2章ー35話 「再会」
「ふっー。…ったく、どんだけ湧いてきやがるんだ」
刀にこびりついた魔物の血液を払い、山猿がうんざりした様に息を吐く。
『死の森』の王――リジェネから逃げてから、五度目の襲撃だった。
怪我はないが段々と蓄積されていくものはある。それは疲労。この場合は肉体的なものと精神的なもの両方だ。
しかし、それは三日間戦い続けられるような超人である山猿にとってではない。
後ろを振り返り、その様子を確認する。
「おい小娘、大丈夫か? だから、雑魚相手なら全部俺様に任せろって言ってるだろうが」
「い、いえ。これくらいなんでもありませんよ」
そこには息をゼーゼーと吐きながらも、力強く笑みを浮かべるシャーリーの姿があった。
この五度の襲撃中、大半の敵は山猿が屠ってきたがシャーリー本人の希望もあって、シャーリー自身は向かってくる魔物は出来るだけ自力で対処していた。
シャーリーの保有魔力量からして魔力が尽きることはまず無いが、精神的にも肉体的にも疲労は積もる。
「まあ、その気概は買ってやる」
「それはどうも」
「…とは言っても、もしおまえに何かあったら俺様が金髪にぶった斬られそうだから最低限の補助はするけどな」
「失礼な、アイリスさんはそんなことしません!」
「いやいや、あいつお前が関わると目がマジだからな! 相当凶暴になる…っと、どうやらもうその心配もしなくてよさそうだな」
そんなふうにいつも通りの会話をしながら歩いていると、不意に山猿が前方を見てそんなふうに声を漏らす。
しかし、未だに前には草木が生い茂っているだけの森があるのみだ。まあ、魔物の影響で所々変異した禍々しい植物も見られるが――
「ん?」とシャーリーが疑問の色を顔に浮かべる。しかし、その理由はすぐに明らかになった。
そこから少し歩くとシャーリーの耳にも音が届く。さらに歩くと視界が開けた。
そしてそこに待っていたのは――
「シャーリ――――――――!!!!!」
少し目を潤まして、笑顔でこちらへ飛び込んでくる金髪の少女だった。
その勢いに反応が出来ずにそのままシャーリーの顔が、年齢にしては豊かな胸に埋もれる。
「ぶはっ!? ちょ、…ア、アイリスさん!?」
突然の出来事に大いに焦るシャーリー。そもそも、このままでは窒息死が迫って来るので肩を叩きヘルプを告げる。
「あっ! ごめん、苦しかった?」
アイリスがシャーリーを離して申し訳なさそうに頭をかく。しかし、それもつかの間、今度はヒョイヒョイっと体を動かし、シャーリーの全身を見回す。
「あ、あのー、アイリスさん?」
「怪我とかしてない? 痛いところは? 怖くなかった?」
「えっと…あの、とりあえずは大丈夫ですよ。怪我もありません」
シャーリーが困ったように笑いながら告げると、「よかった~」と心からの安堵の声を漏らし、アイリスが地面にへたり込む。
その様子から心から自分を心配してくれていたことを実感し、シャーリー自身も何か心に温かいものが注がれたような気持ちになった。
「心配してくれてありがとうございます、アイリスさん」
「うん、本当に無事でよかった~」
「えっ、は、はい!」
再びギュッとアイリスの方から抱擁が交わされる。
今度はシャーリーもちょっと恥ずかしがりながら背中に手を回した。
「……つーか、なに? やけに仲が良すぎると思ってたらお前らそういう感じの関係なの?」
そんな二人を何か凄いものを見るような眼で山猿が見ていた。
心なしか、若干声が引きつっている。
「は、はぁ!? な、ななな何を言ってるんですか、あなたは!?」
「あからさまに怪しい反応だな……」
突然の指摘に顔を赤らめ、素っ頓狂な声を上げるシャーリー。
