震えるような感覚。
アイリスが足に力を籠め、空中に飛び出す。
こちらに向いている腕は5本。
それらを気にすることなくアイリスは、腰に巻き付けた布袋から小さな巻物を取出し、指で弾いた。すでに木剣は腰に戻している。
そして、巻物が手に戻る瞬間、
「解放――」
その魔剣の銘を紡ごうとした。
しかし、そこで頭に違和感が浮かぶ。
―――何故、こっちに向いている腕が五本しかないの…
違和感は疑念を呼び。そして、疑念はある推論を浮かび上がらせる。
今リジェネと戦っているのはアイリスがと山猿の二人。ならその二人から目を離す理由は無い。全力で攻撃を仕掛けるべきだ。
先程アイリスを闇魔法で攻撃した際も、すぐに全力で追い打ちをかけるべきだったのだ。
なぜそうしなかった?
思えば、アイリス達との戦闘中も怒りに身を任せるようにしながらも、時折口数が少なくなっていた気もする。
それは何故か? 何か違うものを探っていたのか?
――――リジェネは最初から誰を狙っていたのか?
「あっ!」
リジェネの狙いを察したアイリスが先程まで行っていた動作を取り止め、リジェネの様子を注視する。
その『分裂』した腕の多数が何もない場所へと向いていた。
何もないように見える場所へと――。
次の瞬間、紫の閃光がその何もない場所へ炸裂する。
森の木々が砕け散り、土埃が舞う。
「ちっ…! 『サフリウス』」
苛立ちの言葉を吐きながらも、自分へと襲いかかる腕へと対処を怠る訳にはいかない。
咄嗟に木剣を再び構え、七色を付加する。
そんな中、視界が晴れる。
アイリスの瞳にシャーリーを背に立つシルクールの姿が映り込んだ。
ひとまずは、ホッと胸を撫で下ろすアイリス。
「くそ、くそ! くそ!! くそおおおおおおっ!!!!」
そこへ再び怒号と共に増殖された腕が伸びる。
怒りの最中にありながら器用にシャーリーとシルクール、アイリス、山猿それぞれに腕が伸びている。
そんな時、
「アイリスちゃん、山猿くん! 僕の後ろに!!」
平常時とは異なる、真剣なシルクールの指示が飛ぶ。
二人はそれに頷き、紫の閃光が放たれるより前に、素早くシルクールの後ろへ移動する。
「『クリムバストレア』」
それを確認したシルクールが地面に手を合わせて詠唱する。
シルクールの魔力が地面に干渉し、土が隆起する。
そして、あっという間に四人の眼前に巨大な土の壁を形作った。
一瞬遅れてそこへリジェネの闇魔法が激突。
激しい音が鳴り響くが、土の壁は崩れることなく押し留める。
「凄い…、土属性の上級魔法。完璧にコントロールされてる」
「お褒めに預かり光栄です。――では、短い時間だけど作戦会議といこうか」
アイリスの純粋な賛辞の言葉に、シルクールが紳士然とした態度で頭を下げる。
だが、すぐに真面目な顔に戻るとそう切り出した。
三人も黙ってうなずく。
「まずはごめん、僕の見立て違いだった。まさか再生を司る核でさえも再生できるとは…今まで確認できなかった魔物なだけあるね。――あれを倒しきるには十四個の核をまとめて砕くしかないだろう。そして、恐らくその方法は一つしかない」
そこまで言ってシルクールは言葉を一旦区切る。
「まず簡単に僕が得た情報の分析結果を話す。最初の一回、アイリスちゃんが魔力放出で風穴を開けたとき。そして、二回目、山猿くんが突きで風穴を開けたとき。どちらともあれの肉体は削げても、近くにある核には傷はつかなかった。つまり肉体の上からの攻撃ではおそらくあの核には傷をつけられない」
「…じゃあ、どうすればいい」
シルクールの仮説に山猿が首を傾げ疑問を呈する。
その問いにシルクールは困ったように笑う。
「理屈は簡単だ。あれの全てを弾き飛ばせるような強力な一撃をぶつけて肉体をすべて吹き飛ばす。そして、むき出しになった核を再生される前に砕けばいい。…で、これが最大の問題なんだけどその最初の一撃をどうするかなんだよね…。正直アイリスちゃんと山猿くんはまだ何か奥の手を隠してるでしょ、それで何とかならない?」
シルクールの期待の籠った瞳。
それに対し、
「ぶっちゃけ無理だな。俺様の隠し技はどちらかというとさっきまで使っていた技の延長線上だ。爆発的な火力が出るってわけじゃねぇ。お前はどうなんだ、さっき何かやろうとしてただろ?」
「うーん、私のも範囲攻撃と純粋に剣技の分だけ強くなるちょっと特殊な感じのやつだから、あのでかいのを一気に吹き飛ばすとなると厳しいわね」
二人の返事にシルクールの顔が曇る。
そんなシルクールを見てアイリスが不思議そうな顔をする。
「あなたは? セシュリアさんの直弟子なんでしょ。こう魔法でドーンと一気に吹き飛ばせないんですか?」
「いやー、痛いところを付いてくるね、アイリスちゃん。でも残念なことに瞬間火力的なことを言うと僕は十人の中で最低なんだよね。全身吹き飛ばすとなると上級魔法じゃ厳しいだろうし…、まったく、今回の作戦で僕を選んだのは完全に人選ミスだよ」
アイリスの純粋な疑問に苦笑しながらも、申し訳なさそうにそう語るシルクール。
その返答を聞き、アイリスが立ち上げる。
現状シルクールの作戦を実行する材料が足りない。しかし、諦める理由は無い。
「一応、さっきやろうとしたことやってみるね。肉体の上から斬撃加えまくって、全身細切りして、再生が始まる前に千の斬撃で斬り刻む。山猿、援護頼める?」
「――いいぜ、おまえの本気に興味が湧いた。俺様が全力で援護してやろう!」
アイリスの問いかけに山猿が好戦的な笑みを携え、立ち上がる。
この状況下でも二人の顔に諦めの色は一切ない。
そして、攻撃を受け続けるシルクールの造った土の壁もそろそろ限界が迫っていた。
そんな時、
「――待ってください!」
集合してから一度も喋らなかった少女の凛とした声が響いた。
その声には強い決意が籠っており、三人が思わず振り返る。
そして少女は、その先の言葉を紡ぐ。
「私に…私に、最初の一撃の役目任せてくれませんか!」
美しい碧色の瞳に光が灯り、白銀の髪が風に揺れる。
その少女――シャーリー・サリスタンの右手には銀色に煌めく刀身を光らせる美しい聖剣が握られていた。




