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5章ー31話 「思ったよりも弱い」


 ――キィン!


 ぶつかり合った二つの剣の金属音が戦いの開始を告げる。

 セネバが突っ込みながら剣を無造作に振るい、シルヴィはその場でその一撃を受け止める。

 鍔迫り合いのような形になり、二人の間の距離がほとんど消える。


「なぁ、教えてくれよっ! 俺は強いのか!? それとも弱いのか!?」


「――」


「あんたならその答えを知ってるだろう!? なぁ! 『近衛騎士団』!!」


「お喋りは先程で終わりと言ったはずじゃ」


 大声で高らかに語りかける様に言葉を吐くセネバに、シルヴィは何処までも冷静に必要最低限にそう答える。

 その態度に、「ふっ」とセネバは小さく笑い、


「そーだった、そーだった! そもそもそれにそれはあんたとの斬り合いで教えてもらえばいいんだった!!」


 剣を握る両手にさらに力を加える。

 そして膂力で無理やりにその鍔迫り合い状態からシルヴィを剣ごと後方へと押し飛ばす。


「おっと」


 しかし、体勢が崩れる程ではない。

 後退しながらも構えを維持して追撃に備える。しかし、セネバはその場に留まったままで剣を大きく振りかぶっていた。


 ――ご老体の周囲の破壊の痕跡。そして、明らかに間合いの外側でのあの構え。遠距離攻撃かの。

 

 それを見てすぐさまシルヴィはその意味を察した。

 ブワッ、と握った聖剣に魔力が強く注がれる。そして同時にすぐさま迎撃態勢を構築した。


「らあっ!」


 ラグアを襲った紫の禍々しい斬撃がシルヴィに向かい放出される。


「――はあああああっ!」


 それを彼女は真正面から受けて立った。魔力を込めた聖剣をその斬撃へと振り下ろす。

 

 ――ドドドドドドッ!

 

 剣同士の衝突による金属音とは全く違う魔力同士のぶつかり合う音。

 それが少しの間だけ続いたかと思うと、――ザン、という何かを斬る様な音が最後に響いた。


「おいおい…! まさか真正面で受けるとは、流石は『近衛騎士団』!」」


 避けされた時とは違い、力と力が衝突したため先程以上に破壊の余波が広がる。

 シルヴィが立っていた場所の周辺には煙が舞い上がり、その姿は未だ見て取れない。完全に防いだ可能性もあるし、もしかしたらすでに大ダメージを負っている可能性もある。

 その眼前の光景を見ながら剣を肩に背負い、セネバが楽しそうに声を上げた。そしてそのままゆっくりと未だに視界が悪い前方へと歩き出そうとした。


 ――そのときだった。


 スッ、とその煙の中から素早く一つの影が飛び出してきた。

 そして、


「学習せんのぉ。追撃もせずに喋る余裕がどこにある」


 どこか呆れた様なそんな声がかかったときには、もうすでにセネバの懐付近にまで変かは微かな衣服の汚れのみで傷一つないシルヴィが接近していた。

 

「っ!?」


 不意を突かれ、完全に対応の遅れたセネバが反射的に剣を自身の前に盾にするように構える。

 が、それを見てシルヴィはすぐさま横薙ぎに振ろうとしていた剣の軌道を変え、


「ふっ!」


「ぐっ!?」


 盾となった長刀を器用に避けて、剣の柄でセネバの腹部へと突きを放つ。

 メリッ、と骨が軋むような嫌な音と共にセネバは籠った悲鳴と共に後ろへと後退する。

 

「――集中力の欠如」


 ポツリとシルヴィが呟く。

 そして息つく間も与えない様にセネバを横薙ぎの一撃が襲う。


「~っ!」


 それを何とか長刀で受け止めるが、


「――踏み込みが未熟」


「なっ!?」


 今度は先程の鍔迫り合いの際とは逆に、セネバの身体が後方へと吹き飛ばされる。

 ヨロヨロとセネバが体勢を崩しながら、後退する。しかし、そんなセネバに今度はすぐさま次なる一撃を放たずにまるで普通に歩くかのようにシルヴィは近づく。

 その意図はセネバには読めない。しかしそれがチャンスであるのは明らかだった。


「ふっ、ふははははっ!!」


 ボワッ、と剣に再び禍々しい魔力が溢れる。

 そしてそのまま大きく振りかぶり、それをシルヴィに全力で振り降ろした。

 次の瞬間には剣を通して何度も味わったあの人間の身体を二つに切り裂く感触が得られると、その瞬間セネバは疑いもしなかった。

 しかし、


「――そして極めつけは、素振りがまるで足らんッ!!」


 ――キィン!!


