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5章ー39話 「その出会いは運命を変える」


「まったく、もういい歳なんだからぶっ倒れるまで無茶すんなよ」


 ため息を吐きながら、リアナがそう窘めるように言いながら病室に入ってくる。

 そして、そのままリーンが横になるベットの側に置かれている椅子へと腰を下ろした。


「はは…、それに関しては返す言葉もない」


 苦笑しながらリーンが頬をかく。

 そのまま「それにしても」、と言葉を続けると、


「お見舞いに来てくれるにしても随分と早いね」


「ああ、それは――」


「私が連絡入れたんだよ。お前のお袋に頼まれてな」


 リアナが何かを言うよりも先に、イーリアが言葉を被せる様にしてそう答える。

 「ああ」、と納得するリーン。リアナもまたチラリ、と彼女の方へ視線を移して肯定する様に頷いた。


「いやぁ~、しかしお前も出世したよな。今や王国で知名度抜群の騎士様だ」


 そんなリアナを見て、イーリアが笑う。

 しかしリアナの方は照れるわけでも謙遜するわけでもなく、


「そりゃどうも」


 と、どうでも良さそうにそう答えた。

 リアナもリーン程ではないがこの修道女とは面識があった。幼少期、少なからずこの『聖道院』にはリーンの付き添いやお見舞いで来ることがあったからだ。

 

「相変わらず可愛げのないやつだ」


 その昔から変わらずの性格と態度に言葉とは裏腹に可笑しそうに笑ってイーリアは言った。

 そんな彼女の言葉にリアナは答えずに、視線をリーンに向ける。


「――で、なんでぶっ倒れたんだ? 今のお前の身体の状態じゃ、こうなるのはわかっていただろう」


 そして少し真剣な瞳でそう問いかけた。

 

「護らなければならないものを護るためかな」


 それに対してリーンが間を置かずに、そう答える。

 抽象的で何一つ具体的な事を言ってはいない回答だ。しかしそれが何かを隠す為でも誤魔化す為でもないことは長い付き合いの親友には理解できた。


「そうか」


 短くそう言って納得を示すリアナ。

 深く追求しようとはしない。それがリーンにとっては心地よかった。


「まぁ、俺はそれで納得するけどよ。お前の親父さんとお袋さんには嘘でもいいからもうちょい何か説明してやれ。俺の比じゃないくらいお前を心配してるし、世話になってるだろ」


「うん」


 リーンが強く頷く。

 それを確認して、「よっこいしょ」とリアナが椅子から立ち上がった。


「もう行くのかい?」


 意外そうにリーンが問いかける。


「ああ、ちょっとした任務終わりでな。一応団長に報告だけでもしておかねぇといけねぇんだ」


「…そうなんだね」


「――。なぁ、リーン」


 そこで再びリアナが真剣な瞳を向ける。

 

「やっぱりまだ、後悔しているのか?」


 なにを、とは言わない。

 言わなくても二人には当然の様にそれが何を意味するのかはわかっていたから。


「――後悔なんてまったくしてないよ」


 少しの間を置いて、リーンは真っ直ぐにリアナの瞳を見つめてそう答えた。

 

「未練はある、当然だ。このが丈夫ならば…いや人並みならばと考えた回数は数知れないよ」


 自身の胸に手を当てながら、眉を顰める。

 しかしすぐに表情を緩めると、


「でも、後悔はない。諦めると決めたときに、――思いも夢も全てリアナに託したから。そのリアナがこうして騎士として活躍してくれている、それだけで僕は十分に満足しているよ」


「――そうか」


 どこか寂しさの含まれた声音でリアナが声を落とす。

 その親友の様子に気づき、


「それに憶えているかい? 子どもの頃の戦績は少しだけ僕が勝ち越している。つまりリアナが活躍すればするほどに、もし僕の身体が丈夫だったら僕はキミ以上に活躍できた可能性が高い。僕の空想の中ではキミは常に僕に負けているのさ」


 と明るい声音でそう胸を張って言って見せた。

 「はっ、なんだそりゃ」、とリアナの表情にも笑みが浮かぶ。そして、


「じゃあな、早く回復しろよ」


「ああ、そっちも頑張ってね」


 後ろ手に手を振ると、彼の唯一無二の親友はそのまま病室を後にしたのだった。


 ***―――――


 リアナが病室を後にし、イーリアも何か別の仕事があるとかでその場からいなくなっていた。

 静かになった病室。やることも無いのでもう一眠りでもするか、とリーンがゆっくり目を閉じようとした時だった。


「あの~」


「はい?」


「少しお話いいかな?」


 不意に声がかかる。

 声の主はイーリアとボードゲームの様なものに興じていた修道女。そう言えば、イーリアが出て行っても彼女はまだこの病室内にいたままだった。


「別に構いませんが…」


 少し不思議に思いながらもリーンはその提案を受け入れる。

 

