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5章ー44話 「最強求めし到達点」


 ほとんど毎日が退屈な日々。

 つまらなくはない。だが、恐ろしく退屈だ。


 俺と戦いが成立する人間も時代の経過と共にどんどん減っていった。

 だが、その数少ない戦いが成立する人間とも戦えない。何故なら向こうに俺と戦う理由が無いのだから。

 できてもせいぜい力比べ。本気の命を懸けた闘争などできるはずもない。何故なら俺は『聖女』なのだから。


 ならば、そんな俺が心置きなく戦える相手とは誰なのか。

 単純明快。それは魔族だ。やつら相手ならばめんどくさい配慮の必要もない。しかし、そいつらともまだ戦えない。『魔神』が復活していないから。まだ戦いは始まっていないから。

 まぁ『魔神』復活前と言えど王国が命じるという大義名分があれば、俺一人で魔界に殴りこんで残存魔族相手に大立ち回りを演じることも可能だが…そんな決断を今の緩みきった王国が下せるはずもない。

 俺としても『魔神』とは戦いたいしな。だからまだ魔族と戦うこともできない。


 八方塞がり。

 故に俺は『聖女』としての職務をこなして、何十年後…下手したら何百年後になるやもしれない『魔神』復活のその時をただただ待つだけ。

 それしかできない。


 ――そう思っていた。お前が俺の目の前に現れるまでは。


 ***―――――


「――!?」


 反応できなかった。

 その事実が『聖女』の瞳を驚愕に見開かせる。

 スッ、と鮮やかで静かな風切り音と共に放たれた拳はそのまま彼女の腹部にめり込んだ。


 鋼鉄で殴られた様な衝撃と共にラグアの拳が振り抜かれる。

 そしてそのまま『聖女』の肢体が空中に打ち上げられた。


 ――おいおい…。


 しかし、殴り飛ばされた『聖女』の表情には苦痛も恐れも浮かんでいない。浮かんでいるのは口元に刻まれた笑みだけだ。

 サッ、とその体勢のままにゆっくり手を合わせる。同時に目の前に結界が展開された。 

 次の瞬間、


 ――ドン!!


 『聖女』の眼前まで飛び上がってきたラグアによる蹴りが轟音と共に放たれた。

 その蹴りは結界をまるで薄い板の様に軽々と砕き、『聖女』の身体をそのまま後方へと蹴り飛ばした。

 ドゴゴゴゴゴッ、と『聖女』の身体が荒野を凄まじい勢いで転がる様にして数十メートルほど吹き飛ばされる。


 普通の人間ならば、全身の骨が砕けて人の形を保てなくなるだろう。

 しかし『聖女』は、


「~~~~~~~~~~っ! いいねぇ~!」


 まるで当然の様にその場からすぐに立ち上がった。

 先程口元に刻まれていた笑みは更に深く、嬉々としたものへと変貌している。

 ラグアもまたその程度では『聖女』が倒れるとは思っていないようで、すでに追撃のために駆け出している。


「これならどうする?」


 パチン、と『聖女』が両手を叩く。

 そして「指定領域結界『重』、出力最大」と唄うように呟いた。

 

 瞬間、『聖女』とラグアの中間地点に結界が構築される。

 先程のものとはわけが違う。下手な攻撃では仕掛けた側が粉々に砕かれる。それを見ただけで感じ取り、ラグアは拳を全力で握り、大きく振りかぶると、


「らぁっ!!」


 練り上げた魔力と武と肉体、それの全てが籠った突きを正面から打ち込んだ。


 ――ボン!!


 『聖女』の眼前で爆ぜる様にして結界が砕かれた。

 一撃。それも拳の単なる突きによる攻撃での破壊。


「――――なるほど」


 それを目の当たりにして、『聖女』は一端先程まで浮かんでいた笑みを引っ込まると、目を細めてそう呟いた。

 そして腕まくりをしていた修道服を脱いで、それを腰に巻き付けてギュッと結ぶ。

 修道服の内に着ていたのは簡素な道着の様な衣類。そこから露出した肉体は長い長い修練の果て――その境地を感じさせる様に恐ろしい程に引き締まっていた。


「どうやら『聖女あとづけ』の力は、お前相手には通用しないらしい」


 小さな声で『聖女』が呟く。

 だが、当然極限の集中状態になっているラグアにその小さな呟きは届かない。

 結界を砕き、そのまま『聖女』へと肉薄する。そしてそのまま全力の拳が放たれた。

 

 ――パシッ!


