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5章ー閑話 「博愛の徒」


「はい、じゅ~~う」


 心の準備の時間を全く与えない様な早さで始まった『聖女』のカウントダウン。

 それに対する反応は各陣営で明確に分かれていた。


「???」


 初めに王国兵たち。

 彼らからすれば「話をするので」と結界でいきなり隔離され、それが解除されたと思えば『聖女』がいきなりカウントダウンを始めたのだ。

 その全員が全く状況が理解できずにいた。


「~~~!?」


 そして次に宰相を始めとした王国の上役たち。

 彼らは状況を知っている。当然だ、今までの『聖女』の言い分、その全てをしっかりと聞いていたのだから。

 だが、それでも唐突に突きつけられた十秒と言う短すぎる決断の時間。加えて明確な死の宣告。

 それに対して、今までずっと危険とはかけ離れた場所で生きてきた彼らの脳はすぐに状況を理解することができず、大半の者が何も言葉を紡げずにいた。


「はぁ~~~」


 そして最後に立場的には一番『聖女』に近いところにいるであろう『魔剣星』グリシラ・リーヴァイン。

 彼はそんな状況においても最初の姿勢のままに落ち着いた表情で、達観した様なため息を吐いた。

 

グリシラは知っていた。今自分の目の前にいる怪物は決して冗談でこんなことは言わない。恐らくこの十秒の間に上役たちが何もしなければ、本当に彼らを皆殺しにして王国を支配することだろう。

 そしてグリシラは知っていた。今自分の目の先にいる老人たちはそんな決断を十秒の間にできる様な傑物ではないことを。恐らく彼らは慌てるだけで何もできずに、十秒後その人生を終えるだろう。

 だからこそグリシラは唐突に訪れた王国の現行制度の終焉とこれからの自分の立ち位置を考えながら、


 ――いろいろ変わってめんどくせぇ事にならなきゃいいけど。


 と他人事のようにこれからの事を考え始めたのだった。


「きゅ~~う」


 そしてそうしているうちにカウントは進む。

 

「はぁ~~ち」


「まっ――」


「なぁ~~な」


「待て、貴様!! 正気か、正気でそんなことを!?」」


 カウントが七を迎えたところでようやく宰相が口を挟む。

 しかし、


「ろ~~く」


「~~~~~!?」


 『聖女』は答えない。

 何故なら、彼女が求めたのは一つの決断の答えだけなのだから。

 制止も抗議も意味はない。ただただ無慈悲にカウントだけが進んでいく。


「ご~~お」


 折り返しに至ったところで多くの上役たちが冗談でも脅しでもなく、その宣告はただの事実であると本能で認識し始めた。

 そしてそれは明確な焦りとなり、ある者は顔を真っ青に染め、またある者は呼吸を荒らし、ある者はその場に膝をつき、ある者は震える手で自身を抱き始めた。

 だが、それでも誰も『聖女』が出した条件を実行しようとはしない。

 

 ――いや、しないと言うよりもできないと言った方が正しいかもしれない。


 もうすでに彼らの中の多くは最初に『聖女』が何と言ったかすら憶えていない。

 初めて味わう明確な死の恐怖に思考の全てが割かれ、それどころではないのだ。その時点ですでに数秒後に訪れる結果は決まっていた。


「よ~~ん」


 『聖女』の顔に心底呆れた様なそんな表情が浮かぶ。

 そして、


「さ~~ん」


 カウントがついに三つを越える。

 そこで、


「『魔剣星』!!」


 宰相が必死の形相でそう叫ぶ。

 「ん?」、グリシラの視線が宰相へと向いた。


「に~~」


「貴様がいますぐ『聖女』を制止しろ!! 罪には問わん、それどころか今回の失態は全て不問!! 特別賞与も出してやる!!」


 が、続くその言葉に「はぁ~~」と再びグリシラがため息を吐いた。


「い~~ち」


「――断る」


「なん…だとっ!?」


「理由は簡単だ、俺は王国・・の守護者であって王城・・の守護者じゃねぇからな。あんたの命令を聞く義理はない」


 そしてそのグリシラの返答が終わると同時に『聖女』のカウントダウンもまた、


「ぜ~~ろ」


 終わりを迎えた。


「「「「「~~~~っ」」」」


 上役たちが恐怖に耐えかね、その瞳をギュッと瞑る。

 視界が黒に染まる。その瞬間、


「――グリシラさんの言う事はもっともだ。何故なら王城の守護者は『五勇星』の皆様ではなく――私たちなのですから」


 若い男のそんな声が耳に届いた。

 錯覚かと多くの者が思った。しかし続けて、


 ――キィン。


 金属が床に落ちる様なそんな音が連続して響く。

 そして何故かカウントダウンが終わりを迎えてもその身体に痛みが走ることはなかった。当たり前だが死んでもいない。

 そんな状況の上役の一人が恐る恐るその瞳を開ける。


 『聖女』は最初の位置にいたまま。

 そして自分達と『聖女』の中間地点にその男は剣を握って立っていた。


「後半の条件は流石に私にはどうしようもできませんが、前半の条件は多少強引ですがギリギリ達成できました。なんとか今回はこれでお許し頂けませんでしょうか?」


 そしてそう言って男はゆっくりと深く深く『聖女』に向かい頭を下げた。

 その男の言葉に首を傾げるが、遅れて気付いた。いつのまにやら王国兵が持っている槍、その先端だけが斬り落とされて地面に転がっていた。

 先程の金属が落ちるような音、それは斬り落とされた槍の先端が地面に落ちる様な音だったのだ。


 ――つまり『聖女』の出した条件である『俺に向いた刃を全て収めさせ――』という点を満たしたと男は言っているのだ。


 そして一瞬の間にそんなことができる人間は、この王城には一人しかいない。

 男が再びゆっくりと下げた頭を上げる。その両の瞳からは何故か二筋の涙が流れていた。

 

「――ああ。上役の皆さま、王国兵の皆さま、グリシラさん、そして『聖女』様。愛する・・・貴方が争う姿など…悲しくて辛くて私は見ていられないのです」


 その男は言葉通り心から辛く悲しそうなそんな表情を浮かべていた。

 そんな男の登場に、


「うげっ…」

「出た出た…」


 『聖女』とグリシラが揃ってうんざりした様なそんな表情を浮かべた。

 そして、


「なので、もう一度お願いいたします。ここはどうかこの『近衛騎士団副団長』兼『王家直属護衛部隊隊長』アイザック・アイスベルの顔に免じてこれで収めて頂けませんか?」


 王国一の博愛主義者・・・・・の介入により、サリスタン王国は滅亡の一歩手前で踏ん張ったのだった。


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