対するアイリスは「そういう感じ?」と疑問府を頭に掲げる。
どうやらシャーリーの方が耳年増らしい。
「あっ、そう言えばお礼がまだだったね。シャーリーを助けてくれてホントにありがとうね」
未だに顔から朱が引かないシャーリーの横で、思い出したかのようにアイリスが山猿に頭を下げる。
「俺様はやるべきことをやっただけだ。別におまえに礼を言われることじゃねぇよ」
「そっか、そうだよね。でも、ありがとうね」
「はっはっはっはっ、気にすんな!」
豪快に笑う山猿。
それを見て、その人間性をここ数日で理解していた二人もフフッと笑った。
「と、一区切りがついたところでお話があるんだけどいいかな?」
そんな三人へと声がかかる。
視線を向けた先に立っていたのはシルクールとクリストロに人質にされていた女性の魔法使いだった。
現在アイリス達が来る前にクリストロと戦っていた討伐隊の中で彼女だけが唯一戦闘が出来るレベルで無事だった。
他の十一名の内、重傷者が九名。これらはアイリスとシルクールが応急処置を施していた。
残りの二名は残念ながらクリストロを倒した段階で、すでに息絶えていた。冒険者が一人と傭兵が一人だ
「とりあえず現状を確認したいんだけど。山猿くん達の転移魔法で飛ばされてから今までの道のりを教えてくれないかい?」
いつも通り爽やかな笑顔でシルクールが尋ねる。
その問いに、
「ああ、とりあえず俺様たちは例の討伐目標には会ったぞ」
山猿は簡単そうにそう言ってのけた。
*****―――
バナリスを倒して少し。
騎士団の面々と別れたシェルは一人、『死の森』を走っていた。
彼らの負った傷は浅かったがすぐに動けない者もいた。なによりシェルの目標はシャーリーだけ。なので彼らに自分は援軍だととりあえずの事情を説明し、そのまま森深くへ飛び込んだ。
首にかけたネックレスが淡い光を放っている。
『スウィング・シーカー』。
シェルの持つ魔道具『スウィング』の能力の一つであり、振動に変化させた魔力を決めた範囲に微弱に散布して対象を認識する感知能力。
しかし、あくまで得られるのは振動の反響だけなので、シルクールの様に正確な対象の情報までは得ることができない。
「しっかし、見つかんない。まあ、あの三人が付いてるから大丈夫だとは思うんだけど……ッ!」
その時、シェルの鼻が微かなにおいを捉える。
身近にあるにおい。しかし、普通の生活を送っていればあまり嗅ぐ機会は無いにおい。
人の血のにおいが香っていた。
そして、『スウィング・シーカー』反応する場所へ近づけば近づくほどその匂いは強くなる。
十中八九、ありえない思っていた。しかし、それはあくまで十中八九。ならば行くしかない。
血の匂いが一番強い場所。
そこに飛び込み、シェルは仮面の中で顔をしかめた。
そこには多くの人間――おそらく討伐隊の遺体が地面に落ちていた。
そして、そこにシェルが踏み込んだ瞬間、唯一立っていた者の首が宙を舞った。
それを何事もなかったかのように。さも当然のことのように。
その首を飛ばした巨大な体躯に邪悪な魔力を放つ魔物は、その緑の瞳でシェルの姿を睥睨すると、
「ん? きさま…かすかにさりすたんのにおいを、まとっているな。…やつらのなかまか?」
好戦的な、そして憎しみと怒りの籠った声音でそう問いかけた。
「――またハズレです。そして、ちょーっとまずいかもですね…」
シェルが空を見上げる。
木々が邪魔して視界が遮られる。しかし、微かに空が見える。ドン曇りだった。
フーッと息を吐き、苦笑を漏らす。
そして、
「けど、この状況は見過ごせません」
拳を構えて、魔物に向き合った。
――『スウィング』が淡い光を放ち、戦いの火ぶたが切って落とされた。




