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5章ー29話 「会いたかった」


「ハハッ、無茶苦茶だな」


 唐突に地面が崩れ、身体に浮遊感を味わいながら人斬りは笑っていた。

 落ちる寸前に微かに見聞きした子どもの声。それでラグアが気にかけていたものはそれだと察しがついた。しかし、彼にとってそんなものはもはやどうでもいい些事でしかない。

 興味関心が向くのは目の前の強者だけ。その強者の強さを増強する要因であれば気に掛けるが、明らかに子どもの存在はラグアの強さの枷となるもの。それに加え地面の崩落ですでに切り離された存在となっている。

 

 ――ならどうでもいい。まずはあのジイさ…、


「ずいぶん余裕だな」


「っ!?」


 しかし不意に気を緩めたその刹那。

 そんな呟きに近い小さな声と同時に、人斬りの顔面に蹴りが放たれた。

 先程の短い攻防の際よりも数段鋭い蹴り。それに反応が遅れ、一撃がもろに人斬りに命中する。


「ぐっ!?」


 籠った小さな悲鳴と共に落下中の人斬りの身体が蹴り飛ばされる。

 下方向への落下から斜め下方向への落下へと変換させられながらも、人斬りはそこで反射的にチラリと地面を確認する。先程までの地面と比べて高低差は約五メートル程。

 それをに認識し、人斬りは刀を持ちながら器用に受け身を取り転がる様にしながら新たな地面へと着地した。


「~~油断した」


 素早く起き上がり、剣を握る方と別の手でドロッと溢れた鼻血を拭う。

 そしてすぐさま、視線を眼前。自身と同様にこの新たな地面に着地したであろうラグアへと向けた。

 が、


「――?」


 そこにラグアの姿はない。

 いや、正確にはすでにラグアは人斬りが視界を切ったその一瞬にて懐付近まで接近していた。加えて薄暗い地下街という事もあり気付くのが一拍遅れたのだ。

 そして視覚ではなく感覚でその存在を感じ取り、ワンテンポずれて視覚のピントがラグアに会った時にはすでにその拳は振り切られていた。


 ドッ、と鈍い音が響く。

 それはラグアの拳での突きが人斬りの腹部を打ち抜いた確かな音だった。


「くはっ!?」


 思わず口内の唾液と肺内の酸素を全て吐き出してしまう様な衝撃が人斬りを襲う。

 そして、再び人斬りの身体が突きの勢いそのままにそのまま後方へと転がる様に吹き飛ばされた。


 ――手ごたえあり。


 勢いよく吹っ飛んだ人斬りを見て、感触を確かめる様に右手を開いたり閉じたりするラグア。

 顔面に放った蹴り、そして今の腹部に放った突き。どちらも確実に命中した。

 

 ――ここまで前段階が上手くいくのは少々予想外だな。もしかして取り越し苦労だったか?


 正直それはラグアにとって嬉しい誤算だった。

 この人斬りが今のラグア一人に手におえる程度の実力であるのならば、それに越したことはない。ここで倒してそれで終わりだ。


 ――まぁ、そう簡単にいくとは思えねぇけどな。


 優勢ではあるがここで気を抜くほどラグアは若くはない。そう気を引き締め、転がった人斬りに近づく様にゆっくり歩いて近づいていく。

 突きの後に追撃をかけなかったのには一つ理由がある。ラグアの蹴りと突き、その二撃を食らって吹き飛んでも尚、普通はどこかで思わず力が緩みそうなものだが人斬りは握った長刀を手放すことはなかった。

 それによる近づいた際のカウンターを警戒してのものだ。


 ラグアが数歩進んだところで、ザザッと人斬りがゆっくりと立ち上がる。

 当然その手には長刀が握られていた。


「タフだな…」


 常人なら起き上がるどころか、意識を保つのも難しい程のダメージなはずだ。

 しかし人斬りは特に淀みなく平然と立ち上がった。

 返答を求めたわけではないが、


「つれねぇなぁ…! さっきの本気で終わりにする気だったじゃねぇか、最初の動きとはまるで違ったぜぇ!」


 人斬りは口の端から鮮血を流しながら、そう笑って言った。

 それに反射的にラグアが眉を顰める。その感情は生理的嫌悪感のようなものに似ていた。


「気持ちわりぃ野郎だ」


「おいおい、随分な言いぐさじゃねぇかよ。俺はあんたの事メチャクチャ気に入ったぜ。なにせ――」


 そこで人斬りが言葉を切る。

 不意に薄暗い地下街に光が射す。しかし、それは明るいという表現は使いたくない様なそんなおどろおどろしい光だった。

 先程まで長刀が放っていた紫色の禍々しい魔力。それが膨張するかのように膨らんだかと思うと、周囲をその紫の光で照らしたのだ。


「こいつをお遊び以外で使うのは初めてだからな」


 ――ザン、と人斬りがその場で長刀を振るった。


 当然そこにはなにもない。

 ラグアも長刀の間合いには入っていない。だが、


「~~~!」


 本能的な反応でラグアは回避行動をとっていた。

 あえて理由を挙げるならば、長刀が振り降ろされた場所。その延長線上に今自分が立っていたからだ。

 そしてその判断は、


 ――ブワッ!!


