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5章ー35話 「時計仕掛けの剣士」


 倒すべき敵。

 詳しい経緯はわからないが、左手一本となった人斬り。

 それを前に若先生はぶつかり合った剣から不意に力を抜いた。勝負開始の合図はない。あえて言うならば先程に彼がした一分以内での勝利宣言がそれに類するものだったのかもしれない。


『ぬっ!?』


 いきなりの脱力に人斬りの身体が前かがみになる。

 そのまま若先生は自身に向かってくる力の流れを上手く躱し、刀身を滑らせるように剣を受け流す。そして斬り返しの一撃を瞬く間に人斬りの胸部へと放った。

 一連の動作に全く無駄と淀みが無い。その動きに後方で見ていたシルヴィは目を見開いて驚きを露わにした。


 ――バカな…!? これで『近衛騎士団』を諦めただと…!?


 それは一目見ただけで相当な量の鍛練と恵まれた才気を感じさせるほどの剣技だった。

 疑問は驚愕となり、一瞬で聖剣を奪い返そうという考えは消え、ただ目の前の剣戟に目を奪われる。


『~~っ!?』


 サッ、とその一撃が回避行動をとった人斬りの脇腹を浅く斬る。だが、ほんの薄皮一枚程度の傷だ。

 すぐに人斬りは剣を構え直し、若先生に向かい斜め上から長刀を鋭く振るう。

 しかし、


『なにっ!?』


 その一撃はスゥ、と空を斬った。

 軽やかなステップでヒラリと躱されてしまったのだ。だが、ただ躱しただけではない。それはまるでそこに斬撃が来るのがわかっていたかのような必要最低限の動作での回避だった。

 普通だったらわかっていてもできない。何故なら読みが僅かにでも外れれば、即絶命の可能性があるのだから。

 しかし、それでも目の前の男は事もなげにそれをやった。

  

 ――確かめるしかないっ。


『うおおおおおおっ』


 咆哮。

 そこから人斬りは絶え間ない連撃を放った。上下左右、無作為の長刀での連続攻撃。


 そしてその全てを、


 ――やはりっ…! こいつ…!!


「――ふぅ、――ふっ」


 短く息を吐きながら、素早いステップで紙一重で若先生は回避した。


 ――完全に見切っているだと…!?

 

 そこでようやく人斬りはにわかには信じられないその事実を受け入れるしかなくなった。

 目がいいのか、それとも天性の感覚か。それはわからない。だが確かにその回避は絶対的な見切りの上に成り立っていた。


『っ!!」


 ――ならば!


 素早く人斬りが戦法を切り換える。

 近接戦ではどういう訳か分が悪い。ならば長距離攻撃主体に移るのが吉。

 すぐさまそう判断し、不意の瞬間に若先生から距離をとる様に後方へと飛ぶ。


 が、


『っ!?』


 驚きにより声が詰まる。

 人斬りが後方へと飛んだ瞬間、まるで息を合わせたかのように若先生もまた一歩前に踏み込んだのだ。

 驚愕に彩られた人斬りの瞳。その瞳が冷静な中に熱の籠った瞳とぶつかる。

 彼の瞳は言っていた。「――そう来ると思いましたよ」、と。


 剣どころか、動きさえも読まれた。

 その事実が人斬りの心に明確な焦りと逸りを生んだ。


『つあああああっ!』


 向かってくる若先生に向かい、反射的無造作に全力の力を込めた刃を振るう。

 それに対して彼は、今度は回避をせずにその長刀の軌道に合わせる様に自身の剣を振った。

 スサッ、とぶつかり合う音とはまた違う鮮やかな小気味のいい音と共に人斬りの一撃が受け流される。そして受け流した直後の流れる様な返しの一撃。

 それを防ぐ術は、人斬りには残されていなかった。


 ――シュン。

 

 まるで肉を斬ったとは思えない風切り音にも似た鋭く鮮やかな音。

 それと共に人斬りに残されていたもう一本の腕と共に、長刀は地面に転がった。

 そして


『ぐっ、ぐあああああああああっ!?』


 人ならざる者の悲鳴が地下空間に木霊した。


 宣言通り、戦いの開始から決着まで一分もかからなかった。

 

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