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2章ー28話 「秘密の護衛契約」


「あー、もう! やられた!!」


 討伐隊が魔法陣で森の中へ飛ばされた光景を少し離れた場所で目撃した仮面を被った人影が苛立たしげに吐き捨てる。

 彼らが飛ばされた瞬間、泥でできた人形はいきなり生体活動を停止した様に崩れ落ち、ただの泥になっていた。

 それを見て、魔法陣が展開された場所まで移動する。

 地面に手を添え、目を閉じた。


「これはやっぱり、転移魔法の亜種っぽい。このレベルの魔法が扱える程の魔物が親玉か…」


 冷静に状況を分析し、目線を眼前に広がる森に向ける。

 ここからでも今のこの森が異常な環境であることを仮面の人影――シェルは肌で感じ取れた。

 シェルにとって優先すべきは一にも二にもシャーリーの身の安全。そのために為すべきことをする。


 首筋から衣服の中へと手を入れ、胸にしまわれていた首にかけたネックレスのようなものを取り出す。

 シェルの右手に魔力が集まる。

 そして、


「――『スウィング・シーカー』」


 そう呟くと、ネックレスが淡い光を放ち、シェルの周囲に独特な靄のような魔力が揺蕩う。

 それを確認し「よし」と呟き、全身に魔力を纏う。


「私が行くまでシャーリー様をお願いね、三人・・とも」


 そして、シェルはそのまま全速力で森へと侵入を開始した。


*****―――


 昨日の夜の出来事。

 いつも通り、アイリスとシェルは密会していた。

 場所は下宿した宿の屋上。議題はシルクールについてだ。


「あの男の人――シルクール・スノーデンハイムは、かの『魔法星』セシュリア・コナーの十人の直弟子の一人よ」


「へぇー、あれが例のセシュリアさんの直弟子なんだ」


 開口一番のシェルの言葉にアイリスが相槌で返す。

 まるで『魔法星』と知り合いのようなアイリスのその言葉にシェルは首を傾げる。が、今はそれよりも重要なことがあった。


「ん? うん、でも今はそれよりも重要なこと。シルクールさんはシャーリー様の正体を知ってるの」


「…なるほどね。うーん、正直隠し通すのは厳しい気がするね」


 シェルの言いたいことはアイリスにもよくわかった。今の状況は国の王女であるシャーリーが危険に自ら飛び込もうとしているのが現状だ、ばれるわけにはいかない。

 しかし、それを理解した上でアイリスは首を振った。

 シェルもその反応は予想していたのか、「だよねー」と肩を落とす。

 

「あの男はかなりの使い手だ。それにセシュリアさんの弟子なら悪い奴ではないでしょ。正直に話して協力頼んだ方が良くない?」


「やっぱりそうかな~」


 緊張を崩し、地面に腰を下ろすシェル。

 アイリスもそれに倣おうかと、腰をおとそうとしたその時、


「やあやあ、こんな夜遅くに女の子が二人で何してるんですか?」


「!?」 

 

