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5章ー33話 「死闘彩る武芸百般」


 ――キィン。


 今再びの金属音。

 シルヴィが全力の力で長刀ごと人斬りの身体を押し返したことで生まれたそれが、死闘の始まりの合図となった。


『――いくぜ。せいぜい長持ちしてくれよ』


 人斬りのにやけた口が言葉を紡ぐ。

 左手一本の上段の構え。掲げた長刀には魔力がまるで炎の様に揺らめいていた。


 ――くるっ!


 瞬間、シルヴィが攻撃を察知し軽くその場で地面を蹴り身体を宙に浮かす。

 同時に長刀が振り切られ、その地面を刃からそのまま打ち出された魔力が穿った。まともに食らったらかなりの確率で致命傷になる。見ただけでそれはわかった。

  

 だが息つく間は訪れない。

 トントトッ、と軽快な音。それは壁を蹴り、獣のような身軽な動きでシルヴィの眼前まで迫っていた人斬りの足音。

 右手が斬り落とされて機動力が上がった、という先程のふざけた予想もあながち間違っていないのかもしれない。


「ちっ!」


 一歩地面を蹴り、一歩壁を蹴り、そして人斬りはすでに剣の間合いにシルヴィを捉えて大きく長刀を振りかぶっていた。

 キィン、と響く剣同士がぶつかる金属音。しかしこれは先程までとは違う。何とか剣でそれを防御したシルヴィだったが、今いるのは空中。受け止めるための踏ん張りなどきくはずがない。


 斬撃自体は防いだが、そのまま身体が後方へと転がる様に飛ばされる。

 身体を丸めて受け身をとるシルヴィ。そんな彼女の眼前に、


「――!」


 すでに紫の魔力が打ち出されていた。

 先程と違い飛んで避けられる位置と体勢ではない。故に人斬りがまだセネバだったときと同様に聖剣に魔力を込め、


「はあああっ!」


 真正面からそれを斬り裂いた。

 威力はそのときよりも少々上がっていた。しかし、真正面から打ち敗ける程ではない。

 が、


「~~っ」


 厄介なのは威力が上がったことではない。使い手が変わったことなのだ。

 あの時セネバは一撃で止めた。しかし、人斬りはそのつもりはないらしい。

 斬り裂いた次の瞬間にはすでに眼前に同じ一撃が迫っていたのだ。物量に依存したこちらに何もさせない連撃。シンプルではあるが、狭い通路にいることもありそれは恐ろしく効果的だった。


 ザン、ザン、ザン、と聖剣が魔力を斬り裂く音が連続する。

 絶え間なく六回それは続いた。そして六度目の魔力斬撃の放出を斬り裂き、七度目の迎撃を行ったシルヴィは、


 ――しまっ!?


 気づいた。

 斬り裂いた瞬間の感触がこれまでの六回とは違う。具体的に言えば、威力が軽く弱いのだ。それはつまり、手を抜いたことで次の動作への切り替えを早くしたともとれた。

 そしてその予想通り八度目の斬撃はこない。そして七度目の斬撃を斬り裂いた、晴れた視線の先にいるはずの人斬りの姿はなかった。


「―――!?」


 ――そんなっ、逃げ…!? いや、それはない。やつは戦いを望んでいた。


 人斬りが視界から消え、シルヴィの表情に戦いとは別種の焦りが浮かぶ。

 

 ――…待て。まさかっ、やつはご老体のほうにっ、


『隙ありだ』


 そしてその思考が戦いから明確に外れたあらぬ方向へと向いたその瞬間、


 ――ポツリ、と後方から笑いをかみ殺すような呟きが耳に届いた。

 

 その狡猾な魔剣・・が、常に気を張っているシルヴィの集中力がほんの僅かにでも薄れたその瞬間を見逃すはずはなかった。

 

 先程の人斬りの七連続の魔力放出とそれに対するシルヴィの聖剣での迎撃。その余波により通路の横幅は広がっていた。より正確に言うならば若先生が教室として利用していたような空間がこの通路の側面にも存在しており、それが露わになっていた。