「あの…さっきの話だけどさ」


「ああ」


「ごめんね。プライベートな話だし聞かないように部屋を出ようかなぁ~、とも思ったんだけどその機会も無くて」


「いえいえ、気にしないでください。別に知られて困ることでもありませんし」


「そっか。…それでさ、聞いたところによると肺が先天的に弱い感じかな?」


「えっ、ええ…まぁ」


 予想外に突っ込んでくる問いに少し驚きつつも、リーンが正直に答える。


「先天的と言えるかは微妙ですね。幼少の頃は普通に剣の稽古も何一つ支障なくできました。それが十歳くらいの頃に急に息苦しく感じるようになってきて、それから少しして稽古中に初めて倒れて『聖道院』に運ばれたんです」


「…へぇ」


「そこで肺が弱いこととそれが治ることはないという事実を伝えられてましてね。でも剣の道を諦めきれずにまた稽古しては倒れて…、それからはその繰り返しでした。そして繰り返すごとに、倒れるまでの時間が短くなったといって、最終的には一分も満足に剣を全力で振れなくなって諦めた、という流れです。まぁ激しい運動ができないだけで、日常生活に支障はありませんけどね」


 そしてそのまま、今までの自身の人生をかいつまんでリーンは説明した。これを無関係な誰かに話したのはラグアに次いで二度目だ。

 そしてその話を聞き終えると、修道女は顎に手を当て何かを考え込むようにして、「なるほどなるほど」と呟いていた。


「治癒術はキミの肺には効果が無いんだね」


「ええ、作用対象外だそうです。もし何かの病気で弱っていたり傷を負っていたりならば治せるけれど、元から弱いものに治癒術は効かないそうです。貴女もご存知ですよね?」


「まぁ、そうだね」


「――――」


「――――」


 会話が止まり、沈黙が病室を覆う。

 少し気まずくなり、「すみません、寝ます」とリーンが再び目を瞑ろうとする。

 が、


「――袖触れ合うも多生の縁…か」


 そこで修道女が小さな声でそう呟いた。

 「ねぇ」、と再びリーンに彼女の声がかかる。


「キミ、子どもは好き?」


「? …はい、好きです…けど?」


 脈絡のないその問いに首を傾げながらも素直に答える。

 すると修道女は二カッ、と笑った。


「おっ、そりゃよかった。ちょうど子ども達が増えすぎて働き手が足りないって母さんがこの前に愚痴ってたところなんだ」


「…えっと、……話が見えないんですけれど」


「いやさ、実家が孤児院やっててね。私も王都から数日中に帰る予定なんだけどさ、キミも一緒においでよ。雇ってあげる」


「はいっ!?」


 思わず大きな声が口から漏れる。眠気も吹き飛んでしまった。意図が読めない。というか意味がわからない。脈絡が無さすぎる。

 そのリーンの内外同時の動揺に修道女は苦笑し、


「おっとと、一番大事なことを言うのを忘れてた」


 修道服の右手を捲り椅子から立ち上がった。

 そして、


「えっ…?」


 そのままリーンの側まで歩いて来て、おもむろに自身の右手を横になっている胸の中央へと触れさせた。

 スーッ、と暖かい感覚がリーンの胸を満たす。恐らく治癒術だ。だが、それは今までの幾度となくされてきた治癒術でも治療にはなかった不思議な感覚だった。


「これ…は?」


「私の治癒術は、万物に作用する。肉体、魔法、自然現象、人工物、なんにでもね。だから多分――私なら治せるよ、キミの身体」


「~~~~~~~!?!?!?」


 そして続く修道女の言葉は思わず身体が跳ねる程の衝撃をリーンに与えた。

 

「まぁ一気には無理だろうけど、定期的にキミの肺にピンポイントで私の治癒術をかければきっとね。まぁ月単位か、年単位の時間がかかるかもしれないけどさ」


「なっ………!?」


 さも当然の様に伝えられたその言葉にリーンは未だ上手く言葉を紡げないでいた。

 当然も当然だ。絶対に治らないと思っていた、数年前に諦めた。その全てを覆す希望がいきなり目の前に提示されたのだから。


「だからさ、うちで住み込みで働ければ私が毎日治療してあげるよ。もちろんお給料も出るよ。どう? ウィンウィンな話だと思うけど」


 だが修道女の方は反対に流れる様に言葉を紡ぎながら、そう問いかけた。

 そして、


「あっ、貴女は一体…?」

 

「あらら、またもやうっかり。ごめんごめん、名前もまだ教えてなかったね。私はシオン・リーヴァイン。元『聖道院』所属の現リーヴァイン孤児院副院長をやってます♪」


 リーンはそこで初めて、自分の運命を変えることになる女性の名前を知ったのだった。


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