2章ー20話 「初めてと改めて」
踵を起点にクルリと振り返り、三体の魔物を視認するシャーリー。
これからとるべき行動はすでに頭の中で思い描いていた。
覚悟を決めて、右手を地面に、
「くうぅ! 『リファル』!」
一つ目。風属性で地面の土、砂、小石を巻き上げて視界を奪う。
相手に危害を加えるほどの扱いはできないが、これくらいなら問題なかった。
高度な魔物には体温感知や魔力感知で獲物を識別するものもいるという話は聞いたことがあるが、目の前にいる魔物はそれに該当しないと判断しての行動だった。
そして、素早く岩陰に入り込み、なおも移動を続ける。
狙いは後ろの二体のうちの右側。
おそらく、連携をとれるだけの知能はない。そのため、すぐさま三体で一か所に固まることはないと踏んだ。
そして、素早く岩陰から回り込む。
思った通り、三体は散り散りのままこちらには気づいていないことを確認して、シャーリーは岩陰から飛び出して目標の一体に接近する。
ここで目標の魔物がシャーリ―の存在に気付き、赤い瞳がギロリとシャーリーを捉えた。
頬に嫌な汗が一筋おちるが、構わず突っ込んで距離を縮める。
しかし、これは想定内だった。
お互いに手足が届く距離まで接近する。
先に攻撃態勢をとったのは魔物。鋭い牙を向けシャーリーに襲いかかる。
――怖い。瞬間的に負の感情が生まれるが気力でそれを打ち消す。
こんなことができた理由は、アイリスが纏わせてくれた風の鎧のおかげ。それにより、当たっても致命傷には至らないという一種の安心感があったため、シャーリーはさらに一歩踏み込めた。
目の前に迫った牙を寸前のタイミングで避ける。
「あっぶない!?」
牙を空振りしたことで魔物に隙が生まれた。そして、シャーリーはこの隙を待っていた。
魔物の緑色の腹部に両手を当てる。
「うっ…」
生物特有のむにゅっとした感触と体温が手から伝わり眉をひそめるが、この好機を逃すつもりは無かった。
シャーリーの手に魔力が集中するのが分かる。
魔力をコントロールするつもりは無かった。というよりできなかった。
ならば、
「ありったけをゼロ距離でぶつけます。信じてますよ、アイリスさん」
体に纏う風に語りかける。
そして、
「『フォルラクリーナ』!!」
初級魔法ですらまともに制御できないシャーリーが、中級魔法を自分の魔力をありったけ込めて詠唱した。
シャーリーの手を起点に光の爆発が起きる。
発動者も巻き込む光魔法の応酬。それにシャーリーは目をつむり、両手で顔を守るような防御姿勢で受けとめた。
シャーリーが目を開ける。
爆発は収まり、眼前はその衝撃で地面は抉れ、岩は砕けていた。
自分の状態も確認する。衣服は所々破れていたり焦げていたりで、もう街などを歩ける状態ではないが体の方は汚れが多少あるだけで傷はなかった。
そして肝心の魔物の姿は消え去っていた。
ゼロ距離での魔法だ、避けれる一撃ではない。そしてよく見ると魔物の血液のようなものが周囲の岩についていた。
「や、やったぁー」
それを確認し、両手を上げて喜ぶシャーリー。
すると今度は腰の力が抜けて、地面にへたり込んでしまう。
「よかったぁ…」
そのまま満足感のような充実感のような感情が生まれる。
つい先日までは考えられなかったことだ。自分が1人で魔物を倒せるなんて。
そして、シャーリーはふーっと息を吐き、緊張状態を解く。
――解いてしまった。魔物は三体いたのに。
シャーリーがふと後ろを振り向くとすでに二つの牙が迫っていた。
あっ、これは死んだ。一瞬のうちに悟るシャーリーだったが先程の攻防で体は疲弊しきっていたため動けない。
反射的に眼をつむる。
――パンッと乾いた音が耳に聞こえてきた。
ゆっくりと眼を開けると、黒い衣服の木剣を携えた少女が立っている。そして、その前には二匹の魔物が倒れていた。
音が響いたのは一回。倒れている魔物は二匹。
あぁ…、やっぱり凄いな。
胸に芽生えたのは純粋な敬意と憧憬だった。
そんなシャーリーに少女はこちらを振り向いてニコッと笑うと左手を差し出した。
「大丈夫? シャーリー」
「まったく、死んじゃう所でしたよ。アイリスさん」
ちょっとだけ悪戯心で憎まれ口をたたいて、その手を取るシャーリー。
しかしアイリスはニコニコ笑顔のままで頭をかきながら、
「いやー、本来ならシャーリーが戦う意思を見せたら助けに入ろうと思ってたんだけど、何か始めたからつい見入っちゃたよ。無茶するよね」
「いや、無茶させたのも無茶苦茶なのもアイリスさんですよ!」
「ハハッ、そりゃそうだね。――でも何か掴めたみたいだし大目に見てよ」
そう言うアイリスの瞳には何か確信めいたものがあった。
何でも見透かすようなその瞳にシャーリーは何故か安心感を覚えた。おそらくアイリスの人柄によるものだろうと納得する。
しかし、頭の中でそんなことを考えて少し黙っていたシャーリーを見て、アイリスが不安げな顔をする。
「…あれ、いきなりあんなことしてやっぱり怒ってる? ご、ごめん。いきなり実戦はやっぱり怖かったよね…」
「い、いえいえ、そんなこと全くないです! 全くです!! 事実初めて魔物と戦ったのに勝てましたし、そもそもアイリスさんに稽古付けて欲しいってお願いしたのは私ですし」
その反応を見て焦ったシャーリーは、顔をブンブンと振って体全体で否定を表す。
実際これは本心だった。
それを見て少し安心した様子のアイリス。
ここでシャーリーはあることを思い出した。
「あ、あの。アイリスさん」
「ん?」
「これから一か月ほどの間、改めてよろしくお願いします!」
「どうしたの、また唐突に?」
突然そんなことを言われながら、頭を下げられ困惑顔のアイリス。
「あー、えっとですね。よく考えたら森の時はあまり深く考えず申し込んでしまいましたし、昨日の夜は私の思いの丈だけを言ってそのまま寝ちゃったんで、今改めてと思い立ちまして…」
顔が少し赤い。
昨日の夜に泣きながら、寝てしまったことを思い出したのだろう、とシャーリーは悟る。
そして、
「うん、こちらこそ。改めて王都までよろしく」
そう言って、シャーリーの肩をポンポンと叩いた。
ここで改めて二人は旅の同行者となり、師弟となった。




