表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/356

1章ー4話  「魔剣星の実力」

「おーい、起きろアイリス」


 そんな掛け声と肩を揺すられ、睡眠から浮上する。目がショボショボするが、だんだんと意識が覚醒していく。

 少女が目を開き、背筋をぐっと伸ばす。

 目の前には一日程前にあったばかりだが、もう見慣れた男の顔があった。

 馬車が町を出てから数時間。辺りはすっかり日が沈み、暗くなっている。

 そんな状況を確認して少女――アイリスは口を開く。


「んー。おはよ、おっさん。目的地に着いたのか?」


 すでに馬車は止まっており、辺りは真っ暗なことから内心ではもう目的地に着いていると判断していたためこの問いは、疑問というよりは確認だった。

 しかし、その認識は続く返答で覆られることになった。


「いや~困ったことに何か襲われてるっぽいんだ、これが」


 あまり困っている様には見えない軽い口調で男――グリシラ・リーヴァインは今の状況をそう告げた。


*****―――


 時を遡ること数分前。


 ふいにグリシラは荷台の手すりに寄りかかりながら、運転席にいるまだ若い御者に話しかけた。

 グリシラが馬車乗り場から抱いた印象としては、この御者は無愛想で話しかけづらいというのが正直なところだった。実際に普段なら馬車を利用する際は移動中に御者とは世間話に興じたりするのだが、この男と話したのは最初の運賃と行先の確認、それとささいな質問だけだった。

 その質問にもはい、いいえといった簡単な応答ですませると、すぐさま話を打ち切ってしまう。


「そろそろ着きそうか?」


「……はい、もう間もなくです」


 今回もそれだけ答えると、それっきり言葉を続ける様子はない。

 こんなやつもいるかと、グリシラもそれ以上言葉を交わそうとはしない。

 その約一分後、いきなり馬車は停止した。


「っと、ホントにすぐ着いたな。長時間ご苦労さん」


 グリシラが手すりに預けていた手を戻し、ねぎらいの言葉をかける。

 しかし、今度は男は返事を返さない。

 不審がったグリシラが腰を浮かせ立ち上がろうとしたとき、運転席の男がこちらを振り向いた。その男の瞳は狡猾さと下卑た感情で歪んでおり、グリシラは一瞬で感づいた。


「わりーな、おっさん。長旅ご苦労様、じゃあ――さっさと死ねよ」


 その予想を裏付けるかのように男は運転席から身をひるがえし、グリシラに向かって飛び込んでくる。その手には鈍く光る大型のナイフが握られていた。


 しかしグリシラは、はぁーっとため息を1つつくと、クルッと半身を捻って男のナイフを軽く避ける。

 そして、


「どいつもこいつもおっさん、おっさんって。俺はまだ32だっつーの!」


 そう恨めしげに言葉を吐きながら、ナイフを空振りし無防備な男の背中に思いっきり肘を打ち付けた。

 ドンッと鈍い音をたてて肘が男の背中にぶつかり、コンマ数秒後に再び男の顔と荷台の床が今度はガァンと派手な音を立てぶつかった。

 

 男はどうやら気を失ったようで、床に倒れたまま動かない。

 その様子を確認するとグリシラは荷台から運転席へ移動し辺りを見渡す。半ば確信していたがどうやら目的地にした場所とは全く違う場所。そして、この馬車を取り囲むように少し遠くで端末の明かりが四方八方に揺らめいていた。

 この状況にグリシラは心底めんどくさそうに顔を歪めて、


「あー、かったるい」


 そう心底忌々しげにつぶやいた。


*****―――


「てなことがあって、今襲撃され中なんだわ」


「って大事件じゃねーか!!」


 いきなり眠気が吹き飛び意識が覚醒するとアイリスは自分も運転席に顔をだし辺りを視認する。グリシラの言っていた通り辺りには明かりが揺らめいていた。そして心なしかその明かりはだんだんと馬車に近づいてきている。