 フッと屋上に三つ目の人影が現れる。

 姿を現すまで気配を感じ取れなかったことに少し驚く二人だったが、


「女の子を盗み見とかもてないですよ、シルクールさん」


 その姿を確認しアイリスが憎々しげに悪態をつく。


「おや、これは一本取られた。確かにその通りだ、ごめんね。でも、僕のことを話している様だったから気になってしまってね」


 爽やかに笑いながら、頭をかくシルクール。

 相変わらず食えない態度だ。

 そして、その視線は仮面をつけているシェルに向く。


「えっと君は…多分シャーリーちゃんの護衛さんかな? ずっと酒場の時も屋上で見張ってたから多分そうだと思うんだけど?」


「おーい、シェルさん。もう何から何まで思いっきりばれてますよ~」


「恥ずかしいからやめてっ!」


 ばれてない体で話してたのに、全ての筒抜けだったようだ。

 シェルが「あぁー」という悲鳴と共に顔を抑える。

 仮面で見えないが顔が紅く染まっているのだろう。


「まあ、こうなっちゃ仕方ないでしょ。シルクールさんにも話し――」


「なぁに、俺様抜きで盛り上がってやがる!!」


 アイリスが話を戻そうとした瞬間に再びの乱入者。

 三人の瞳が声の方向に目を向けたところで、屋上のドアが勢い良く開き、四人目が姿を現す。


「…ったく、デリカシーのない男どもが班員で悲しいよ」


 地面に腰を下ろしたアイリスが苦笑しながら夜空を見上げる。

 屋上に現れたのはもちろん山猿。なぜかテンションが高めだ。

 山猿はアイリス、シルクールを一瞥すると、


「あれ、あんた? …ああ、ずっと俺様たちをつけてたやつか! 何もしてこないからほっといたけど金髪の知り合いだったのか?」


「……は、はは。私の監視ってそんなにバレバレだったのかな? 今までちょっと自信持ってた自分が馬鹿みたい……」


 山猿にも監視がばれてたことにショックを受けて地面に倒れ込むシェル。

 シェルからしてみれば、アイリス、シルクール、山猿と三人にこの短い期間で連続して気づかれたことになる。

 意外と堪えたのだろう。ガックリきている。


「き、気にすることないよ! ほら、相手が悪かっただけっていうかね! 結構凄かったよ!」


「そ、そうですよ! いまいち状況が分かりませんが、ある一線を越えた強者しかあなたの気配は探れないと思いますよ!」


 めっきり凹んでいるシェルにアイリスとシルクールが必死にフォローを入れる。

 しかし、


「いや、結構バレバレだったぞ」


「グハッ!」


 と心無い山猿の一言で再び崩れ落ちてしまう。


「まあ、俺様にかかれば朝飯前だが――いてぇ!?」


 アイリスが山猿の頭に無言で拳骨を下ろす。

 予想以上に効いたのか頭を押さえ、悶絶する山猿。


 そして、その間にシェルは気力を振り絞って立ち上がった。

 気持ちを切り替え内心で決意を固めて、三人に視線を向けながら、


「ゴホン。えっと皆さんに改めてシャーリー様についてお話があります。ここからは他言無用でお願いします」


 そう切り出した。


 

 事情を聞き終えた山猿とシルクールの反応は単純明快だった。


「いいぜ。あの小娘にしては中々根性のある話だ、気に入った。俺様が明日の護衛に直々に手を貸してやろう」


「僕も構いませんよ。シャーリーちゃんとは知らない仲じゃないんで、頑張ってるんなら協力は惜しみません」


*****―――


「ぎゃあああああああ!?」


 そして、時は戻り現在。死の森の上空。

 

 シャーリーは一人何かに引っ張られるように空中を移動していた。

 あの泥人形が自分のことを王族と言っていたのは聞き取れた。つまり、これから自分はいきなり討伐対象のいる場所まで飛ばされるという予想がついた。


 自分よりはるかに強い人たちでも警戒する正体不明の魔物。

 その前にいきなり自分一人で投げ出されたら、その結果どうなるかは明白だ。

 心に根源的な恐怖が宿る。


 そんなことを考えているうちに、地面が迫ってきていた。

 そうだ、まず着地のことを考えなくてはならない。

 シャーリーはどうにかして安全な着地法を模索する。しかし、その心配は杞憂に終わった。

 地面が近づいてくるにつれ、自身のスピードが落ちていく。

 そして、地面に着地する時にはまるで一段の段差から落ちた程度の感触だけが残った。


「よかったー」


 ホッと胸をなでおろすシャーリー。

 

 しかし、次の瞬間。肌に突き刺さるような凍えるような恐ろしさを含んだ魔力がシャーリーの肌に突き刺さる。

 一瞬にして冷や汗が湧き出る。

 そして、恐る恐る振り返った目の前には――


「――あいたかったぞ。にくいにくい、にくいにくい、さりすたんの…けつぞくよ」


 巨大な魔物が鋭い眼光でこちらを射抜くように睨んでいた。

 

 シャーリーよりはるかに大きい体躯。

 鋭く尖り、鈍く光った大量の牙と鋭利に曲がった爪を携えていた。

 瞳は緑に光り、たくましい足で二足歩行している。


 シャーリーが今まで見てきた魔物とはレベルが違かった。

 圧倒的な死の匂いを放っている本物の魔物。


「あ、ああ……」


 その威圧感にシャーリーは声が出せない。

 しかし、事態は進む。

 突然、魔物はシャーリーに向け爪を立てると、


「だが…おまえのいのちは…ひつようない。いまここで、おれが…そのちをのみ、にくをくらい、ごひゃくねんまえのかんかくをとりもどすための…いしずえにしてやる!」


 何の躊躇もなくその鋭利な爪を振り降ろした。


 反射的に目をつむるシャーリー。

 

 ああ、これで終わりなんだ。

 呆気なかったな…、ごめん母さん。

 死を覚悟して、心の中で思いを唱える。


 しかし、いつまで経っても魔物の爪が自分を貫く感覚や痛みが訪れることはなかった。

 その上、まるで自分の体が何かに支えられている――持ち上げられているような感覚がしてくる。


「おい、小娘。戦闘中に目をつむるのは感心しないぞ。最後まで足掻け、――じゃねーと俺様みたいに大物にはなれねーぜ!」


 この二、三日で聞き慣れたそんな声がシャーリーの耳に届く。

 目を開けると、思い描いた通りの顔がそこにあった。

 予想以上に顔が近くて少しドキッとするシャーリー。

 対して、


「あ、あなた、どうして!?」


「どうしてもこうしても、いきなり飛ばされやがったから空を走って助けにきてやったんだよ。ったく手間かけやがるぜ」


そこまで言って山猿は視線をシャーリーから離し、


「…まあ、この際それは置いておくとして、もしやこれはいきなりの討伐目標に遭遇というソソる展開か? はてさて、どうするべきか――」


 シャーリーを抱きかかえながら、瞳を魔物に向けて獰猛に、そして楽しそうに笑って見せた。

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