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2章ー31話 「騎士たちの戦い」


「ばなりす、くりすとろ」


「「はっ!」」


 名前を呼びかける声に二つの返答が重なる。

 呼びかけたのは死の森の支配者。

 答えたのは二体とも二足歩行の魔物だった。


 一方は体が白の体毛で覆われた大きな体躯の魔物。体が筋肉質で腕や足も丸太の様に太く、強靭だ。

 一方は正反対に体毛が一切なく、渇いた茶色の皮膚で体を覆う魔物。両手の指が細くとがっているのが特徴で、その瞳は狡猾さが隠しきれない程に濁っている。


 二体は頭を垂れて、支配者の言葉を待つ。


「きょう、おそらく…にんげんどもがこのもりにあらわれるだろう。やつらのみちあんないは…われがしてやる。…おまえらはすべてをころせ…」


「「おおせのままに!」」


 再び、重なる声。

 

「ばなりす…おまえはみなみがわ、くりすとろ…おまえはきたがわだ」


「「了解しました!」」


 三度重なる声。

 その様子に支配者は満足そうに頭を揺らす。

 そして、それを確認した二体は最後に礼をすると暗闇の森にその姿を消した。

 

 昨夜の死の森での一幕だった


*****―――


「くそっ! なんなんだこいつは!?」


 そんな声が死の森に木霊する。憤りと困惑を混ぜ合わせたような声音。

 声を発したのは今回の作戦の指揮官であるヴァンスだった。

 

 彼を含む駐屯騎士団の六人は最初の場所から一番近い森の南端へと飛ばされていた。

 そして飛ばされた先。少し開けたその場所にまるで待ち受けていたかのように一つの影があった。

 今、彼の背後には同じく騎士団の仲間たちが展開し、ある魔物に対し戦闘態勢を取っている。


 全身を白い体毛で覆われた筋骨隆々の二足歩行の魔物。

 見た目通り腕力が凄まじいが、見た目とは異なり動きは素早い。つまり強敵だった。

 ヴァンスを含む駐屯騎士団は、国の中心となる王都の騎士団に選ばれなかったが実際に騎士の称号を拝命しているのは事実。

 一人一人でもそこらの魔物には後れを取らないし、六人ともなれば今回の目標となる強大な魔物でも打ち倒せるという自信があった。

 しかし、


「ったく…、軽いぜ人間。せめて皮膚までその刃を届けなきゃ話にならねーよ」


 先程までの攻防で六人の刃は一太刀たりとも目の前の魔物に届かなかった。いや、届かなかったという表現は適切でないかもしれない。

 実際に刃は触れた。しかし、魔物の全身を覆う体表によって受け止められて傷を負わせるには至らなかったのだ。


「――おまえが、この森の親玉か?」


 相手が同じ言語をしゃべれることはこの短時間で知ることができた。

 知能が発達しているのは一定のレベルを超えた魔物のみ、そのうえここまで流暢にしゃべれるのだから相当高位な魔物であることを認識したヴァンスが戦闘形態を崩さずに問いかける。

 無視されるのも想定していたが、


「いや、違うな。おまえらが言ってるのはリジェネ様のことだろう。俺はあの方の部下のバナリスってもんだ」


 意外なことに魔物――バナリスは丁寧にそう答えた。

 質問した当人であるヴァンスでさえ驚くほどに。


「ヘッ、ずいぶん親切じゃねーか」


「まあな。それに――これから死ぬやつらに何を言っても大丈夫だろ」


 一瞬だった。

 バナリスの体から魔力が溢れ出し、ヴァンスとの距離を詰める。

 右の拳が来る、直感で判断しヴァンスは愛用の聖剣に魔力を籠めて対応する。剣と拳がぶつかりヴァンスの腕に衝撃が伸し掛かる。


「ほう、受け止めたか。やるじゃねーか」


「くっ…」


 余裕の声が眼前から振ってくるが、ヴァンスには答える余裕がなかった。それほどまでに重い一撃。


「隊長!!」


 後ろから、仲間五人の剣が割って入りバナリスが後退する。

 それを見て、部下たちがヴァンスのもとへ集まる。

 すでに、バナリスとの戦闘で五人中二人がそれぞれ腕と足に怪我を負っていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ、俺は大丈夫だ。しかし、あいつ…」


 憎らしげな瞳でバナリスを捉える騎士団の面々。


「ええ、かなり厄介です。おそらく先遣隊から報告のあった目標以外の強力な魔物の一体でしょう」


「だな、全くやになるぜ。目標――あいつが言うにはリジェネってやつはもっと強いんだろ。通信装置も壊れちまったし…意地見せるしかねーな」


 シルクールの物と同様に彼らの通信魔道具もその機能を停止していた。

 腕にはめたそれを一瞥し、ヴァンスは覚悟を決めた瞳でバナリスを射抜く。彼の部下たちも「はい!」と決意の籠った瞳で頷き、それぞれの聖剣に魔力を込める。


「話し合いは終わったか?」


 余裕綽々といった表情でバナリスが問いかける。

 騎士団の面々はお互いに頷き合うとバナリスを中心とした扇状に陣形を展開する。


「あんまり余裕ぶっこいてっと足元掬われるぜ」


「お前らでは俺の浮いた足元ですら掬えないから余裕ぶっこいてるのさ」


「ヘッ、言ってろ。行くぜおまえら!」


 その言葉が合図だった。

 

