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5章ー28話 「轟音と分断」


「らぁっ!」


「おっと…!?」


 先手必勝。距離を潰してのラグアの先制の蹴り上げ。

 それを少し驚いた様な表情と共にギリギリで躱すと、人斬りは口元にニヤッと歓喜の笑みを浮かべた。


 ――ぶわっ。


 同時に握った長刀に紫色の禍々しい魔力が浮かぶ。

 そして放たれるカウンターでの一撃。


「っ!」


 それをラグアは空中で天井付近の壁から飛び出している鉄の杭を掴み、腕力でそのまま身体を持ち上げると剣の通過点から身体を逸らし回避した。


「おっ!?」 

 

 そして剣が振り切られた瞬間に手を放し、無防備になった人斬りの身体へと回し蹴りを打ち込む。


 ――ダッ。


 と鈍い音が鳴る。

 それは蹴りが身体に命中した音ではなく、人斬りが剣の腹でその蹴りを防御した音だった。

 

 そのまま蹴りの勢い全ては受けきれず、ダメージは無いもののザザザッと人斬りの身体は少し後退した。

 「よっと」、ラグアもまたそのまま地面へと着地する。


「…いいねぇ、いいじゃねぇかジイさん。剣士じゃないのはやっぱり物足りないが、今までのやつよか遥かにできる。地下街最強ってのは伊達じゃねぇなぁ!」


 高揚した様な人斬りの声。

 対してラグアは口を開かずに、目を離さず相対したまま頭の中で今の状況を冷静に思考していた。


 ――わかっていた事だが…、一切の迷いなく命を取りに来たな。避けなけりゃそのまま袈裟切りだ。


 先程の長刀での一撃には明確な殺意が乗っていた。

 会ったばかりの相手に躊躇なくそれを向けることができる。人斬りなどと呼ばれている時点でわかっていた事だが、目の前の相手はやはり自身の欲のために人を斬ることに微塵も抵抗はないようだ。


 

 小さくラグアの背に汗が伝う。それは恐怖によるものではない。

 これまでも似た様な人の道を大きく外れた輩とは戦ったことがある。戦うこと自体はそこまで問題ではないのだ。

 問題は、


「――――」


 チラリと微かに目線が後ろへと動く。

 そう、ほんの少し後ろには教室がある。そしてその中には今も子ども達が何も知らずにいるのだ。

 この場で戦えばその音はいずれ教室内に届く。いや、もう先程の攻防の時点で届いているかもしれない。教室から出るな、とは言ったもののその理由までは伝えていない。

 つまり、いつ子ども達が戦闘に巻き込まれるかもわからないのだ。そしてそうなればそれは確実にラグアにとっての枷となる。


 が、


「――おい」


「あ?」


「後ろに何かあるのか? 気にしている様だが」


 その微かな眼球、そして心情の動きに人斬りは目ざとく反応した。


「……なんのことだ?」


 冷静な口調を何とか取り繕って答えるが、人斬りは「ククッ」とあざ笑うかのように笑い声をこぼした。

 そして、


「――何ならこっちに集中できるように、俺がその悩みの種を解決してやろうか?」


「――――」


 ――勘付かれたか…。


 心の中で吐き捨てる様に舌打ちをする。

 子どもがいるという具体的な事までは分かっていないだろうが、後ろの空間のどこかにラグアが気に掛けるにたる何かがあることには気づいたのだろう。

 そして目の前の人斬りは恐らく女子ども関係なくその凶刃を振るう人間だ。絶対に彼らに接触させるわけにはいかない。


 ――ったく、ジジイに頭を使わせんなっての。ただでさえ正面からやり合う時点で剣と徒手で分が悪いのに、更に守るもんもあるこの状況。…くそっ、どうしたもんか?


「ふぅ~~」


 一度大きく息を吐く。

 そして、数瞬の後に覚悟を決めると拳を男に向けて構えた。


「安心しろ、てめぇ如きそれくらいのハンデがあってようやくイーブンだよ」


 ラグアの考えは単純明快。

 子ども達に気付かれる前に最短で目の前の人斬りを倒す。相当な難易度の課題だが、現時点ではこれが彼の考え得る最適解だった。

 ならば、やるしかない。


「言うじゃねぇか、ジイさん。じゃあこっちもその強がりに応えてやるよ」


 幸いにも人斬りはその誘いに乗った。

 一先ずは再び興味の対象が後方の空間からラグアに戻ったのだろう。

 人斬りが長刀を構え直す。未だに長刀の刀身からは紫色の禍々しい魔力が溢れている。


 それを見てラグアが眉を顰め、


 ――にしても下品な魔力と殺気だ。同じ剣士でもあの嬢ちゃんとは天と地………!!


 不意にそんなことを思ったところで、ラグアの頭に新たな最適解が浮かび上がった。

 盤上のコマ、その全てを利用した新たな道。ラグアの思考は一瞬でそれに上書きされた。

 

 一番に優先すべきは子ども達の安全。

 それは揺るがない。

 だからこそ、


 ――ドン!!


 ラグアは唐突に自らの立つ地面に強く足を打ち付けた。

 大きな音が鳴り、地が揺らぐ。


「!?」


 その行動に意図が読めない様に人斬りが初めてその表情を驚きに染める。

 しかし、


 ――ドン!!!


 ラグアはもう一度先程よりも強く足を打ち付けた。

 再び、振動が伝播する。

 そしてそれにより当然、


「なななっ、なんだいまの音!?」


 ガラララッ、という扉の開く音と共に子ども達の何人かが教室から飛び出した。

 その中にはアイリスの髪留めを盗んだ少女――アーミの姿もあった。

 

 ――ドン!!!!


 それと同時に訪れる三度目の振動。

 そしてそこで変化は起きた。強く打ちつけられた地面にヒビが入る。そしてラグアの足が置かれた場所を起点にその切れ込みは一瞬で周囲に広がった。

 その範囲はちょうどラグアと人斬りが立っている場所を含む地面だ。


 この地下街は上下左右に広がっている。

 つまり最上層か最下層でもない限り、右も左も上も下もどこかに繋がっているのだ。当然彼らが今立っているその場所も例外ではない。

 それをラグアは利用した。


 ――運悪く下敷きになっちまったやつがいたらすまねぇな。俺の優先順位はガキどもの安全、それは揺るがねぇんで。ここで完全に分断させてもらう。


 地面が崩れ、ラグアと人斬りの身体が落下を始める。

 その瞬間、


「ガキ共! こっちは気にすんな、若先生が戻ってくるまで絶対そこを動くんじゃねぇぞ!!」


「はぁ!? 待てジイさん、なにがどうなって――」


 怒鳴り声にも似た大声で伝えるべきことだけを伝えると、そのままその姿は子ども達の視界から落ちる様にして消えたのだった。


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