2章ー36話 「隠された能力」
一気に真正面から突っ込む。
いきなりそんな選択をするシェルではなかった。
「『スウィング・シーカー』、範囲拡大」
瞬時に自分にしか感知できない振動を巡らせて、周囲の地形を簡単に理解する。
そして、体を魔力で強化しながら自分の戦いやすい場所へ移動を開始した。この死体が大量に転がる場所で戦うことにも気が引けたのも理由の一つだ。
「はやいな…だが、あのこぞうにくらべたら、とまってみえるぞ」
しかし、そんなシェルの背後から声が届く。
リジェネの体躯は先程闘ったバナリスよりもさらに巨大。その大きさは脅威でもあるが弱点にもなりうる。
とりわけこの森では移動にも難が多い。シェルはそう思っていた。
しかし、
「なるほど…、名実ともに森の支配者ということですか」
目に飛び込んできたのは、リジェネが進む場所の草木がまるで立場が上の者に道でも譲るかのように動いている光景だった。
本来自我などあるはずのない草木が魔力の影響で支配下に置かれている。
「っ!」
そんな光景に息をのむシェルに、横合いから鋭利に曲がった特徴的な爪の一撃が無造作に振るわれた。
首を一撃で落とす狙い澄まされた一撃。
それをシェルは空中で体を捻り回避。そのまま近場の木を足場にして、地面を経由せずに素早く移動し、リジェネからの続く連撃も回避する。
「…きようなやつだ」
「それはどうもです。――むっ!」
そのまま移動を続けるシェルだったが、何かを感じ取ったような素振りを見せて、足を止めて地面に立つ。
後ろから追いかけてきていたリジェネも同じく止まる。
改めて正面から見るとさらにその大きさ、魔力の禍々しさが感じ取れた。
「どうした、おにごっこはおわりか? ざんねんだ、あとすこしでうしろからくしざしにできたのだがな」
「趣味悪いですね…。ところであなたがリジェネさんでよろしいんですよね?」
「ん?」
シェルの問いかけにリジェネが疑問の声を漏らす。
何故自分の名を知っているのか? ということだろう。
しかしそれも一瞬。すぐ納得したかのように頭を振る。
「きさまのにおい…。そうか、バナリスをたおしたのはきさまか」
問いに「はい」と簡潔に答えるシェル。
「なるほど。…ああ、そうだ。われのなは、りじぇね。まじんさまのしんかにして…さりすたんのちをほろぼすものだ」
「…サリスタンの血ですか。ということは、――やはり狙いはシャーリー様ですね。なおさら許せません」
シェルが仮面の中で眉間に皺を寄せる。
しかし、リジェネの反応は想像していたものと少し異なっていた。
「シャーリーというのはあのはくぎんのかみのこむすめか?」
しまったと、つい名前をこぼしてしまったことを少し悔いるが、大したことではないと思い直すシェル。
「ええ、それがなにか?」
しかしそんなシェルの反応に、リジェネが可笑しそうに嗤い、告げる。
「――そうか、きさまはしらんのだな」
「? な…」
何を? と反射的に問いかけようとするシェルの言葉は続かなかった。
もうこれ以上話すことはないと告げるようなリジェネの一撃。それを瞬時に反応し、後方へ飛び避ける。
そして頭の中のごちゃごちゃした疑問や考えを捨て、戦闘へと切り替える。
すでに自分のやることは決めていた。
「『スウィング・シーカー』、範囲縮小」
放出する振動に範囲を狭め、感知能力を上げる。
この数回の攻防から見て取ったリジェネの攻撃手段は全て爪。牙も大量に生えそろっているが、おそらく爪が主な攻撃手段だろう。
「甘いですよ!」
しかし、悪まで手は二本。それゆえに攻撃は避けやすい。
『スウィング・シーカー』で確実に、そしてギリギリのタイミングで躱し、リジェネの懐に入り込む。
しかし、
「なっ!?」
拳の届く間合いまで肉薄した所で、不意にシェルの側頭部に目がけて横殴りの一撃が振るわれた。
完全に視覚の外側からの一撃。それを、直前の振動による感知で何とか避ける。
その威圧感にシェルが素早く、退避してリジェネを距離をとる。
「ほう、やるじゃないか」
そのシェルの目に飛び込んできたのはおぞましい光景。
リジェネの長い右手の肘辺りから、腕が分離していた。おそらくそれがシェルを攻撃したものだろう。
そして、見ている間もバキバキと音を立てながら、更に変化をとげる。
リジェネの腕の付け根辺りからも新しい腕が生えてきている。そのいっっぽん一本が鋭利に曲がった特徴的な爪を携えていた。
「……『増殖』といったかんじですかね」
その光景を息をのみながら見つめるシェルが呟いた。
今現在、視認できるだけでも、リジェネには10本の腕が生えている。
そして、もう分析の時間は無かった。
「――むだばなしはもういいだろう。…おまえはどこまで、もつかな」
リジェネの緑の瞳が怪しく光り、殺意を帯びる。
どうやら、確実にシェルの命をとりにくるらしい。
「ふーっ、久しぶりの修羅場ですね… でもゴールが見えているぶん楽かな」
一人呟き、拳を握る。
そして、一切の隙を見せずに構えるリジェネにシェルは今度は自分から突っ込んだ。
*****―――
時を遡ること少し前。
「正直、あの状態じゃそこまで強さを感じなかったな。サシなら間違いなく俺様の方が強いだろう」
山猿が先程のリジェネのについてその総評を話していた。
地面に座り話を聞いているのはシャーリー、シルクール、アイリス、魔法使いの女性の四名。
「スピードもまあそりゃ、そこいらの魔物よりかは遥かに速かったけど避けられないレベルじゃなかったぜ。パワーも然りだ」
「じゃあ、このメンバーであたれば楽勝ってことなのか?」
アイリスが疑問を挟む。
山猿一人でも対処可能ならば、このメンバーならば犠牲無く楽に倒せるだろう。リジェネの総評を聞いてのアイリスが至った結論。
しかし、それに対して山猿は首を振った。
「いや、まあそう簡単にはいかないかもな。完全に勘だがあいつは一つや二つ何らかの能力を持ってやがる。まあ、それをあの時に見ることは叶わなかったが…。まあ、純粋な力勝負なら俺様やおまえの方が強いだろうという話だ。何はともあれ油断はできんな」
その言葉に意外そうな顔をしたのはシャーリーだ。
「驚きです。あなたから油断するな、などという言葉が聞こえてくるなんて」
「心外だな、小娘。俺様はこと戦いにおいては一切の油断や慢心はしない。相手に応じた態度をとっているだけだ」
「へー」と半信半疑な顔のシャーリー。
アイリスは「いい心がけだ」とうんうんと頷く。
「おや?」
そんな三人の中シルクールが何かを感ずいた様に声を上げる。
「――どうやら、その親玉さんと討伐隊にいた仮面の女性が戦闘に入ったらしい」
おそらくシルク―ルの能力で得たであろうその情報に三人の顔色が変わる。
シェルを討伐隊の仮面の女性と言ったのは、その正体を知らないシャーリーがいるためだろう。
シェルと森の支配者の戦闘。
先程クリストロと戦う前のシルクールとの会話からして、シェルはすでに一回強大な魔物との戦闘を終えているはず。そのためその疲労も残ったままの戦闘になっているかもしれない。
アイリスの頭で瞬時に考えが巡る。
そして、
「――あたしが行くわ。場所を教えて」
右手を腰の木剣に掛け、魔力を体に巡らせながら、アイリス・リーヴァインは立ち上がった。




