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2章ー37話 「増殖ともう一つ」


 目の前に迫る命を貫く爪。

 一瞬でも気を抜けば、一撃でその命を散らす極限状況の中で、その全てを紙一重で躱しながら、シェルはリジェネに肉薄する。

 大事なのは最短であり最適な道筋を見つけること。

 躱せる攻撃は躱し、それが不可能な攻撃は腕に纏った振動で弾く。


「っ!」


 仮面の中で眉間に皺が寄る。


「ほう、いい…はんのうだ」


 対して、余裕そうにリジェネが笑みをこぼす。

 しかし、シェルは必死だ。

 感覚を尖らせ、見極める。そして、その中から攻撃の機会を見つけるよう目を光らせる。


「『スウィング・ショット』!」


「ふん」


「当たりませんねっ…!」


 隙を見つけ、振動を放出し打ち込むが、それらは全て予想外の素早さでリジェネが身軽に回避する。いや、どちらかというと自分で隙を造りだし、そこをシェルに狙わせているといったふうな避け方だ。


「がんばるな…。なら、さらにふえたらどうなる?」


「――くっ!? もう、勘弁してくださいよ!」


 シェルの眼前。

 さらにリジェネの体がバキバキと鈍い音を立てて、肩やあるいは背中の辺りから新たな手が生えてくる。恐ろしい増殖速度だ。

 そして、その新たに生まれた一本一本が凄まじい早さでシェルへと襲いかかった。


 避けるのは無理と判断して、魔力を手中。『スウィング』が淡い光を放つ。

 そして、その光は流れるようにシェルの手に集まり、


「『スウィング・ショット』、出力最大!」


 そのまま一直線にリジェネの無数の腕へと振動の銃弾が向かう。

 

 バチン、と音を立ててシェルが放出した振動の塊とリジェネの腕がぶつかった。

 激突の場所を起点に小さな爆発が起こり、草木が揺れ、土煙が舞う。

 そして、リジェネの視線が晴れたとき、


「すがたを、けしたか…」


 眼前からシェルの姿が消え、周囲に静寂がおりた。




「ふー、さすがに一対一で本気の戦闘は久方ぶりだから勘も鈍ってますね。きつい…」


 シェルは、そんなリジェネの後方。少し離れた大樹の上にその身を隠していた。

 木の上に隠れるのはシャーリーの護衛でかなり慣れてしまっており、心を落ち着けることができる。

 視界にしっかりとリジェネを捉えたまま、シェルは息を整えて思考する。


 さて、どうしたものか?

 実際このまま隠れて、時間が過ぎるのを待つのが一番安全で危険もないのだろう。

 そして、今やシェルにとってリジェネと戦う理由は消滅している。

 しかし、それでも――


「気になることがあるんですよね…。もう一つ能力を隠してる?」


 それは単なる勘なのかもしれない。しかし、そこには説明できる一つの理由があった。

 それは戦闘で感じる違和感。

 

 現状のシェルにおけるリジェネの印象は、巨大な体躯に鋭い牙と爪、意外と機敏な動きにそこそこのパワー。そして腕を『増殖』させる能力。

 一見オーバースペックで『死の森の支配者』や作戦前から言われていた『正体不明の強大な魔物』に十分相当するものの様に思えるが、どうにもそれだけでは言うほどの強さがあるようには見えない。


 頭の中でたとえばアイリスがリジェネと真正面から戦った場合を想像する。

 シェルの想像ではおそらくアイリスの一方的な攻勢で戦いは幕を閉じるという結論に至る。おそらく山猿やシルクールでも同じだろう。


「…確かめてみるしかありませんね。間に合わなかったら、アレを使うことも考慮に入れておきますか」


 フーッと覚悟を決め、息を吐く。

 そして、今までで最大の魔力を『スウィング』へと込める。

 淡い光からまばゆい光へ昇華した光を放つ。

 