「ふんっ!」

「っ!」


 しかし、今度は綺麗には決まらない。真正面からその一撃を『聖女』が己が掌で受け止めたからだ。

 ラグアが引こうにも押そうにも、中々手が離れない。

 そんな彼に、


「よくここまで練り上げた。よくここまで鍛え上げた。どうやらお前は、本気の俺と戦える人間になった様だ」


 すでに言葉を交わす時間は終わった。

 だが、それでも『聖女』は口を開かずにはいられなかった。


「いくぜ!」


 拳を受けとめた掌から力を抜く。

 同時に、


「~~っ!?」


 もう一方の手でラグアの腹部へと先程のお返しの突きを放つ。

 ラグアの身体がその勢いの後退する。だが、


「んんっ、そうこなくっちゃな」


 彼は倒れない。

 それどころか、すぐに体勢を立て直して真っ直ぐに聖女を睨み付けた。まだまだ余力十分、その瞳がそう言っていた。


 ――幾年ぶりだ? ここまで心がたかぶるのは。


 ラグアを見る『聖女』の表情。

 そこにはすでに笑みが戻っていた。

 油断している訳でも、ましてや相手を下に見ている訳でもない。ただただ純粋な歓喜がそこにはあった。


「もう魔神復活までは、本気になることはないと思っていたんだが…巡り合わせってのは面白いもんだ」


 再び自然と口が開く。

 だが、これが最後。これが終われば次にどちらかの口が言葉を紡ぐのは、戦いが終わった時となる。

 だからこそ、


「お前の磨き上げた武の極み、全て俺に見せてみろ!! さぁ、本気の戦いを始めようぜ!!」


 その言葉と共に、最強を求めた者たちの本気の命を懸けた戦いが始まった。


 



 全ての決着が着いた時、その荒野は戦争の激戦地の様に形を変えていた。

 多くの地面は穿たれ、地形は変化し、元の原型は無くなっている。


 そんな中で一際大きく穿たれクレーターの様になった地面に、一人の男は仰向けに倒れていた。

 そして、その倒れ伏した男の前に一人の女が見下ろす様にして立っていた。

 

