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5章ー32話 「それぞれの在り方」


「――んんっ?」


 人斬りの持っている獲物が魔剣の可能性が高い。そして自分はその回収のためにここに来た。

 その二つの事実をアイリスに伝えたところで、不意にロックが何かに気付いた様に目を細めた。


「どっ、どうしたんですか…!?」


 正直アイリスとしては唐突に告げられたその二つの新情報だけでも驚くには十分だったのだが、そこからの間髪入れずのロックの変化に思わずそう尋ねる。

 すると、


「音が聞こえた」


「音…ですか? あたしには何も聞こえませんでしたが…」


「ああ、私の聴覚はいい意味でイカレてるからね。一般人の何倍も音を拾える上に、今はちょうど感知用に魔力で強化してるから」


「! そんなことができるんですね」


「まぁ私の体質ありきの感知方法だけどね。でね、その肝心の音なんだけどさぁ。――なんかドンパチ始まったくさいよ」


「え?」


「待ち人来たれりかもね」


 そう言うと、「うーんしょ」とロックがその場で屈伸を始める。

 そしてそれを続けたまま、


「アイリスちゃんはどうする?」


 と問いかけてきた。

 「どうする?」、目的語が無くてもその意味はアイリスに伝わった。

 すなわち「私は行くけど、キミも一緒に来る?」ということだ。


「――」


 顎に手を当て、アイリスがしばし思案する。

 ロックは『魔法星』の十弟子。そしてアイリスにはない感知方法を備えている。その彼女がすぐにその場に向かうことを決めた。

 恐らくそこにいるのが件の人斬りであると、何らかの証拠や予感があるのだろう。

 そしてそれが事実だとすれば、必然戦っている誰かがそこには存在する。そして一番可能性が高いのは、シルヴィだ。


 もちろん、別れたシルヴィが人斬りと遭遇すれば戦闘になることはわかっていた。それを理解した上でアイリスは彼女の言葉に従い地下街を後にしようとしていたのだ。

 だが、それでもやはり今まだ地下街にいるうちにその事実に直面すれば、『助けに行きたい』と言う思いが再び湧き出てしまうのは仕方のないことかもしれない。


「ふぅ~~」


 一度小さく息を吐く。

 シルヴィはアイリスの身を案じて、一人で危険へと向かった。そこにアイリスが引き返せばそれが善意によるものだろうと、彼女はいい顔はしないだろう。

 それに戦っているのがシルヴィではない可能性もあるし、シルヴィが人斬りに圧勝している可能性もある。もしそうだとすればここから引き返しても一つも得はない。

 それは理解できるし、納得できる。その上で、


「――ま、あたしが怒られればいいだけか。もし万が一があって、それをを後悔するよりは全然そっちがいい」


 アイリスは自分の意思で、目的地を変更した。


「どうやら一緒に来るみたいだね」


 その言葉で意思を察してか、屈伸からアキレス腱伸ばしに変わっていたロックが小さく笑う。

 そして最後に手首足首を回しその簡易な準備運動を終えると、


「じゃあ行こっか。アイリスちゃんは一緒にいた人を助けに、私はあわよくば漁夫の利で目的のブツを回収しに」


「はい!」


 二人は同時に同じ方向へと足を向けた。

 

 ***―――――


『ハハハッ、クハハハハッ! それにしてもやっぱり生身の身体ってのはいいもんだ!!』


 獣のような笑い声を響かせ、セネバだったものが嬉々とした笑みを浮かべる。

 もう完全に元の人格は残っていないのだろう。いや、そもそも今となっては先程までのセネバ・ロークリィがオリジナルの人格であったのかすら疑わしい。

 あの時点ですでに何割かはこの喋る剣に乗っ取られていた可能性がある。


「…………」


 そんな中で一つだけ確実な事がある。

 今、目の前にいる存在。それはすでに先程までのセネバとは完全に違う。性質も――そして恐らく強さもだ。


 先程、長刀から溢れ出していた禍々しい魔力が今はその全身から溢れ出している。

 そして先程シルヴィが斬り落とした右腕も流石に再生こそしないが、傷の断面からの出血はすでに収まりそれどころか治癒しかけている。

 通常は普通の剣士…いや普通の人間はいきなり片腕を斬り落とされれば、戦闘どころか普通に歩く事すら最初は困難になる。痛み故ではない、今まで自然にとれていた身体のバランスがとれなくなるからだ。それほどまでに四肢の肉体における存在感は大きい。