 この光で、おそらくリジェネから居場所を気づかれた。あとは時間との勝負。


「『スウィング・ショット』、三連」


 腕から振動を閉じ込めた球体をそれぞれリジェネの前方、左右後方へ打ち込む。

 その球体は地面と接触した瞬間に弾け、その振動で周囲の地面を巻き上げ、草木を削る。

 そしてそれを隠れ蓑に、シェルは木から降りてリジェネに向かって駆け出した。


 光の見えた場所、球体の撃たれた場所。それらからリジェネにはどこからシェルが仕掛けてくるのかは予想できるだろう。

 しかし、それでもよかった。微かにでもそれらの事象がリジェネの邪魔をできれば――。


「『スウィング・シーカー』、範囲最大縮小」


 木から降りたシェルは出来るだけ体制を低くして、土煙に紛れる。

 そしてそのまま、今度は本当に極小範囲にだけ高濃度の振動を散布。危険感知を最大に働かせ、そのままリジェネに向かい全力で駆ける。


 一瞬遅れてリジェネがシェルの行動に気付き、無数の腕をその先の爪を、シェルに向かい差し向ける。

 しかし、シェルはそれらすべてを紙一重、薄皮一枚ほどで避け、全身を続けていく。

 出来る限り、一直線。無駄のない最適距離でリジェネに肉薄。

 一撃、二撃と肌をかすり鮮血が舞うが、それを気にせず突き進む。そして、シェルはとうとう拳の届く範囲まで接近した。


 拳を構えるシェル。

 シェルが放つ振動を纏った拳。その一撃は体の胴体に当たってこそ真なる威力を発揮する。

 拳が当たると同時に纏った振動は破裂し、衝撃が爆発する。そして、その衝撃は起点から肉体の内側まで伝い、体の内部にもダメージが及ぶ。

 正確に言えば普通の人体ならば体のどこに当たっても相当なダメージを負うのだが、リジェネの分裂した腕は体の中央から離れているためダメージは薄いだろうとシェルは判断した。


 リジェネがシェルの攻撃がようやく自分に届きうると判断し、バキバキと嫌な音を立て新しい腕を誕生させようとする。

 しかし、


「遅いですよ!」


 それよりも拳の方が早かった。


「ぬわっ!?」


 リジェネが初めて焦ったような声を上げる。

 しかし、これで終わりではない。

 突き刺さったのは単純に強化された拳の一撃。追撃の振動はまだだ。そして、今回はバナリスに打ち込んだものよりも大量の魔力を練り込んである。

 それが意味するのは、


「――弾けなさい」


「ぐっ、ぐあああああああっ!?」


 拳を起点に衝撃が拡散する。打ち込んだシェルもたじろぐの威力。

 轟音が響いた。

 

 そして、威力が収まった後。アイリスの拳の先――リジェネの腹部にはまるで大砲で打ち抜いたかのような大穴が空いていた。

 確実に致命傷になりうる傷だ。

 

「え?」


 それを見て、シェルは首を傾げる。

 そして、リジェネには隠された力などは無く、自分の考えすぎだったかと考えを改めようとした。

 その時、


 ――変化は訪れた。


 シェルが打ち込んだ傷。確かに血液も出ている実際の傷だ。

 その側面がまるで沸騰するかのように泡立った。ブクブクと音を立て皮膚が、血が、肉が沸騰する。

 それも数秒間の出来事だった。

 

「な!?」


 傷が塞がっていた、完全に。ダメージは見る影もない。

 そして、


「さっきのは、すこしおどろいたぞ」


 耳元にリジェネの声が届く。


「まずっ!?」


「にがさん…」


 そして、シェルの周囲から無数の手が取り囲む。

 咄嗟に対処しようとするが間に合わない。そのまま両手を掴まれて、リジェネの目の前に吊るされるようにして持ち上げられる。


「よくやった。が…これまでだ」


 リジェネの言葉にシェルが諦めた様にハァーっとため息を漏らす。

 

「『増殖』に…『再生』でしたか」


「ああ、ふたつともつかわせたのは、ほめてやろう。だが、ここまでだ。…いいのこすことばがあるなら、きいてやろう」


 どうやらもう言葉を交わすつもりは無いようで。一本の腕がシェルの心臓目がけてその鋭利な爪を差し向けている。

 しかし、シェルはそんなリジェネに告げる。


「――そうですね。奥の手を使わずにあなたの能力が全部見れてよかったです。あとの仕事は他に任せますんで」


 リジェネが何を言っているのかわからなそうに、顔を歪める。そして、それを妄言ととったのだろう。腕を引き、シェル目がけて爪を突き刺そうとする。

 このときシェルが仮面をつけてなかったらリジェネはあるいは驚いていたのかもしれない。

 仮面の中、シェルは笑っていたのだから。


 空気を切り裂く音がする。

 

 それは素早く森を駆け、その体で風を切った音だった。

 そして、シェルに突き刺さろうとした腕をその影は切り裂く。


「なっ!?」


 突然の乱入者にリジェネが目を見開く。

 そして、その刹那。影は再び駆け、右手に握った金色の光を放つ木剣でシェルを拘束していた腕を斬り倒す。

 そのまま、重力に逆らい、落ちるシェルを影が受け止める。

 

 短時間の突然の出来事だった。


 しかし、シェルは自分を受け止めた金髪の少女を見て、まるで今この瞬間に助けが来るのが分かりきっていたかのように仮面の中で楽しそうに笑う。

 金髪の少女はそんなシェルの様子を見て、少し怒ったような、凄く安心したような顔で、


「ったくもー、大ピンチじゃないの! 怪我は大丈夫?」


「ナイスタイミングです。来てくれると思ったよ、アイリスちゃん」

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