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2章ー32話 「ただ一つの目的のために」


「ご無事ですか!?」


 五人の部下が駆け寄ってくる。

 それを手で静止して、ヴァンスは眼前の光景に真剣なまなざしを向けた。


「おう、なんとかな。あー、いってぇ」

 

「よかった…。しかし…あれ、誰なんですか?」


「わからん。ただ…どうやら味方みたいだぞ」


 足を引きずるワーキンの疑問に答えるヴァンス。

 そして、はぁーっと大きく息を吐いた。その息は危機が過ぎ去ったために出た安心か、それとも今の状況に対する困惑か。

 そんなヴァンスに他の部下も近づく。


「我々はどうするべきでしょう? あの仮面の人物が味方なら援護すべきでしょうか?」


 すでに小隊のうち三人が怪我を負っている。しかし、裏を返せば三人は動くことができた。

 しかし、ヴァンスは上体だけを起こして首を振る。


「いや、やめておけ。戦い方も能力もわからない味方だ。そういう相手との連携がどれだけ難しいかは知っているだろう。逆効果になるやもしれん」


「…そうですね」


 悔しげに唇をかむ騎士団員達。

 まるで自分たちの力のなさを悔いている様だった。


「それに…おそらく援護は必要ないだろうな」


 そんな部下たちを一瞥し、ヴァンスも悔しそうに空を見上げる。


「まったく。若くて強いやつがどんどん出てきやがる…へこむぜ、畜生め…」



 彼らの前方。

 そこでは拳の一撃で後退させられたバナリスと颯爽と現れた仮面の女が向かい合っていた。

 お互いにいつでも攻撃に移れるように戦闘態勢を取ったままだ。


「おい、おまえ。何者だ?」


 先に言葉を発したのはバナリス。

 突然現れ、見た限りでは華奢な拳で自分を殴り飛ばした。その声には、そんな乱入者への確かな警戒心が宿っていた。

 対する仮面の女は、


「何者…と言われましても、そんな大したものじゃないんですよ。あの、すみません。今、私はちょっと急いでるんです。――だから、速攻で終わらせていただきますね」


 先程までヴァンスと話していた時とは異なり、本気の闘気の籠った声で仮面の女は告げる。

 後ろで見ていた騎士団でさえもビクッと反応するほどの圧。

 そして、言葉と同時にバナリスと仮面の女の拳がぶつかる。


 ――バンッ、と激突の音が響き、周囲に衝撃が拡散する。


「やっぱり魔法で拳を強化してやがるな。――いや、それだけじゃねーな、何かを纏ってるのか?」


「へぇ、見かけによらず分析力が高いですね」


 拮抗した拳のままで睨み合う。

 そして、不意にバナリスはニヤリと笑う。


「どうやら、本気でやらないと死にそうだな、こりゃ。俺はバナリスってもんだ、名はなんだ、人間?」


「――シェルっていいます。覚えておいてください、あと数分でしょうけど」


「へっ、こっちのセリフだぜ!」


 バナリスがふんっと腕全体へと力を込める。一気に押す力が増大するのが見て取れた。

 仮面の女――シェルは、その瞬間に腕をそらし、身を捻る。


「いくぜ。避けるか、受け止めるか!」


 少し体勢の崩れたシェルへと両拳の連撃が襲いかかる。


「――『スウィング・シーカー』、範囲縮小」


 その連撃を前にシェルが呟く。胸のネックレスに淡い光が宿る。

 そして、前方から押し寄せる拳をまるでどこから攻撃が来るのかわかるように紙一重に後ろに後退することもなく避け続ける。


「チッ!」


 苛立ちを含んだバナリスの舌打ち。

 そして、その乱れによって生まれた隙をシェルは見逃さなかった。

 一瞬生まれた隙間にシェルが拳をたたき込む。


 バナリスは避ける必要はないと思った。

 ヒットするであろう場所は体毛で覆われた腹部。先程の様に少しその威力に後退はするだろうがダメージにはなりえないと。

 しかし、バナリスは回避行動をとった。理性で考えるよりも本能が判断した。

 この拳を受けたら負けると――。


 シェルの拳が奔る。

 直前の回避。そのため少しバナリスのわき腹にかすった。

 そして次の瞬間、


「ぐはあああああっ!?」


 拳とかすった脇腹。そこを起点に衝撃が炸裂してバナリスがはじき飛ばされる。

 

