2章ー24話 「作戦会議の始まる前に」
結局その日、三人はインリウウィスの入口から少し離れた場所の手ごろな宿に宿泊した。
もちろん男女の部屋は別。
しかし、魔物討伐の件で部屋の大半が埋まっており、アイリスとシャーリーは相部屋になった。
そして、日は空けて翌日。
三人は宿の前の道に集合していた。
前日の夜にとりあえず作戦会議の会場までは三人で行く予定は立てていたのだ。
一番後に宿から出てきた山猿がシャーリーを少し訝しげな眼で見る。
「ん? なんで、おまえそんな変な帽子かぶってるんだ?」
「あなたは本当に失敬ですね、別に変ではありません!」
ギロッと睨むシャーリー。
変かどうかはさておき、シャーリーが昨日は無かった目深な帽子をかぶっていたのは事実だった。
これは昨日の夜にアイリスと相談して決めたこと。
シャーリーが王女ということに気づいていない設定のアイリスだったが、一応シャーリー自身から王都の偉い家の娘であることは聞いている。
そこで「身分の高い家なら王都でシャーリーを見かけた人もいるかもしれない」と説得し、万が一にも正体がばれないためにと帽子をかぶることを提案した。シャーリー自身もその心配はあったようでその提案を快諾した。
今回はシャンゼンよりも王都に近い都市で、尚且つ今回の作戦には王都から派遣された騎士や魔法使い、名のある傭兵や冒険者も参加するはず。ならば王女であるシャーリーを王都で実際に見ている可能性は十分にあるのだ。
「大丈夫、似合ってるよシャーリー。――じゃあ、さっそく行こうか。もう昼を過ぎる頃だよ」
まだ一日と立っていないが二人の軽い口喧嘩は聞き慣れてしまったアイリスは、二人を手でちょんちょんと手招きして歩き出した。
フォローを入れられたシャーリーは、少し上機嫌でアイリスの後ろに追従する。
山猿もアイリスの言うことには素直に従う傾向があり、同じくその後ろに続いた。
一応知らない土地であるため、作戦会議の時刻より少し早めに出発したが、しかしその心配は杞憂に終わった。
「ああ、あの店かな」
アイリスが後ろの二人に分かるように眼前に見えてきた店を指差す。
かなり大きめの酒場のような店。
こんな場所で作戦会議をするのか、と思ったアイリスだったが、店の入り口に立つ黒いローブを着た魔法使いと思しき女性を見て正しい場所だと認識する。
「えっと、ここが例の魔物討伐の作戦会議の場所でいいんですか?」
女性に近づいて、確認の意味を込めた質問を投げかけるアイリス。
しかし、女性は三人の姿を捉えると少し嫌そうに表情を顰める。
「ええ、そうだけど。…あなた達もしかして作戦に参加するつもり?」
「? はい、そうですけど。一応年齢制限とかはありませんでしたよね?」
「それは、そうなんだけど。でも、今回は本当に危険な作戦なのよ。ちなみにあなた達、年齢は?」
「あたしは十五歳です」「俺様も十五だ」「えっと、私は十三歳になります」
口々に答える三人。
山猿が同い年のことに少し驚くアイリスだったが、女性は少しうんざりした様子、
「えっとね、さっきも言ったかもしれないけど今回の作戦は本当に危険で、命を失う可能性もあるの。それなのにあなた達みたいな自分の実力を勘違いした子どもが既に何人か中に来てるけど、正直理解しかねるわ。あなた達に命を懸ける覚悟が――」
「あー、おばさん。話が長い」
「お、おばっ!?」
そんな女性の忠告を遮る声。そして、その言葉に狼狽する女性。
ギョッとした顔のアイリスとシャーリーが声の位置に振り向くと耳をほじりながら、山猿が眠そうな顔で立っていた。
そして、何を思ったかそのまま店のドアに近づき、「たのもー!」と大声で叫び、ドアを開け放った。
絶句する女性三人だったがアイリスとシャーリーはハッとして意識を取り戻すと、
「えっと、ホントにすみません、口の悪い奴で。作戦会議が終わったら土下座させますんで。それにあなたが心配して言ってくれてるのは分かってるんで大丈夫です!」
「えっと私も分かってるんで心配なさらないでくださいね。…それと全然おばさんじゃないと思います、綺麗なお姉さんですよ!」
二人は女性に謝罪と励ましの声をかけながら、急いでその後に続いた。
店内に足を踏み入れると、そこは予想してたよりも多くの人で溢れていた。
