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2章ー15話 「偶然は必然に」


 いつの間にか先程までの涙声は消え、アイリスの胸で泣いていたシャーリーは寝息を立て始めていた。

 それを見て、アイリスはやれやれと笑顔を浮かべると、そのままシャーリーをお姫様抱っこで持ち上げて、ベットに寝かせて布団をかけてあげる。

 とても安心している様な寝顔だった。

 そして、それを確認すると、


「シェル、シャーリー寝ちゃったよ」


 そう天井に向かって話しかけた。

 次の瞬間、天井の一か所がパカッと開き、仮面が姿を現す。


「…前回もだけど、何で気配消してんのにわかるの?」


 仮面で素顔は見えないが、アイリスにはシェルの困ったような、凹んだようなそんな表情が声のトーンから推測できてしまう。


「慣れだよ、昔に親父と森でかくれんぼをしたことがあってね。そこで人の気配の探り方を教えてもらったの。まあ、シェルより親父の気配の消し方の方が上手かっただけだよ」


「…ずっと思ってたけどさ。アイリスちゃんかなりファザコン入ってるよね」


「なっ!? な、何言ってるの、あんた! ファ、ファザコン、そんなわけないでしょ!?」


 からかい半分で言った言葉に、一瞬で顔を沸騰させるアイリス。

 初めて見た少女の姿に仮面の下でシェルの顔がほころぶ。

 目の前の少女の年下らしいところを初めて見た、そんな気がした。


 アイリスは「違うからね!」と念押しするように言うと、部屋に常設してある椅子を差し出した。

 シェルも立ち話もなんだと思いそこに腰掛ける。


「今日は結構動き回ってたみたいだけど、仕事は終わったの?」


「うん、やるべき手回しは全部終わしたよ。あとは王都に手紙を送ったぐらいかな」


「へぇー、例の主への連絡? はい、これ。ご苦労様」


 アイリスがテキパキとした動作で淹れたお茶を差し出す。

 「ありがと」と一言述べ、シェルが仮面をずらし、お茶を一口。


「うん、たくさんの新情報を添えた連絡になった。…シャーリー様には悪いけどベヘモットとの邂逅は正直とんでもない幸運だったよ。ずっと知りえなかった情報や王国が調べ上げたことの確証が一気に手に入ったんだから。まあ、本物とは決まったわけじゃないんだけどね」


「たぶん本物だよ」


 アイリスの確信が籠ったような言葉。

 シェルも「うん」と強く頷いた。

 それはあの場にいた者にしかわからないこと。そして、あの場にいた二人はベヘモットが本物で、話した内容も本当のことにしか思えなかった。


 おそらく、このことを他人に話しても信じる人間はほとんどいないだろう。

 何せ五百年前に死んだはずのもはや物語の中の魔族だ。

 もちろん、アクリエルへの盗賊団壊滅の報告もベヘモットの件は全て伏せて伝えていた。


 しかし、王都の主へ送る手紙にはあの時起きた全ての内容が書き連ねてある。

 シェルは確信していた。

 必ず自分の主はこのことを信じてくれると。そして、起こすべき行動を迅速に、そして的確に起こしてくれると。



「でさ、話は変わるんだけど」


 会話が一段落を迎えたところで、不意にアイリスが少し真面目な声音で切り出す。


「――シャーリーって王女なの?」


 当主になりたいという強い思い。自分に仕えているわけじゃないのに張り付いているシェルという護衛。ベヘモットが最後に残した言葉。そして、先程抱きかかえたときに感じた魔力。

 すでに十分すぎるほど証拠は出そろい、これは質問というより確認に近かった。


 アイリスはこの質問に素直に答えてもらえるとは思っておらず、シェルの返答から答えを得ようとした。

 しかし、シェルは困ったように頭をかき、


「ばれちゃったかー。…うん、その通りだよ。――この方はサリスタン王国の直系、第二王女シャーリー・サリスタン様」


 そう正直に認めた。


「……そっか、やっぱりね」


「ん、驚かないの?」


「驚いてないと言ったら嘘になるよ。でも驚くというより、合点がいったって感じかな。シャーリーを王女すると色んなことに説明がつくしね」


 「なるほどなー」と天井を見上げ、一人つぶやくアイリス。

 頭の中に一瞬で色々な考えが浮かぶが、それらは形とならず消えていった。


「…あのさ、アイリスちゃん。これは普通にシャーリー様の護衛とか関係なくお願いしたいんだけどさ」


 そんなアイリスにシェルが少し頭を低くして声をかける。


「これからもシャーリー様には王女としてじゃなく普段通りに接してあげてくれないかな。勿論アイリスちゃんはシャーリー様の正体を知っていることを打ち明けずに」


 真剣な言葉。

 これだけで目の前の人物がシャーリーを案じてくれていることがアイリスに伝わってくる。

 そして、シェルは続ける。


「実はね、シャーリー様はある事情で生まれたときから王城にいるわけじゃないの。だから、王城でも知り合いは少なくて、話せる相手も限られてたんだ。私もちょっと立場上シャーリー様とは話せなくてね。だから、アイリスちゃんはそのままでシャーリー様と付き合ってほしいの。お願いできないかな」


 シェルの願い。

 それを聞き届けたアイリスは、


「お安い御用だよ。それに元々そうするつもりだしね。シャーリーが王女だろうと貴族だろうと町娘だろうと孤児だろうとあたしがシャーリーの力になりたいって思いは変わらないし、変えるつもりは無い。だから、安心して」


「そっか、ありがとね」


 そう笑って、胸を張り宣言してみせた。

 短く、けれど万感の思いが籠ったシェルの言葉が部屋に響いた。

 

 

 アイリスの意思を聞き届けて、コップのお茶をグイッと飲み干したシェルが椅子から立ち上がる。

 話し出したのが遅かったため、すでに時刻は0時を迎えていた。


「安心したよ。それじゃ、私は護衛に戻るからアイリ――」


「待ちなさい」


 そのまま再び屋根裏へ消えようとするシェルの腕をグイッと掴むアイリス。

 先程とは違い、何かをたくらむ笑みがその表情に出ていた。


「あなた、まだあたしに話すべきことがあるよね」


「……はーて、何のことでっしゃろか?」


 とぼけて口調がおかしくなってしまうシェル。

 しかし、アイリスも譲るつもりは無かった。


「魔神復活とかいう物騒なことについて説明を」


 それはシェルがベヘモットにした質問。

 『あなた達がこの先、それも五年以内に魔神を復活させるつもりなのは本当ですか?』

 まるで魔神復活が前提のような問い。アイリスはずっと気にかかっていた。


「魔神??? 復活???」


「ちょっと外に出て実戦稽古しない?」


「わかった、わかったよ!」


 白を切り通そうとするシェルにアイリスの軽い脅迫。

 その言葉に意外とあっさりとシェルは降伏した。


「まあ、アイリスちゃんならいいか、その強さなら結局関わってくるかもしれないし。――でも、一応言っとくけど絶対他言無用だよ。王都でも知ってる人は限られてる極秘情報だから」


 そう前置きするとシェルは再び椅子に座りなおす。

 アイリスも少し長い話になると察し、お茶を新しく入れなおす。


 水遊都市アクリエルの夜は更けていった。

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