「はずれたか――」


 シェルが悔しそうに呟く。しかし、すぐに追撃を準備する。

 体を魔力で強化し、地面に倒れ伏したバナリスへ向かって駆け出す。


「させねーよ!」


 それに気づいたバナリスは、さっと起き上がると地面を渾身の力で叩いた、

 ひび割れた地面が岩石となりシェルの行く手を阻む。


「ふぅー、効いたぜ。――だが高い授業料を払ったことでお前の能力が分かった」


 わき腹を押さえながら、ビシッとシェルを指差すバナリス。

 シェルは、その様子を少し興味深げに眺めていた。


「へぇ…」


「おまえの能力の源は、首に下げたその魔道具。そしてその力の正体は――振動だ」


「むっ」


 シェルの表情が変わる。その顔には純粋な驚きの色が浮き出ていた。

 それを肯定と取り、バナリスは続ける。


「はたから見たら分かりにくいだろうが、実際に戦いの中でなら実感できる。おまえは拳に強化の魔法と並行して振動を纏わせている。そして、その振動量は自在に操れる。戦闘中は自分の周囲におそらくお前にしか感知できない微量な振動を散布してこっちの行動を肌で感じ取っていた。違うか?」


 楽しげに語るバナリス。まるで自分の考えに確信を持っている様だ。

 そして、その考えは正しかった。

 シェルがフッと笑う。


「よくわかりましたね、ご名答です。ですが、種が分かっても防げるものではありませんよ」


 一気に前方へ加速するシェル。

 それを見て、ニヤリと笑うバナリス。


「そうでもねーさ」


 シェルが突き出した拳。そこには確かな感触があった。

 その拳はバナリスの完璧に腹部を捉えている。

 魔法で強化した拳。しかし、それだけでは足りない。手に込めた振動の魔力を爆発させる。

 

「ぐはっ!?」


 ほぼゼロ距離で眼前のバナリスが吐血する。

 綺麗に決まった一撃だった。

 綺麗に決まりすぎた一撃だった

 

「…よう、捕まえたぜ。お嬢ちゃん」


「なっ!?」


 初めてシェルの顔に焦りの色が灯る。

 バナリスは生きていた。そして、その振り切った拳を腹部の筋肉でがっちり固定していた。


「…なるほど。初めから、受けるつもりでしたか。中々、男前なことをしますね」


「おうよ。来るとわかってりゃ耐えられる。そして、終わりだ。いまから再び拳に振動を溜めても、間に合わん」


 バナリスが拳を振り上げる。

 この距離では回避の手段がなかった。何より右手が封じられている。

 

 バナリスは勝利を確信した。

 しかし、ここでシェルが少し予想外の行動をとった。

 後ろに倒れるように、上体を寝かせたのだ。

 悪あがきだ、とバナリスは一笑に付す。しかし、これによりほんのわずかではあるが拳の到着が遅れる。


 その微かな間。

 シェルは空いている左手をバナリスに向ける。

 握りこぶしは届かない。しかし、シェルの左手は人差し指と中指、そして親指を立てた形を作っていた。

 そう、まるで銃のような形を――


「惜しかったですね。『スウィング・ショット』」


 拳がシェルの仮面にぶつかる寸前、それは放たれた。

 指の先から放たれた透明な弾丸。

 ぶつかったのはバナリスの首。もちろんそこも体毛で覆われている。しかし、放たれた弾丸はそれを貫いた。


「カハッ!?」


 声にならない声がバナリスの口から洩れる。

 その一撃で拳は力を失い、落ちる。同時にシェルの右手を摑まえていた筋肉も緩み、拘束から解き放たれる。


「大方の推測は正しい。しかし、それが全てではありません。私の魔道具『スウィング』は私の魔力を振動へと変換します。そして、その主な用途は付加と放出。放出を使えば感知に限らず、狙撃も可能です」


「ふっー…。ちっ…くそが…」


 のどを撃ち抜かれ、息も絶え絶えのバナリス。

 しかし、それでも固く拳を握る。バナリスの顔には壮絶な笑みが浮かんでいた。

 シェルも同様に最後まで油断はしない。

 襲いかかるバナリスの拳。しかし、そこにはすでに先程までの威力は無かった。


「――これで終わりです」


 シェルはひらりと身を躱し、もう一度腹部に一撃を入れる。

 しかし、振動は炸裂しない。


「言い残すことはありますか?」


「? …ハッ、そだな。二つだけ」


 シェルの問いに一瞬首を傾げたバナリスだったが、ふと笑みを浮かべる。

 先程までとは違う純粋な笑みだ。


「すんません、リジェネ様。負けちまいました。それと――楽しかったぜ、シェル」


「ええ。その言葉、胸に刻みました」


 意外そうな顔のバナリス。そのままフッと笑う。

 そして、一瞬の遅れてシェルの拳を起点として、振動が炸裂した。


 振動は爆発となり全てを吹き飛ばす。

 そして、シェルの目の前には事切れて、地面に倒れたバナリスの姿だけが残った。


「――予想より遥に強かったですよ、バナリスさん。でも、すみませんね。私は彼を王にするまでは何があっても死ぬわけにはいきませんので」

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