体の多くに傷のある筋肉質な大男、身の丈ほどの大剣を担いだ剣士、杖を持った魔術師など様々な人物がいる。
そして、一番右奥のテーブルには、正装姿の腰に剣を指した集団。一番左奥のテーブルにはローブ姿の集団。おそらく彼らが王都から派遣されてこの都市に駐屯している騎士と魔法使いだろう。
だが、ひとまずそんなことはさて置くとする。
まずは今の現状が優先だ。山猿がいきなり大声で叫び、ドアを開け放ったことで店内の人々の視線は三人に集中していた。そして、その大半が好意的とは思えない視線だ。
しかし、そんなことお構いなしといった様子で山猿は空いている席を見つけると「おっ、あそこ空いてるぞ」とアイリスたちを手招きをして移動しようとする。
「おいガキ。ここは遊び場じゃねーんだぞ」
そんな山猿の前に先程まで酒をあおっていた若い筋肉質の男が席を立ち、行く手を遮る。
「通れねーよ、おっさん。俺様の道を塞ぐな」
「ああん! ずいぶん態度がなってねーじゃねーか、クソガキ。その連れの女二人の前でボコボコにしてやろうか」
「ほう、俺様をボコボコにできる実力があるとはとても見えないが…相手してやってもいいぞ」
山猿の小馬鹿にしたような態度とセリフに男の額に青筋が浮かぶ。
男の後ろにいた仲間と思しき連中も「やれやれ」と囃し立て今にも一触即発といった状況。
そこに、
「はい、やめやめ。すみません、こいつ凄い世間知らずなんで勘弁してくれません?」
そうアイリスが素早く割り込んで仲介する。
そして、筋肉質の男の返答を聞く前に山猿の方へ振り返る。
「あんたもすぐさま荒事にしようとするんじゃないの! もうすぐ会議始まるだろうからそれまで黙ってなさい」
と言って人差し指を鼻に当てる。
山猿はしぶしぶと「へーい」と納得の返事をして拳を下ろす。
「というわけで、さっさと空いてる席にいくよ」
それを確認したアイリスは山猿とシャーリーの手を引いていこうとする
しかし、
「おいおい、嬢ちゃん、そりゃねぇぜ。その生意気なガキは勘弁してやるから嬢ちゃん二人はこっちの席に来いよ」
再び男がそんなふうに話しかけてきた。
アイリスが振り返る。
先程とは違いその男の瞳には下卑た色が宿っている。後ろの仲間も同様に口笛を鳴らすなどして、ケタケタ笑っている。
しかし、男達は気づかない。振り返ったアイリスが内心イラッとしていることに。
「いえ、ご遠慮します」
「チッ、おまえらには断る権利なんかねーんだよ!」
そう言って、男がアイリスとシャーリーの手を無理やり掴もうとする。
山猿が再び戦闘態勢を取ろうとするが、途中で必要ないと悟ってやめる。
なぜなら、目の前の少女がすでに腰の木剣に手をかけていたから。そして凄まじいスピードで振るわれた剣は男の手がアイリスたちに触れる前に切っ先が男ののど元に触れる。
「――おい、いま何しようとした? 薄汚い手でシャーリーに触れようとしてんじゃねーよ、三下。八つ裂きにすんぞ」
イライラが凝縮されたような言葉と冷たい瞳。
何が起こったか分からない様な男の額に冷や汗が浮かぶ。
それを見てシャーリーは「おー」と小さい声で歓声を上げ、山猿は「えー」と不満そうに抗議の声を漏らす。
「…あのさ、金髪。おまえ十秒くらい前に俺様に言った言葉覚えてる?」
「もちろん。でもシャーリーに被害が及びそうになった場合は全ての前提条件が棄却されるからね」
「ハハッ、中々気持ちいいくらい単純な理論だな。気に入ったぜ」
アイリスの受け答えが面白かったのか山猿は楽しそうに笑う。
しかし、ここで納得いかなかったのは男の仲間と思しき五人だった。
怒りを露わにし、場所も弁えずに武器をとる。
それを見てシャーリーが「あわわ」と焦るが、アイリスと山猿は落ち着いた様子で木剣と拳を構える。
「ん、ちょうど三人ずつだな。もうなんか収まりつかなそうだし、俺様とおまえでさっさとやっちゃおうぜ」
「はぁー、仕方ないわね。まあ、この程度のやつらならどの道、討伐の役に立たないだろうし。まあいいか」
二人の冷静さにシャーリーはとってとても心強く、自身も冷静さを取り戻す。
何かあったときのためにシャーリーも魔法を発動できる準備を心に完了させる。
そして、一触即発な状況が崩れようとしたその時、
「やめないか、馬鹿どもが!」
そんな力強い大きな声が酒場に響いた。