 人斬りはそれに気付き、威力を抑えた七撃目の魔力斬撃と同時にその俊敏さでその空間を伝い、シルヴィの側まで接近したのだ。


 だが、それではまだ足りない。

 不意の一撃。それだけならば対処できてしまう程の力量がシルヴィにあることを人斬りは認めていた。

 だから気配を消して待った。たった数秒を。そしてなまじ頭が回るからこそ、彼女がその見当違いな仮説に辿り着くのを。


 そして意識が完全に人斬りとの死闘から外に向く。その瞬間に、彼は斜め後ろから斬り上げの一撃を放った。腹部から胸部にかけてを真っ二つにする軌道。

 だが、流石と言うべきかシルヴィは一瞬で振り返り、反射的にその対処として剣を防御のため前に出した。


 ――キィン。


 何度目かの金属音。同時にシルヴィの聖剣が不意の一撃を何とか防御したものの、その威力に思わず手から弾き飛ばされてしまう。


「~~~っ!」


『よく防いだ。が――』


 終わりだ。

 口に出さずとも人斬りの言いたいことはシルヴィに伝わった。


 剣士の手から剣が離れた。それはすなわち終わりを意味していた。

 シルヴィの聖剣を弾き飛ばした一撃。その返す刀で、人斬りは連撃を放つ。シルヴィに防御の術はない、回避も間に合わない。

 そう確信した人斬りの眼前に、


「?」


 唐突にシルヴィが左手を、バッと突き出した。

 そして、


「レスケコンティ!」


「!?」


 そのまま間髪入れずに詠唱を行った。

 人斬りもその詠唱の意味は知っていた。放出魔法。そしてそれは自身の剣の一撃よりも速く到達することを瞬時に理解する。

 初めて人斬りの表情に狼狽が浮かんだ。


「っ!」


 剣の一撃を取り止め、その掌の先から身体を倒すようにして回避をとる。

 人斬りの顔の横を黄金色の放出魔法が通過したのは、そのすぐ後だった。


 その予想外の一撃を横目で見て、「ふぅ」と人斬りが肝を冷やしたかのように息を吐く。

 しかし、


「サフリウス」


 また再び魔法の詠唱が耳に届く。

 先程の回避により隙が生まれた。そしてこの隙にシルヴィは聖剣を取りに行くと疑いもしなかった。

 だが、何故か彼女は人斬りに自ら近づく様に回避した彼の目の前にいた。――魔力付加した自身の右手を手刀の様に構えながら。


 ――やばいっ!?


 それを認識した時にはすでにシルヴィの手刀は人斬りの首めがけて放たれていた。

 鋭い、剣の時と相違ない様な一撃。それを、


「うおおおおおおっ!」


「っ!」


 身体から溢れ出す魔力を首に凝縮して何とか防ぐ。

 ギィン、とまるで鉱物に打ちつけたかのようなそんな衝撃がシルヴィの手に走る。だが、彼女はそのまま思い切り手を振り切った。


 ザザザッ、と地面を滑り人斬りの身体が後退する。


「はぁ、はぁ、はぁ…!」


 シルヴィは追撃をかけなかった。

 その代わりにその場で荒い息を吐いている。


『ふぅー…』


 人斬りもまた、長刀を握った右手で首筋を抑えながら整える様に大きく息を吐いた。

 その首筋からは微かに出血が確認できる。


『ったく、あぶねぇあぶねぇ。危うく首が真っ二つだ、おっかねぇ人間がいたもんだな、おい』


「ふっ、はははっ! あの程度で此方の命まで届くと思うてか? 随分と低く見積もられたものじゃな、まだまだ此方は万全ぞ」


 ニッと力強い笑みを浮かべ、シルヴィが答える。

 しかし対して人斬りは薄い笑みを浮かべた。


『まぁ思ってたより粘るが…万全ってのは強がり過ぎだろう。魔法と手刀で応戦してくるのは予想外で不意を突かれたが、剣主体の方が流石に強いだろう。――それになにより怪我をしているだろ? 最初の俺の一撃による傷は言わずもがな。加えて脇腹を辺りを無意識に庇ってるように見えるぞ、そのせいで動きも若干鈍い』


「………気色の悪い男じゃ」


『ハハッ、褒め言葉だ。そして気色の悪い俺だから卑怯な手を使うし、お前が剣を拾う隙も容赦なく突かせてもらうぜ。どうだ? まだ強がっていられるか?』


「安心せい、最初からそんなこと承知の上じゃ。これは決闘などではなく、殺し合いなのだからな」


 シルヴィが魔力付加した右手の手刀と魔力放出用の左手を構える。

 とは言っても、人斬りの言うようにこの二つはあくまでサブウェポン。弾き飛ばされた聖剣が無くては勝つのは難しいのもわかっていた。

 弾き飛ばされたのは後方数メートル。一~二秒あれば届く。だからこそ、この二つはフェイク。


「レスケコンティ!」


 左手から全力の放出魔法を放つ。

 そして同時に人斬りに背を向け、後方へと駆け出した。

 まずは全てを捨て、聖剣を再び手にする必要がある。そして幸いにも一瞬で聖剣は見つかった。

 後は時間との勝負。この完全に無防備になる一~二秒。その間に人斬りの攻撃よりも早く、聖剣を手にでき反撃に移行しなければならない。


 すでに後方に気配を感じる。

 一瞬で人斬りの方も狙いに気付いたのだろう。避けたか切り裂いたかは知らないが、放出魔法を越え迫ってきている。

 この戦い――いやセネバとの戦いの時から、鈍く響き続けているラグアに受けた突きの痛みに表情を歪めながらシルヴィが聖剣へと手を伸ばす。


 ――しかし、彼女のその手が聖剣に届くことはなかった。


 何故なら、


「なにっ!?」


 彼女の手が地面に落ちた聖剣の柄に届かんとしたその瞬間に反対側から駆けてきた人影が奪い取る様にしてその聖剣を掴んだのだ

 いや、奪い取るという言い方は少し語弊があったかもしれない。

 何故ならはその瞬間、「お借りします」とボソッとそう呟いたのだから。

 

 ――キィン。

 

 真正面から二つの剣がぶつかる。

 一つはシルヴィの命を奪わんとする剣。そしてもう一つはシルヴィの命を救った剣。


「はぁ!? そっ、そなた何をしておる!?」


 聖剣を借りられた?時と同様にシルヴィがこの場に不釣り合いな素っ頓狂な声を上げる。

 自身を護るように立ち、人斬りの剣を受け止めているその後ろ姿。それを確かに彼女は知っていたのだから。そしてそれは欠片も登場を予測していなかった人物だったのだから。


『何者だ? 貴様』


「――地下街にて子ども達に勉学を教えているただの物好きですよ」


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