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2章ー27話 「思わぬ開戦宣言」


 窓から入ってくる日光が目に入り、目を覚ます。

 見慣れない天井だ。

 しかし、起きた場所が見慣れない場所なことが普通になっていた。

 ここ数日は毎日違う場所で寝泊まりしているのだからそれはそうだ。


 グーッと背筋を伸ばし、ベットから降りる。

 今日は魔物討伐作戦決行日。

 昨日の会議では、あの後に小隊の編制と魔物の規模について指揮官のヴァンスから話された。

 魔物は森を覆うほど、それに目標の魔物以外にも高い戦闘力を持つ個体が確認されているらしい。


 その情報に店内はざわついた。

 しかし、同じテーブルの三人は涼しい顔をしていたことがとても印象に残っている。

 今までの自分なら先遣隊からもたらされた情報に心底怯えていたことだろう。しかし、今はもちろん恐怖の感情はあるがそれと同じくらい使命感が胸の内で燃えていた。


 それともう一つ。胸の中に残っている悩みがあった。

 それは昨日突然現れたローブ姿の男性の魔法使い。

 私は彼を知っている。

 王都の貴族、シルクール家の長男。しかし、家を継がず魔法の道へ飛び込んでいった奇特な青年。

 と言っても特別仲がいいわけではない。家の関係で何度か会った程度だ。

 でも私が気づいたのだ、顔を見れば彼も私の正体に気付くだろう。


 しかし、効果的な解決法がある訳でもない。

 ひとまずは顔を見られないよう昨日アイリスと買った帽子を今日も頭に乗せ、シャーリー・サリスタンは部屋を出た。


 ――彼女の精神に大きな影響を与える戦いの朝のことだった。


*****―――


 集合場所は、インリウウィスの端。

 そこから十分ほど歩けば目的の森だった。

 アイリス、シャーリー、山猿の三人組は昨日同様に宿の前に集合して、集合場所へと向かっていた。

 結局この三人にシルクールを入れた三人が一つの小隊に昨日決まった。シルクールとは集合場所で合流する手はずだ。


「いやー、しかしワクワクすんな! どんくらい強いんだろうなー、正体不明の強大な魔物って…なんとかサシでやり合えないもんかな?」


「あなたは小隊の意味も分からないんですか…、もしあなたが一人で戦うことなったら私たちの小隊は全滅したと同義なんですよ」


「ハハッ、そりゃたしかに厳しいな。おまえはともかく、金髪とあの青髪の兄ちゃんがやられるとは思えない」


「腹立たしい納得の仕方ですね…」


 今日も今日とて二人の口げんかをBGMにして聞きながら、アイリスは苦笑を浮かべて先頭を進む。

 そのまま足を進めること十数分、三人は集合場所に到着した。

 すでに装備を整えた人が揃っている。

 そして、


「やあ、今日はよろしくね。三人とも!」


 爽やかな笑顔のシルクールもそこにいた。

 多くの参加者は緊張の面持ちであるのに対し、シルクールの顔にそんな色は全くない。

 それだけ自分の力量に自信があるのだろう。


「どうも。こちらこそよろしくです」


「ああ、俺様の活躍をしっかり見せてやるぜ」


 アイリスと山猿が笑顔で答え、シャーリーが無言で会釈をする。

 フフフッっと笑うシルクール。

 そんな四人に近づく影がもう一つ。


「やあ、今日はよろしく頼む。君たちは成功の重要なキーになるだろうからね」


 片手をあげたヴァンスが横合いから声をかけてきた。後ろには駐屯騎士団の部下と思しき男たちが付き従っている。


「いえいえ、こちらこそ頼りにしていますよ」


 シルクールが代表して答えると、ヴァンスは頷き満足そうに頷き、踵を返した。

 そして、その足の進む先は森の方向だ。


「じゃあ、そろそろ出発するみたいだし僕らも行こうか」


 年功序列で昨日のうちにこの班は取り合えずは一番年上のシルクールが指揮を執ることになった。

 アイリスが「了解」と答え、山猿が「おう」と拳を上げ、シャーリーが無言で頷く。

 シルクールが三者三様のリアクションを確認し、四人は前に続きインリウウィスを出発した。


 

 魔物が巣食う森までの道中は、いたって平和に移動できた。

 歩いて十分程の距離であるうえ、駐屯魔法団の魔法使いが闇魔法で魔物から姿を隠す霧のようなものを周囲に放っていたため戦闘は一度もなかった。

 魔力の強い魔物は全て森の中に移動したため、大したことのない魔物が近くにいなかったのも理由の一つだろう。


 そして、討伐隊は辿り着く。

 前方には鬱蒼と草木が茂る森。心なしか禍々しい空気を放っている様子だ。

 全員が森の前まで到着したのを確認し、ヴァンスが一歩前に出る。


「よし、これからが本番だ。昨日話したようにこれからは結成した小隊で各々森へ入ってもらう。目標及び一小隊で対処不可能と思しき魔物と遭遇したら、昨日配布した魔道具で連絡を入れるように」