「ふぅ~」


 男の意識はすでにない。

 死んでいる訳ではないが、まさしく精根尽き果てたといった風に気を失っていた。

 それを確認し、ゆっくりとそして大きく『聖女』が息を吐いた。


「――お前に、お前がここに至るまでに費やした歳月に、ただただ敬意を表するよ」


 腰に巻いていた修道服を再び身に着ける。

 そして『聖女』はそのままラグアに背を向けて歩き出した。

 治癒術での治療はしなかった。それをしてしまっては先程の時間を汚してしまう様な、そんな気がしたから。


 穿たれた地面の外まで歩き、そこで『聖女』が振り返る。

 そして倒れるラグアを一瞥し、


「誇れ、お前は――」


 そう手向けの言葉を残して、『聖女』はその場を後にしたのだった。


 ***―――――


「それにしても本気で無駄な時間だった」


「まったく…『聖女』様の貴重なお時間を浪費させるなんて本当に呆れた人たちですこと」


 王城を後にした『聖女』は、『南院神官』サウネリアの手配した馬車で聖道院へと向かっていた。

 そしてその隣にはサウナリア本人がピタッと寄り添い、その話し相手になっていた。


「あっ、そうだ。結局そうはならなかったけど、あの手紙の内容を聞いた時のあいつらの反応はどうだった?」


「とりあえず、ローラさんはお怒りになっていました」


「相変わらずお固いやつだな~」


「ですねぇ、『聖女』様のすることが間違いなはずがありませんのに」


 つい先程まで王国上層部を皆殺しにしようとしていたとはとても思えない様な呑気な『聖女』とその態度が当然の様にして接するサウネリア。

 そしてそんな会話が続き、すぐに馬車は聖道院の近場に到達した。

 もともと王城と聖道院は地理的にそこまで遠くに位置している訳ではないのだ。


 馬車が停止し、まずはサウネリアが降り、続いて『聖女』が降りる。


「あ~、かったるい一日だったぜ…。それに――やっぱ見逃さずに殺っときゃよかったかね。俺も甘いなぁ」


 そしてそんな愚痴と共にそのまま彼女が聖道院の中に向かおうとした時だった。


「ん?」


 『聖女』の視界の端。そこに不審な男の姿を捉えた。

 …いや、不審なだけではない。その男――なにかが気にかかった。


「おい、そこのお前」


 そして気づけば『聖女』はその男に声をかけていた。

 ビクン、と肩を跳ねさせる男。そして彼は少し迷う様な仕草を見せた後に、ゆっくりと『聖女』に向き直った。


 恐らくそこそこの年齢だが、それを感じさせない程に鍛えられた身体。同じく未だにしっかりと張りがある様に見える顔立ち。

 そして、老いてはいるがしっかりとあの頃の面影が残ったその顔立ちを見た瞬間に、『聖女』の記憶の中で未だに色褪せぬあの戦いの記憶が洪水の様に溢れ返った。

 

「おいおいおいおいおい! 久しぶりだな、おい!!」


 思わず大きな声が口から出てしまう。

 それに男は「なっ!?」と動揺した様な顔を見せた。そしてその場にいるもう一人もまた、


「どっ、どうされたんですか? 『聖女』様」


 その珍しい『聖女』の高揚した様子に驚き、そう問いかけていた。


 ――そうか…、あのときは確かまだサウネリアはいなかったな。


 何となく当時を思い返し、そう納得する『聖女』。

 そしてそのまま彼女の背中をバシバシ、と叩きながら、


「聞きたいか、サウネリア。あいつはなぁ、少なくてもここ二百年程の中じゃ俺が戦った中で最強・・の男だ」


 そう目の前の男についてサウネリアに語った。

 が、


「――――は?」


 どういう訳か、サウナリアよりも先に信じられない様な声を出したのはその男の方だった。

 

「ん? どうした?」


 その驚愕の意味を計りかねて、『聖女』がそう問いかける。

 だが、男の方は中々二の句が紡げないでいた。

 最強。『聖女』が発したその言葉が上手く咀嚼できなかったからだ。だから、


「俺を最強……と、言ったのか?」


 そう疑問そのままに問いかける。


「? ああ、あくまで俺が戦ったここ二百年程の中ではって話だけどな」


 すると『聖女』もまた少し不可思議そうにしながらも、ハッキリともう一度そう言った。

 

「…おっ、俺は」


 そしてその言葉を皮切りに、ポツリポツリと男の口が言葉を紡ぎだした。


「俺は…あんたに負けた」


「そうだな」


「全力で挑んだ。あそこが俺の中の肉体と武の全盛だとそう確信して、俺の全てを懸けてあんたに挑んだ。…そして負けた、真正面から完膚なきまでに叩き潰された」


「そうだな」


「俺はあんたに勝てなかった。だから俺のそれまでの人生は何の意味もなかったと、ただただ無駄だったと、そう思って今まで生きて――」


「はぁ~…。お前は馬鹿か?」


 その言葉の途中で『聖女』が呆れた様にそうため息を吐いた。

 そして一歩二歩とラグアに近づき、


「あの領域の強さに踏み込んだお前の人生が何の意味もない訳がないだろう。お前はただの人の身でありながら、武の境地に辿り着いた。普通の人間が生きる時間よりも多くの時間を武に費やした俺とその身一つで対等に戦えるまでになった」


 真っ直ぐに正直にそう言葉をかける。

 そして、


「誇れ、お前は自身の強さの到達点に至った。この俺が断言してやる、あの瞬間お前は間違いなく最強だった」


 あの時届かなかった最大の賛辞の言葉は、数十年の時を経て、そう本人に告げられた。


「―――………そうか」


 クルリ、と男が『聖女』に背を向ける。

 その手は何かを拭うように目元へと添えられていた。

 それを見て、「ふぅ~」と小さな笑みを浮かべて息を吐くと、


「一緒に酒でも飲むか? あの戦いの後、一切行方が分からくなったお前の昔話も聞きたい。俺も今日の仕事をさっき終えた面倒事だけでこの後は暇だしな」


「――――いや」


 何となくの『聖女』の誘いに少し間を置いて、男は首を横へ振った。

 そして片手を上げて歩き出しながら、


「またの機会にご一緒させてもらうことにするさ。――今日は少し、一人で思いに浸りたい気分だ」


「そうか」


 クスリ、と笑って『聖女』はその背から視線を外した。


 今この瞬間に、ようやくラグアという一人の男の最強を目指す旅路が本当の意味で終わりを迎えたのかもしれない。


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