 まず側面に展開した二人が一斉にバナリスに斬りかかる。魔力を全開に込めた聖剣の一撃。それをバナリスは左右の腕で受け止める。

 一瞬、動きが止まった隙に斜め前方の二人もそこに斬りかかる。

 狙いは足元だった。

 しかし、バナリスは膂力だけで先の腕で受け止めている二本の剣を振り払い、体勢を立て直すと垂直に飛びその剣を避けた。


「六人いて、こんなものか?」


 嘲笑ともとれる笑みを浮かべるバナリス。しかし、そのバナリスに少し離れ所でしっかりと狙いを定めていた一人の騎士がいた。

 騎士団で一番の新入り、ワーキンだった。

 足にけがを負っていたワーキンは既に手を前に突き出しており、その右手には魔力が集中している。


「騎士団が魔法が使えないと思ったかよ、でかぶつ。『ディンセル』!」


 ワーキンが詠唱したのは闇属性の初級魔法。

 掌に黒い靄の塊のようなものが出現し、それがバナリスに向かって射出される。

 バナリスが周囲を見渡すと、魔法の被害にあわないため、自分に斬りかかっていた騎士たちが素早く引いていた。


「くっ!」


 その魔法の威力を警戒してバナリスが右手で、黒い靄の塊を防ぐ。

 しかし、バナリスの手とぶつかった瞬間に靄は離散し、バナリスの周囲を黒い霧が充満した。


「なにっ!?」


 予想外の出来事にバナリスが初めて声を上げた。

 その霧はそのままバナリスの視界を塞ぐ。

 そして、その機会を逃すヴァンスではなかった。ワーキンが魔法を放つと同時に動き出していたヴァンスは黒い霧の中でのバナリスの場所も把握済みだ。

 

 再び聖剣に魔力を込めて、ヴァンスはある一点へと狙いを定める。

 確証がある訳ではない。しかし、自分の剣が通るという確信があった。

 これまでの攻撃。バナリスは何度も攻撃を受け止めた。

 もちろん攻撃されたから反射で受け止めたと言われたらおしまいだが、それとも違う気がしていた。

 己の勘のもと、剣を構える

 

 ――狙いは顔。唯一体毛で覆われていない場所。


「貫け!」


 ヴァンスの剣が闇を切り裂き、奔る。

 完璧な一撃だった。鋭い刃だった。

 しかし、


「…やるじゃねぇか。驚いたぜ」


「くそっ!」


 ヴァンスの聖剣は、紙一重で避けられていた。

 バナリスの肌からはヴァンスの仮説の正しさを物語るように血液が一筋流れていた。

 が、それは意味のないもの。


「っ!? ぐはっ!?」


 ヴァンスがほとんど空振りに終わった剣を引き戻す前に、バナリスの拳ががら空きになったヴァンスの腹部に一撃を入れる。

 鎧を付けていたがあまりのその衝撃に意識が飛びかけるヴァンス。そして、その体は宙を舞いそのまま地面に落ちた。

 

 しかし、そこでは終わらなかった。

 バナリスはヴァンスへとどめを刺そうと近づいていく。


「隊長!!!!」


 その事態を悟った団員たちが慌てて、止めに入ろうと走り出すが間に合わない。

 すでにバナリスとヴァンスとの距離は無い。

 すぐに命を奪える距離のバナリスは先程までとは異なる真剣な表情で、


「あー、負けか…。畜生め…」


「――もう余裕や油断は無しだ。じゃあな、人間」


 腕を振り上げ、倒れたヴァンスへ無情にもその拳を振り降ろす。

 しかし、


 その拳が命を詰もうとしたその瞬間――、


「――まったく、シャーリー様じゃないですね。けど、この状況は見過ごせません」


 いきなり現れた影のその拳が、バナリスの横っ腹にめり込んでいた。


「なんだと!?」


 そして、その影はその拳を思いっきり振り切ると、バナリスが勢いに怯んだかのように後退する。

 だれだ…、朦朧とした意識の中でヴァンス眼を開く。

 

 予想はなんとなくついていた。

 今回の作戦参加者の中でもおそらく別格の三人。そのうちの誰かだと。

 しかし、その予想は外れていた。目の前に立っていたのは、見たこともない仮面をかぶった人間。

 体つきから女性であることはなんとなくわかるだけだ。


「大丈夫ですか?」


 すると、その仮面からヴァンスに声が掛けられる。

 これまた予想と異なり落ち着きと同時に若さを含んだ声。


「…君はいったい誰だ?」


 思わず頭の中、そのままの疑問が出る。

 その問いに仮面の女性は――、


「まあ、助っ人とだけわかってもらえれば十分です。この戦場はお任せください」


 まるで仮面の上からでも安心させるように笑っているのが分かるような優しい、そして力強い声音でそう言い放った。

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