 ヴァンスが小さな腕輪のようなものを掲げる。

 その腕輪は昨日の作戦会議後に、各隊の小隊長に配布された通信用の魔道具。通信範囲はそれほど広いわけではないがこの森の範囲ならカバー可能らしい。

 アイリスたちの班ではシルクールが持っていた。


「ではみんな、無事魔物を打ち倒し生きて帰ろう! その暁には諸君らは英雄だ!!」


 ヴァンスの激に皆が拳を上げ応じる。士気は高い

 そして、手はず通り少しの幅を開け小隊ごとに森へ潜入するため移動を始める。

 

 ――いや、始めようとしたその瞬間。

 

 森の近くの地面から何かが生えてきた。

 それは最初は泥の塊だった。しかしすぐにその形が流動し人形の様な姿になる。


「――ようこそ、おろかな…にげんども。われの『しのもり』…へあんないしてやろう。…ああ、まずはよわそうなおうぞく…おまえだけは…まっさきにおれのところだ――」


 擦れ擦れの声。しかし、その声は何故か耳を飛び越え内面に響くようだった。

 全員が感じた。その言葉に込められた底冷えしそうな怨念。

 

 一瞬で視線がその泥人形に注がれる。

 一番初めに武器に手をかけたのはアイリスと山猿。

 しかしそれより早く、討伐隊の立つ範囲の地面に紫に光る紋様が展開される。


「魔法陣! しかも、これは!? 全員ここから離れてください!」


 シルクールが叫ぶが、遅かった。

 発光は爆発に変わり、重力に逆らう力が一気に爆発する。


「なにこれ!?」


「――やられましたね」


 アイリスが声を上げた頃には体は宙に浮いている。何かに引っ張られるような感覚。そして、周囲にはシャーリー、山猿、シルクールの三人。

 眼を下に向けるとすでに森となっており、周囲に向けると白い流星のような塊が数個、自分たちと同じように森の上空を飛んでいる。


 そしてここで異変が起こる。


「いや、離れるっ!?」


 シャーリーの声。

 見ると四人固めて飛ばされてたところを、シャーリーだけに別方向に引っ張られるように離れようとしていた。

 アイリスの耳に泥人形の言葉が反響する。

 『よわそうなおうぞく…おまえだけは…まっさきにおれのところだ――』

 おそらくそれはシャーリーのこと。

 そしてあの魔法陣は討伐隊を数人単位でいきなり森の中に飛ばすもの。

 ならば、その数人から一人を場余を選んで飛ばすのなど簡単なのでは?


 頭が結論に至ると、アイリスは素早く腰の木剣を抜きシャーリーに伸ばす。


「掴まって!!」


 それに気づいたシャーリーが手を伸ばす。

 シャーリーが木剣を掴んだ。その瞬間、シャーリーを引っ張る力が一気に強まり、手が離れる。


「あっ!?」


 シャーリーの短い悲鳴。

 そして、一人だけ離れると森の中央へ飛ばされていく。

 

「くそ!!」


 吐き捨てるようなアイリスの言葉。

 何とか体を動かそうとするが空中のため身動きが取れない。

 一瞬の油断。それが招いた失態。

 アイリスが悔いる。しかし、


「――空の神よ。我に力を与えたまえ」


 短い呟き。

 声の主は山猿だった。

 これまで見たことのない真剣な瞳でそう唱えると足を踏ん張る。――何もあるはずのない空中で。

 そして、アイリスとシルクールを一瞥し、


「俺様がいく。あの小娘は任せろ」


 一気に引っ張られるはずの空中で思いっきり曲げた膝をばねに跳躍し、シャーリーの飛ばされた方へ自身も全力で飛び跳ねた。


 すぐに四人組は離散し二人となった。

 一瞬の出来事に呆然とするアイリスとシルクール。

 しかし、そんな二人も段々と高度が下がり、地面が近づいてくる。


「ほー、やるね。山猿君。…さて、こちらも頑張らなくては。大丈夫かい、アイリスちゃん?」


 感心したようなシルクールの声。

 場違いに呑気なその声を聞き、アイリスも気持ちを切り替える。

 地面に着いたら、すぐに二人と合流するために――


「はい、大丈夫です。――シャーリーを頼んだよ、山猿!」


 いきなりの出来事に襲われた討伐隊一同は、思わぬ形で『死の森』へ突入した。


 ――インリウウィス魔物討伐作戦、開始。

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