 しかし、それも今回は望みが薄い。最初のカウンターの一撃、それがすでにセネバだったときよりも遥かに鋭さが増していたからだ。


 ――むしろ片手が消えたことで体重が軽くなり動きがより俊敏になる、そんな出鱈目な事も可能性としてはありうるかもな…。


 何はともあれ状況は芳しくない。

 相対する相手の力量が現時点では全く測れない上に、そもそも剣が意思を持ちあまつさえ人間の肉体を乗っ取るなど前代未聞。原理すら微塵もわからないのだ。


「おい、嬢ちゃん!」


 そこで人斬りから目を離さずしながら脳をフル回転させていたシルヴィに声がかかる。

 それは人斬りを挟んで彼女の反対側にいたラグアのものだった。


「わりぃが、状況は変わった。もう一対一に拘る理由はねぇよな」


『お?』


 そう口にするラグアの顔つきは戦いに臨むものに変わっており、もうシルヴィが拒否しようとも参戦することを決めている様だった。

 それを見て人斬りが興味深そうに口元を釣り上げる。

 しかし、


「――……いや」


 少し考える素振りを見せるも、シルヴィは否定の言葉を口にした。

 「あ?」、とラグアが初めて少し苛立った様な感情をのぞかせる。しかし彼が続けて何かを言う前に、


「そなたは元の場所に戻れ、そして子どもらをここから遠くに避難させい」


「なっ…!?」


 そう厳しい顔つきで告げた。

 その思いがけない言葉にラグアが言葉を詰まらせる。


「今、こやつの危険度は跳ね上がった。凶悪な人間から凶悪な人外にじゃ。もはやこの周囲の地下街にいるかぎり安全は確約できん。だから、そなたが逃がせ」


「――っ、俺から言わせりゃあんたもまだまだ子どもだ! 意地になって一人で何でもかんでもやろうとすんなっ! ここは俺ら二人でそいつをやる方がいいに決まってんだろう!」


「そなた………――っ!?」


 声を荒げる様なラグアの言葉。

 それにシルヴィが何かを言おうとした時だった。


 ――ギィン!


『わりぃわりぃ。最初は話が終わるまでやろうと思ったんだけどよ、――飽きたわ。そろそろ殺らせろよ』


 シュン、と目の前の人斬りが予備動作なく動き出しシルヴィに向かい長刀を振るったのだ。

 あの魔力を斬撃にして飛ばす攻撃ではない。純粋な剣の一撃。しかしそこに込められた力、魔力、そして殺意は先程までのものを大きく上回っていた。


「~っ、不作法者めが…!」


 しかし、シルヴィはそれを自らの聖剣でしっかりと受け止めていた。

 歯を食いしばり、柄を力いっぱい握りしめる。そして受け止めた刃を押し返すかのように腕に力を込める。


「嬢ちゃん!」


 そんな彼女の姿に思わずラグアが加勢しようとするが、


「たわけ! 一時の感情で優先順位をはき違えるな!!」


「っ!?」


 その体勢のまま、シルヴィの一喝が飛ぶ。


「貴様の一番大切なものは何じゃ! 一番守りたいものは何じゃ! 此方か、違うじゃろ!!」


「――っ」


「わかったのなら、さっさと行け! 此方は騎士としてここでこやつを食い止める、だからそなたも自分の責務を全うせい!!」


「――――」


 その少女の叫びは何故かラグアの胸に強く響いた。

 それは恐らく彼女の強い信念がその言葉にそのまま反映されていたからなのだろう。常に騎士としての自身の在り方を損なわず、極限の状況においても一切の迷いが無い。

 決してラグアの言うように意地になっていたわけではない。シルヴィはただただ騎士道を一切ブレることなく全うしているのだ。

 穢れ無き真っ直ぐな信念。それは遠い昔にそれを無くしたラグアにとってはどこまでも眩しく、そしてどこまでも美しく感じられた。


 だからこそ、少女のその覚悟を無為にするわけにはいかないのだ。

 ギュッと一瞬だけ目を瞑る。そして、


「それでよい」


 無言でラグアはその場から走り去った。

 それを見送り、安心した様にシルヴィが少しだけ笑みを形づくる。


『さて、ずいぶん待たされたな。ようやく俺に集中してくれるのか?』


「女を待つのは男の甲斐性じゃ。ずいぶん長く生きているだろうにそんなことも知らんのか?」


 そして、残された騎士一人と人外一人。

 軽口を叩き合ってはいるが、すでに手を伸ばせば簡単に命に手が届く距離にて剣を交えている。


 一瞬の油断、気の緩みがそのまま死に直結する状況。

 だが、そんな中に置いてもシルヴィの表情に恐怖や苦痛が浮かんではない。一切の迷いのない力強い眼差しが人斬りを見据える。


『いいねぇ』


 それを見て、人斬りの表情が醜く歪む。

 そして、


『聡く強く気高い女。受肉して最初に斬る相手にしては百点満点だ』


「最初に斬られる、の間違いじゃろ? 最初で、そして最後にな」

 

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