2章ー14話 「理由はいらない」
水遊都市アクリエル。
文字通り水を用いた文化が発展している都市で王国の中でも歴史は古い。
街中のいたるところに水路が張り巡らされており、それを目的とした観光客も少なくない。
そんなアクリエルの中心街から少し離れた場所に建てられた宿。
その宿の一室のドアの前にアイリス・リーヴァインは立っていた。
ベヘモット達と遭遇してから二日。
捕らわれていた女性たちはベヘモット達が去った後、まるで昼寝でもしていたかのように目を覚ました。
そして、アイリスたちは彼女たちを連れてアクリエルまでやってきたのだ。
盗賊団の壊滅、そして消失。捕らわれていた女性たちのこれからの境遇。
この二つに関してはシェルが自ら引き受けるとアイリスに名乗りを上げ、アイリスも彼女なら上手くやるだろうとその件に関しては全て彼女に託した。
シェルはアクリエルに着くと同時に、アクリエルの警備隊や常駐騎士に事の顛末を伝えに行き、ちょうど本日部隊が盗賊団の住処を確認しに行っているようだ。
しかし、アイリスにとってそれらのことよりも重要なやるべきことがあった。
目の前のドアを軽く二回ノックして、中からの小さい返事を確認しドアを開け放つ。
「…あ、アイリスさん。こんばんは…」
そこにはベヘモットの最後の言葉を聞いてから、見るからに意気消沈していたシャーリーの姿があった。
二日経ってもその様子が改善されそうにないからアイリスが今日この部屋を訪れたのだ。
ベヘモットの言葉を聞いたシャーリーの落ち込み様は凄まじかった。
突然現れたシェルについても何を聞くことはなく、まるでそのまま頭から抜け落ちたようだった。
「ここ座ってもいい」
アイリスはシャーリーの部屋に入るとシャーリーが腰掛けているベットの隣を指で指す。
「はい」と了承の返事を確認し腰を下ろす。
「元気ないね」
「…そうですか?」
とぼけたような、しかし隠しきれていないシャーリーの声。
その様子にアイリスはいきなり本題に斬り込むことにした。
「ベヘモットの言葉、そんなに響いた?」
「……」
答えは帰ってこないがアイリスは続ける。
「正直一日寝れば直ると思ってたんだけど、直らないってことはあいつの言葉が少なからずシャーリーの心に刺さっちゃったってことでしょ?」
「……はい」
絞り出すような声。
それを聞き、アイリスはそのまま空いている右手をシャーリーの頭を優しく撫でる。
「あんな奴の言うことを気にしなくていいんだよ。それでも、もし気になるっていうんなら自分を変えればいい、逆に指摘されたことを好機と思えばいいの。人は簡単に変われないっていうけど、変わろうって意志さえ持てばいつかは変われるものさ」
「……」
「それにシャーリーはまだ十三歳。発展途上もいいところなんだから、一月もあれば別人みたいになることもできる。だってこれからあたしと王都まで旅するんでしょ、なんならあたしも全力で手伝うよ」
顔をシャーリーに向けニコッと笑うアイリス。
「……な、なんで?」
「ん?」
「なんで、アイリスさんはそんなに私に優しくしてくれるんですか?」
それはただの純粋な疑問。
アイリスとシャーリーは出会ってまだ四日程度。
しかし、この四日間でシャーリーは何度もアイリスに助けられてきた。
王女としての立場を公開した上でなら、自分に優しくしてくれ助けてくれるのは分かる。
しかし、今はただの世間知らずの子ども。そんな自分に何故アイリスがずっと優しくしてくれるのかシャーリーにはわからなかった。
もしかしたら知らないふりをしているだけで実は―――、
「バカだねぇ」
そんな酷い考えが頭に出かけた瞬間、優しく微笑んだアイリスがシャーリーをギュッと抱擁した。
「ちょっ、えええ、アイリスさん!?」
頭の中の考えが消し飛び、顔を赤くし素っ頓狂な声を上げるシャーリー。
そんな彼女の耳元に心を落ち着かせるような声で、
「あたしがシャーリーに優しくするのに理由なんかいらないんだよ」
「え?」
「シャーリーが困ってたり、ピンチだったらあたしは力になりたいと思ってる。だから、あなたに助けが必要だったら、あたしが助ける。ね、凄く単純でしょ、そこに理由なんていらないの」
「……」
「だから安心してあたしに頼っていいんだよ」
言葉は出なかった。
そして、一瞬前までアイリスを少しでも疑う気持ちのあった自分が嫌になる。
その声には何故だか心を落ち着かせる安心感があった。
頭の中でごちゃごちゃしていた考えが消え、感情が表に出てくる。
「…うぅ、うう、ぐすっ…」
鼻をすするような、涙をこらえるような声。
遅れてシャーリーはそれが自分の嗚咽だと気づいた。
「はい、よしよし」
アイリスがシャーリーを抱きとどめながら、その頭を優しく撫でる。
「…私、ホントに世間知らずで何もわからないで…これからもきっと、いえ必ず迷惑かけることになります」
「ハハッ、望むところだよ。お姉さんに任せなさい、最初は誰もそんな感じなんだから。シャーリーも王都に着くまでには変われるよ」
「う、ううぅ…、アイリスざん…、アイリスざん」
それから少しの間、シャーリーはその胸の中で涙を流した。
そして、その日は泣き終えたスッキリした顔で眠りについたのだった。