 響いたのはシルヴィの一喝、そして甲高い金属音。


「なっ!?」


 全力で振り降ろしたその一撃は、同じく真っ向から振り下ろされたシルヴィの一撃にあっさりと打ち敗けた。

 振り下ろした剣に反対方向の力が加わり、腕ごと剣が弾かれる。そして、それによりその瞬間のセネバの体勢は恐ろしい程の無防備なものとなっていた。


「――総評じゃ」


 その事実に意識が追い付かず、まるでコマ送りの様に感じる様な時間の流れの中でシルヴィの声がセネバの耳に届く。


「生まれ持った魔力と膂力、そして名刀の存在に胡坐をかき、貴様は心技体と剣の鍛練を怠った。――思ったよりもずいぶん弱いな、貴様」


 ――シュン。


 心底見下したような声での言葉が終わる。

 それとほとんど同時に、自分が何かを斬ったときには鳴ったことも無い様な鮮やかな斬撃音がセネバの耳に届いた。


 それが何を斬ったのか、一瞬わからなかった。

 だが、ボトッと重い何かが地面に落下した音と剣を握る感触の消失で遅れてそれを脳が理解した。

 視線をゆっくりと移す。――そこに本来あるはずの右手は二の腕の中間辺りから先が消え去っていた。

   

「――うっ、ああああああああああああああっ!?」


 それを認識したことで、斬られた瞬間は感じなかった燃える様な熱さと焼ける様な痛みがセネバを襲う。思わず膝をつき、その口からは絶叫のような悲鳴があがる。

 全てが痛みに上書きされて、すでに彼には目の前の光景が目に入らず声もまた届いてはいなかった。


「終わりじゃ。せいぜい、あの世で自身の行いを反省せい」


 だからこそ、怒りの中にわずかに憐みを含ませたシルヴィの言葉と今度は腕ではなくその命ごと斬る為に剣を振り上げたシルヴィの剣の光景は最後までセネバには伝わらなかった。

 真上から剣が振り降ろされる。

 

 これにて地下街の人斬り騒動は目標の死亡により決着。

 

 ――そうなるはずだった。

 人斬りがセネバ・ロークリィただ一人・・・・によって為されたものだったのなら。


 ――シュン。


 鮮やかな斬撃による風切り音が地下街に響く。

 しかし、


「~~~!? なん…じゃと!?」


 それはシルヴィのものではなかった。

 それどころか、シルヴィの剣はセネバを斬ってはいない。斬る直前に先にセネバによるカウンターによる斬り上げが彼女を襲ったのだ。


「嬢ちゃんっ!?」


 その思わぬ突然の逆襲に、見守っていたラグアが声を張り上げる。


「―――っ」


 そして痛みに顔を顰めながら、シルヴィはセネバを見据えていた。

 幸いにも『近衛騎士団』特注の防御能力に優れた隊服と念のため全身に魔力付加していた恩恵もあり、傷は浅くはないが内臓までは達していない。

 だが、問題はそこではないのだ。


 彼女の前の前では、先程まで痛みに悲鳴を上げていたのが嘘のようにセネバがゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 その左手には右手と共に斬り落とした長刀が握られていた。だが、とどめを刺す直前にそれを左手で握り直させカウンターを成功させる様なヘマをシルヴィがしたわけではない。


「どういうことじゃ…!?」


 シルヴィはその光景をしっかりと見ていた。

 斬り落とされて身体の一部では無くなった右腕、それがまるで意思を持つかのように握っていた長刀をセネバの左手へと投げ渡したのだ。

 明らかに人間の身体に備わった機能から乖離した一連の動き。

 

 その理解の外側の掴めない状況に、困惑するシルヴィ。

 そこで


『よ~う、ようよう。ずいぶんビックリ顔だな、人間の女剣士』


「!?」


 ノイズがかかった様なそんな声が不意に響いた。

 それは間違いなくセネバの口から発せられたものだ。しかし、先程までとはまるでその声質は違う。そしてよく見れば、その瞳はまるで意思を持たぬ人形の様に色を宿してはいなかった。


「――――!」


 信じられない事象。

 だが、それを見たことでとある仮説がシルヴィの脳内に浮かんだ。その仮説自体も本来はありえないもの。しかし、それが正しければ先程の不可解な事象も説明がつく。


「貴様、まさか…!?」


『ふっはははっ、おいおいもう気付いたのか? 随分と察しが良いじゃねぇか! そろそろこの雑魚に使われてやるのも飽きてきたからな、いい機会だしここいらで俺が主導権を貰っちまうことにしたのさ!』


「………まったく、ふざけおって。喋る剣・・・なぞ会ったのは初めてじゃ」


 セネバ・ロークリィだったもの。しかし、今その身体を操っているのは左手に握られた長刀そのもの。

 禍々しい魔力、その根源。本当の人斬りがその姿を現す。


 そして、第二ラウンドの幕が上がる。


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