 長刀から放たれた魔力の斬撃によって正しいと証明された。

 長刀に乗っていた紫色の魔力、その全てが斬撃と共に打ち出されたかのように飛び出した。そしてそれはつい一瞬前までラグアが立っていた場所を空過し、そのまま側面の壁に激突すると轟音と共にそこを削りとる様にして破壊した。


「~~っ」


 その破壊の残骸を見て、ラグアが不愉快そうに表情を歪めた。

 

 ――魔力を飛ばしたのか? だが魔法系の詠唱は無し。となると、あの剣が何らかの業物の可能性もある。それにあの威力…、ガキ共と離しておいて正解だったな。


「ったく、めんどくせぇ!」


 吐き捨てる様に呟き、拳を握りラグアが人斬りとの距離を詰める。

 が、ボワッと再びあの光が通路を照らす。


「っ!?」


 ――タイムラグなしで連発かよっ!? …こりゃあ――!


 再びの先程と同じ攻撃、それを感じ取りラグアが思考を切り換える。

 嬉しい誤算によって浮かび上がった最短経路。それを潔く捨て去り、当初のプランに考えを固める。


 ――ドン!!


 轟音。

 しかし、それは斬撃によるものではない。ラグアが握った拳を側面の壁に叩きつけた音だった。それにより壁に亀裂が入り、一部が崩れた。

 剣を振ろうとしている人斬りがその意図の読めない行動に眉をひそめる。しかし決してその動きを止めようとはしない。


 剣が振られ、再び斬撃がラグアに放たれる。

 それを再び紙一重で回避し、ラグアが地面を転がる。そして転がりながら、


「ふんっ!」


 不意に右手を振り抜く。

 いつの間にやらその手には握り拳よりも一回り大きな崩れ去った壁の断片が握られており、それをラグアは投擲したのだ。

 動きながら、それも転がりながらとは思えないコントロールで投げられた壁の断片は人斬りへと一直線に向かうが、 


「ふっ」


 それは身を捻った回避で簡単に避けられてしまった。

 

「どうした、ジイさん! さっきまでが嘘のように防戦一方じゃねえか!!」


 挑発するような人斬りの言葉。

 しかしそれに答えることなくラグアは無言でゆっくり起き上がり、


「流石俺だ。全部狙い通りに進んだ」


 勝ち誇ったような笑みと共にそう口にした。


「――?」


 意味の解らないその言葉に首を傾げる人斬り。

 が、そこで彼はあることに気付いた。目の前の老人の瞳、それは自分を映してはいない。映しているのは自分の後方。そして、


「――まったく、もう少しスマートに呼べんものかのう。こんな閉鎖された地下街で、ドンドンガラガラと野蛮な音を立て続けに響かせおって。うるさくてかなわんのじゃ」


 コツンコツン、と響く足音と共に呆れた様な女性の声が二人の耳に届いた。


「――なにっ…!?」


「その野蛮な音のおかげでこんだけ早くここに気付けたんだ。感謝してくれよ」


 驚いた様な人斬りの反応。

 対して、来るのがわかっていたようなラグアの反応。


 ――っ、そうかこのジイさんの狙いは始めから…。


 そこで人斬りは気付いた。

 最初の強引とも呼べる地面を砕いてのによる分断。唐突に壁を殴りつける行動。そして意図したものではないが斬撃による周囲の破壊。

 その全てが音となり地下街に伝わる。

 つまり、ラグアには音が伝わる程度の近さにいる強力な増援に心当たりがあったのだ。

 

「ま、感謝はしてやろう。もともとここに来ているかもという疑念が向こうで生まれての、引き返そうか迷っていたときに轟音が聞こえてきて確信に至ったわけじゃしの」


 老人のような口調だが、声は若い。

 そしてラグアに完全に背を向けない様な半身の体勢になりながら、人斬りは彼女の姿を視界に捉えた。


「~~~~~~!!」


 その人相に見覚えはない、しかしその隊服を人斬りは知っていた。

 それはラグアよりもずっとずっと彼の求めていた・・・・・相手だったのだから。


「おいおい、嵌められたのかと思ったら何たる幸運だよ……!」


「ん?」

「あ?」


「ずっと会いたかった、ずっと斬ってみたかった! ようやく会えたな『近衛騎士団』!!」


「――なるほど、どうやら資料に間違いはなかったらしいのぉ。そして奇遇だな、此方も会いたかったぞ『人斬り』セネバ・ロークリィ。貴様を斬って、此方の今回の仕事はこれにて仕舞いじゃ」


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