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5章ー30話 「騎士と人斬り」


 地下街に向かう前日の夜。

 『近衛騎士団』本部内の自身の私室にて、シルヴィは机に腰かけながら団長から手渡された資料に目を通していた。


「これまで確認されている犠牲者は、冒険者四人、傭兵五人、王国兵四人、そして騎士二人。…そして確実にとは言えないが、犠牲になった人物とその順番にはある規則性が見て取れる」


 ポツリポツリと声に出して呟きながら、資料を追う。

 そしてその資料は、


「まず十五人中十三人が戦闘に剣のみを使う人間であること。そして襲われたのは名の売れている順、有体に言えば犠牲者の力量が後半になるにつれて強くなっている。つまり、人斬りセネバ・ロークリィは剣士のみを狙い、そしてより強い相手を求めて標的にしているという可能性が極めて高い」


 そう締めくくられていた。


「――なるほどのぉ」


 シルヴィが苦笑しながら頷く。

 その『なるほど』には二つの意味が込められていた。


 一つは純粋に極秘任務の内容に納得した『なるほど』。

 確かにこんな危険な存在が地下街とはいえど王都にいると知れれば、国民が不安とパニックになるのは目に見えている。それ故に『近衛騎士団』を動かした短期解決の討伐任務となったわけだ。

 そしてもう一つは、


「此方は標的を追い詰める狩人であるのと同時に、標的を呼び寄せる餌にもなるという訳じゃな」


 人斬りは強き者、――強き剣士を求めている。

 一番最近で犠牲となったのは王国から二つほど離れた街の騎士だった。そしてこの王国における地方騎士より上の剣士の種類と言えば、特例を除き一つしかない。

 その名は『近衛騎士団』。


「やつの次の標的は『近衛騎士団』所属の騎士の可能性が高いのじゃから」


 ***―――――


 眼前には見知った老人と見知らぬ男。

 しかし、先程のやり取りと言動でシルヴィは男の正体をすぐに自分が探していた標的であるという確信を得ていた。


「――なるほど、どうやら資料に間違いはなかったらしいのぉ。そして奇遇だな、此方も会いたかったぞ『人斬り』セネバ・ロークリィ。貴様を斬って、此方の今回の仕事はこれにて仕舞いじゃ」


「なんだなんだ!? ハハッ、両想いじゃねぇか!」


 人斬り――セネバがそう言って楽しそうに笑う。

 否定はしない。これで確定した。


「一応の確認じゃ」


 それを受け、シルヴィがゆっくりと自身の腰に差した剣へと手を触れさせながら厳しい眼をセネバへと向ける。


「少なくとも貴様はこの地下街に来るまでに十五人を斬った。この事実に相違はないか?」


「あ~? そんなの憶えていねぇよ、十五人はちょいと少ない気もするが…、んなもうこの世にいない雑魚のことなんざどうでもよくないか?」


「――そうか」


 発した言葉通り心底どうでも良さそうなセネバの態度に、シルヴィが短くポツリと呟く。

 どこか怒りや憐みの籠った重い声音だった。


 ――すぅ。


 美しい滑る様な音と共にシルヴィの剣が鞘から抜かれる。

 そして、剣をゆっくりと構えるシルヴィの瞳はまるで見るに堪えない汚物を映したかの如く暗い色を含んでいた。


「貴様が自身の下らん目的のために斬った者たちは何の罪もない人間たちじゃ。ただ剣を磨き、ただ強さを研鑽し、ただ日々を生きた者たちじゃ。その命を貴様は己が目的――いや欲求のために理不尽に奪い取った」


「おいおい…、まさかここに来てそんな子どもに聞かせる様な説教か? あんまりガッカリさせないでくれよ、『近衛騎士団』」


「説教ではない、貴様にはそんなことをする価値はない。これは貴様が犯した罪、そしてその罪に対する罰の話じゃ」


「?」


「辛かったであろう、悔しかったであろう。――その無念、僭越ながらこのシルヴィ・シャルベリーが勝手に背負わせてもらうこととする」


「――ほぉ」


「もう一度言うぞ、セネバ・ロークリィ。貴様はここで此方が斬る。そしてそれを犠牲になった者たちへのせめてもの手向けにしよう」


 薄暗い地下空間にて聖剣の刀身が銀色に煌めく。

 その宣誓のような言葉を終え、ラグアにも見せていない様な本気の殺意を含んだ瞳でシルヴィがセネバをギロリと睨み付ける。


「ご老体。わがままを承知で言うが、手は出すでないぞ」


「――ああ。だが、もしあんたが負けそうになったらその限りじゃねぇ」


「うむっ、それで構わぬ」


 ラグアもその強い思いを感じ取り、神妙な顔で頷く。そして、その場から二三歩後ろへと下がると腕を組んで壁へと寄りかかった。

 本来ならば最善を期すためにその提案を拒否し二対一で戦うか、そのままその場を後にして子ども達の安全を盤石なものにするために教室へ戻ることが正しい選択なのかもしれない。

 しかし、ラグアは加勢も選択せずにただそこに残った。

 そこにあったのは信頼。シルヴィが必ず一対一でこの残虐なる人斬りに勝つという、一度自分自身が敗れたその強さに対する信頼によるものだった。

 

「いいのか? 俺なら二人同時でも構わねぇぜ」


「笑わすでない。貴様如き人斬り風情なんぞ此方一人でも相手にならんわ」


「大した自信だな」


「厳然たる事実じゃ。さぁ、お喋りはこれで仕舞いじゃ。――来い、最後に剣士としての格の違いを教えてやる」


「――ああ、楽しませてくれよ! 『近衛騎士団』!!」


 人斬りが駆け出す。

 そして互いを探し求めていた者同士の命を懸けた戦いが始まった。


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