1章ー5話 「丘の上の一軒家」
「いや~ちょっとかっこつけて派手にやりすぎちゃったな」
盗賊の襲撃から一夜明けた朝。グリシラとアイリスは宿に隣接した酒場で向かい合い、朝食を食べていた。
しかし今の状況には不可解な点がある。日頃なら繁盛しているこの酒場に現在いるのはグリシラとアイリスの二人っきりしかいない貸切状態なのだ。
なぜ向かっていた目的地にいるわけでもなくこのような状況になったのか。それはもちろん昨夜の出来事が関係している。
昨夜、盗賊を全員の倒したまではよかった。しかしその後処理をどうすべきかという問題に二人は直面した。そしてそんなところに十数人の装備を整えた人々が現れたのだ。
どうやら盗賊たちが馬車で誘導してグリシラ達を襲撃してきた地点のそう遠くない場所に村があったらしく、彼らはそこの町の自警団だった。なぜ彼らがやってきたのかは明明白白。グリシラが上空に放ったクラレンスの花火及び光の粒子の斬撃は辺り一帯を照らしており、その異様な光景に彼らは何か一大事かと夜にもかかわらず、すぐに動ける者を集めて大急ぎで現場まで来たのだった。
現場にたどり着いた彼らは絶句した。そこら一帯の地面が淡い光で発光して30人を超える盗賊が倒れておりその中には魔物の死体もあったのだ。そして、その現場の中心には男と少女、そして馬車があった。
そして、その男が名乗った肩書に彼らは更なる驚きを見せた。男――グリシラがこの国の頂点に立つ5人の一人であることに。
そんなことと夜だったこともあり、グリシラとアイリスは盗賊退治を労いたいとなんやかんやで村まで案内され、VIP待遇を受けていた。宿も取ってもらい二人ともぐっすり睡眠も取れている。
そんな経緯があり、今のこの状況に至っている。
「つーか、おっさんホントに有名人だったんだな。名乗った途端にスゲーびっくりされてたしな。ちょっと疑ってたぜ」
「いや、正直おまえと馬車の御者…というかあいつも盗賊か。その名乗った二人が連続で俺の名前を知らねーもんだから。あれ…もしかして俺ってホントはそんな有名じゃないんじゃね、国中が知ってるってのは俺の勘違いでホントは無名に近いんじゃねとほんのちょっとだけ心配だったんだぜ」
グリシラは馬車の御者には金を払う際に名を名乗っていたため、彼がホントに無知だったのだろう。知っていたとしたら、あんな襲撃などするはずがない。
大方荷台に積んであるアイリスが買った本の山と孤児院から出るときに持たされた荷物を見て金持ちの親子とでも判断して襲ったのだろうが、そんな判断のせいで一瞬で全滅されることになる盗賊団の面々はたまったものじゃない。
グリシラは心の中で彼らに軽く同情する。
お互いにそんな会話をしながら食事をしていると、酒場のドアが開き一人の老人が入ってくる。目深く帽子をかぶり白い髭を蓄えた老父だ。しかし、グリシラは昨日、正確には今日だが深夜に会っていたためこの老父を知っていた。
「おはようございます。グリシラ殿、アイリス嬢」
「どうも、村長。至れり尽くせりでホントにすみません」
老父――村長の挨拶にグリシラは立ち上がり礼儀正しく挨拶を返す。アイリスもそれに倣い「おはようございます」と少し照れながら挨拶をする。
「いやいや、まさかこんな辺鄙な街にかの有名なグリシラ殿が来て下さるとは。さらに最近近隣で事件を起こしてくれている盗賊を捕縛していただいたんです。一日の衣食住のお世話ぐらいではとてもたりませんよ」
「いえいえ、十分感謝しています。――それと昨日の盗賊の件ですが」
グリシラが聞いたところによると昨日の盗賊たちはこの村の近くにアジトがあり、近隣で相当な悪さを行っていたらしい。昨日の襲撃もそのうちの一つで、一定の町の馬車乗り場に仲間を置き金持ちが乗車した際にアジトの近くまで誘導する手はずだったようだ。
