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5章ー34話 「不可思議な実力者」


「――さってと、こんなところかな」


 子ども達をラグアに任せて、事前に保存のきく食料と水を隠していたとある場所まで彼は一人来ていた。

 だがあくまでこれは備えだ。すぐに決着がつけば出番はない。そのためとりあえず一日分程度だけを持ってきた鞄に詰め込み、残りはそのままそこに置いておくことにする。


 「よいしょ」、と食料と水を入れた鞄を背負う。

 ずっしりと背中にかかる重さ。それを感じながら、


「戻りますか」


 彼は手早くその場を後にした。


 教室に戻る道を歩きながら、彼はある物思いにふけっていた。

 正直に言えば、今回この食料品と水は恐らく必要にならないと彼は予想していた。何故なら来たのが話に聞いていた彼女・・だったのだから。


 ――恐らく人斬りとやらがよほど強くない限り、あの騎士さんが後れをとることはないだろう。


 シルヴィ・シャルベリー。

 その名を聞くのは、実は初めてではなかった。


『ああ、一人だけ見どころのあるやつがいる。シルヴィ・シャルベリーってやつだ、あいつは相当つえぇぞ』


 少し前の事。「最近の『近衛騎士団』はどうだい?」、という漠然とした問いに彼の古い友人はそう答えた。

 珍しく嬉しそうな笑みを浮かべての言葉だったから、特に記憶に残っていた。


 ――あいつが剣士を褒めるなんてホントに久々だったからね。彼女はよっぽど強く才があるんだろう。


 だからこれは本当に万が一の備えのつもりだ。

 彼の予想が正しければ、今日中にでも人斬りは彼女の手によって退治されることだろう。

 そして自分は明日も今までとなんら変わらずこの地下街にて子ども達に教鞭を振るう。そう彼は半ば確信していた。


 そんな彼の耳に、


 ――キィン。


「…!?」


 剣がぶつかり合う音が届いたのは、歩き始めて数分が経過した時の事だった。

 地下街の荒くれ者同士の争いではない。それは微かに届いた音の断片でもわかった。相当な使い手同士の戦闘、そしてそれが指し示すものは決まっていた。


 ザザッ、と自然に足がそちらへと向かう。

 その行動の根源は単なる好奇心だった。そこではシルヴィ・シャルベリーが――あの友人が褒めた剣士が戦っているはずだ。ぜひその剣技を一目だけ見たい。

 そんな己が欲求に身体が自然と動いたのだ。


 もちろん邪魔になるつもりも邪魔をするつもりもない。

 遠目でチラリと見れればいい程度の気持ちだった。


 しかし、


 キィン! カラン、カラン…!


 と最初に彼の目に映ったのはシルヴィの剣が弾き飛ばされる光景。


「――!」


 そこで彼の気持ちはガラリと入れ替わった。

 劣勢、予想していたものと大きく異なる状況を前に彼の脳内にはある二択が浮かぶ。

 

 ――どっ、どうする!? どうする!?


 迫られた唐突な選択肢。

 いや、仮に居合わせたのが彼でなければそもそも二択の選択の場になど立たないだろう。

 確かに剣を弾き飛ばされ見るからに劣勢だ。だが、そんな中でも彼女は未だ戦っている。恐らく魔法と魔力付加した手刀術で応戦したであろう光景が見て取れた。

 このまま逆転する可能性も十分に考えられる。


 ――だが、それでも、


「っ!」


 彼はカバンをその場に乱雑に放り出し、気づいた時には前へと駆け出していた。


「レスケコンティ!」


 シルヴィの放出魔法の詠唱が響く。

 同時に彼女が後方へと駆け出した。逃げるつもりではない、弾き飛ばされた聖剣を拾うためだろう。

 そしてその後方では恐らく彼女に右手を斬り落とされた隻腕の人斬りが左手に握った長刀で放出魔法を切り裂き、その背中に迫っていた。


 だが、シルヴィが聖剣を手にするよりも人斬りがその背に刃を突き立てるよりも、


「お借りします」


『!?』

「なにっ!?」


 彼が一拍だけ早かった。


 地面に落ちていたシルヴィの聖剣を握る。

 ずしり、と重い感触。だが彼にとってそれは慣れ親しんだものだった。

 何故なら、彼は今でも毎日ほんのわずかな時間だけれどもそれ・・を握っているのだから。


 キィン、と刃がぶつかり合う甲高い音が響く。

 この感触も慣れ親しんだものではあるが、こちらを味わうのはだいぶと久しぶりだ。


「はぁ!? そっ、そなた何をしておる!?」


『何者だ? 貴様』


 背中からシルヴィの声がかかる。

 前から人斬りの声がかかる。


「――地下街にて子ども達に勉学を教えているただの物好きですよ」


 まず後者に対して、彼は苦笑を浮かべてそう答えた。

 そして、


「割り込んで、すみません。…ですが一度首を突っ込んでしまったからには、キチンと最後まで責任を持たせて頂きます」


 前者に対して、振り返らずに告げる。


「なっ!?」


 しかし、その言葉に再びシルヴィは驚愕の声を上げる。

 無理もない。それはすなわち、彼自身がこの人斬りの相手をすると言っている様なものだったのだから。


 その時のシルヴィは、もしかしたら地下街に来てから一番困惑していたかもしれない。

 普通ならば怒鳴りつけて一笑に付すべき様なその言葉。しかし、目の前にいる男は恐らく本気で命を斬り裂くつもりだった人斬りの一撃を正面から受け止めている。

 『近衛騎士団』を志し、そして諦めた。そう彼は言った。しかし今のこの人斬りの本気の一撃を受け止められる騎士が『近衛騎士団』に何人いるのだろうか?

 その矛盾の存在が彼女に、二の句を紡がせるタイミングを遅らせた。


『ほぉ』


 その言葉から人斬りも彼の持つ不可思議な雰囲気に気付いたのだろう。

 突然の闖入者に驚きはしたものの、どこか興味深そうに息を吐いた。


 だが彼が口にした次の言葉は、更にシルヴィを困惑させ、更に人斬りの興味を引いた。


「ふぅ~」


 一度呼吸を整える様に大きく息を吐く。

 そして、


「――よし。ご安心ください、一分以内に終わらせます」


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