「つーか、そこそこ音響いてたのにおまえよく起きなかったな。やっぱ相当疲れてたんだな」


 背後から焦っている様子が微塵もないグリシラの声がかかるが、アイリスは対照的にとてつもなく困惑している様子でグリシラに詰め寄る。


「どうすんの、ヤバいでしょ! 相手は数人じゃきかないよ」


「あーそれな。ちょっと気になるのが魔物が何体か一緒にいやがるな。ここらで自然発生することはほとんどないだろうから、それも多分あいつらが連れてるな」


「ま、魔物!?」


 グリシラの言葉にアイリスは驚きの声を上げる。普通に生きていれば魔物など絵本でしか見たことはないものだ。その驚きに無理はない。


「――んじゃ、ちょっくら行ってくるかね」


 驚愕の連続に襲われているアイリスを尻目に、グリシラは立ち上がる。


「……交渉にでも行ってくるのか?」


「交渉? いやいや、そんなことする理由はねーだろ、ちょっと懲らしめてくるのさ。とりあえず魔物は殲滅。人間は十中八九盗賊の類だろうけど、そいつらは気絶させて生け捕りだな」


 軽く言ってのけるグリシラにアイリスは唖然とする。

 「勝てるの?」自然とそんな心配するような疑問が口から出ていた。

 そして、その様子を見てグリシラは安心させるように豪快な笑顔をつくる。そして、


「俺を誰だと思ってんだよ、アイリス。サリスタン王国五勇星――『魔剣星』グリシラ・リーヴァインだぜ」


 そう父としての威厳を見せつけるかのようにグリシラは自分の肩書を名乗って、馬車から飛び降りた。

 チラリと馬車につながれた馬を見ると、自分の仕事は終わったといった感じで両手両足を地面に投げ出し座っていた。そんな様子に苦笑し、後ろのアイリスに一つ提案をする。


「あ、そうだ。これからの参考になるだろうから戦いはしっかり見とけよ。つってもすぐ終わっちゃうだろうけどな。あと危ないから馬車から降りてこないようにな」


 荷台から運転席へ顔だけ出していたアイリスはうんうんと顔を縦に振り頷く。

 それを確認し、グリシラは腰についている布袋を漁る。「なにがいいかな~」と少し手を動かし、一つの小さな巻物を取り出す。


 アイリスはこれを知っていた。というより実際には昨日屋上で見たばかりのものだ。

 アイリスがその様子を注視しているとグリシラが指で巻物をはじく。

 橙色と金色の混じったような刀身が煌めくアイリスの身長程の長さの美しい大剣がグリシラの手元に出現する。


「開放、光陽魔剣―『クラレンス』」


 グリシラが剣の銘を呼ぶ。すると次の瞬間、剣の刀身から光の粒子が溢れ出し馬車の辺りを包み込み幻想的な光景が展開された。


「とりあえず、辺りの様子を見てみねーと、な!」


 そう言ってグリシラがクラレンスを垂直に振り上げると切っ先から拳ほどの大きさの光球が天空へと放たれる。一定の高さまで上昇した光球は、はじけ飛び辺り一帯をまるで昼のように明るくした。

 グリシラとアイリスのいる馬車と盗賊団はお互いに視認しあう。しかし、その時点ですでに勝敗は決していた。グリシラはくるっと身を回し全体を見渡すと、魔物と人間全員の位置を把握する。一方、盗賊団は何が起こったのか把握できず焦っている様子が見て取れた。


「敗因は馬車が止まった瞬間、一斉に攻撃をしてこなかったこと。まあ中でのびてるやつの連絡待ちだったんだろうが、それにしても遅い。もし一斉に攻撃してきていたら……いや、でもどっちみち勝ち目はないな」


 おそらく届かないであろう言葉を相手に送って、グリシラは振り上げていたクラレンスをそのまま振り降ろした。刀身が地面に突き刺さると、光の粒子が一斉に枝分かれし盗賊団に襲いかかる。人には小さな、魔物には大きな光の斬撃が当たり、一帯が橙と金を合わせたような輝きの放流に覆われる。


 初撃の光が弱まったころ、一帯の広い地面の上に立っているのはグリシラただ一人。

 役目を終えたクラレンスは次第に輝きが少なくなり、そのまま巻物の中に吸い込まれていった。

 そして一瞬にして、30人を超える相手を無力化したグリシラは馬車のほうを得意げに振り返る。そして告げる。


「どーだ、アイリス。中々のもんだろ」


 そのグリシラの言葉に今日何度目かの、そして最大の驚きに彩られた表情をしていたアイリスは、


「か、かっけぇ!」


 と実に子どもらしいまっすぐな感想が口をついて出たのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