馬車に乗った町から結構な距離があるため相当な広範囲に活動範囲が及んでいたととれる。
そしてグリシラにはもう一つ気になっていたことが、
「あいつら魔物連れてましたけどそれに関して情報は?」
「それに関しては私たちも驚きました。しかしただいま村の留置所に全員捕えていますが、結構な規模ですから身柄は近くの大きな町まで移送されそこで尋問されることになりました。専門の方もいらっしゃるでしょうし」
「それもそうですね、移送手伝いましょうか?」
「いえ、ご心配には及びません。今日の午後に数名の騎士様と魔法使いの方々が来て下さるそうです」
「そっか、なりゃ大丈夫だ。じゃあ俺達はこれで失礼しますね」
そう言ってグリシラはコップの水を飲み干すと立ち上がった。じっと黙って会話を聞いていたアイリスもそれに続き立ち上がる。
「……もう行かれるんですか?」
「はい。本来なら昨日の夜には目的地に着いている予定だったんで。まあ結果的に盗賊撃退に繋がったんでよしとします。あっとそうだ、これを」
グリシラが村長に一枚の紙を渡す。そこには目的地とその住所が書いてあった。
「これは?」
「俺たち5年くらいここにいるんでなんかあったら連絡ください。けっこう近くですんで」
「はは、まったく。こちらこそ至れりつくせりですな」
そんな言葉を背中に受けながら二人は場所を後にした。
*****―――
「つーか、おっさん敬語喋れたんだな」
「おい、なにさりげなくちょっとバカにしてんだ」
「いや~かなり意外だったから」
そんな会話が馬車の上で繰り広げられていた。この馬車と馬は襲われたものそのまま。盗賊討伐のお礼として頂いてきたのだ。あの村の物ではないので頂く頂かない以前の問題なのだが、村長や村人がそれくらい大丈夫だと押してきたのでグリシラは「まあいいか」ともらってきてしまった。
今度は二人して運転席に座り、グリシラが馬の手綱を握っている。村長にも伝えた通りそこまで村と目的地は離れておらず、村を挟んで盗賊の襲撃地とは反対側にグリシラ達の目的地はあった。
「とまあ、そんなどうでもいいことは置いといて」
「どうでもいいのかよ!?」
「昨日のあの凄い剣何なの? 教えて! 教えて!」
グリシラの横に座るアイリスは興奮気味に捲し立てた。正直昨日の襲撃後から聞かれていたことだが、村での対応など色々と忙しかったため質問には答えられずにいた。
「知りたい?」
「メチャクチャ知りたい!」
「フッフッフ。そこまで言うなら教えてやろう。昨日の剣はグリシラ・リーヴァイン天然魔剣シリーズナンバー37、魔力保有度Aランク、光陽魔剣―『クラレンス』だ!!」
「……恥ずかしくないのか?」
「いや、何俺がてきとうに言ったみたいな雰囲気醸し出してんの! ホントだから、正式名称だから。ったくグリシラ・リーヴァイン天然魔剣シリーズは結構マニアが多いんだぞ!」
グリシラの必死の説明にアイリスが何とか納得する。しかしアイリスにはそれ以前の疑問があった。
「ふーん。そもそも天然魔剣って何? さらに言うと魔剣って何なの?」
「あー、なるほど。たしかにそれ知らねーんじゃわけわからんよな。今すぐ説明してもいいけどそろそろ着くから着いてからにしようぜ」
グリシラがそう言って話を打ち切ったとき、馬車の目の前に小高い丘が見えてきていた。そしてその丘の上には二階建ての木造の家が建っているのがアイリスの目に映る。
さらに驚くことに丘の近くに小さいが湖があった。剣の稽古などができるひろい庭もある。
その光景にアイリスが目を丸くして見入っていると、丘の前で馬車は止まる。そして、運転席のグリシラが、にっと自慢げに笑った。
「どーよアイリス、中々いいとこだろ。ここがこれから五年間俺たちが暮らすことになる場所だ」