5章ー閑話 「牢の中の自由人」
「驚いたな。そもそもこれが信じてもらえるか、今から不安になってきたよ」
処刑人兄妹の兄がスリアロへの至極真っ当で普通な尋問を終えて、苦笑いと共にペンを置く。
「おや? 正直言えば状況がひっくり返る様な事まではお教えできなかったと思いますが。一応、向こうからすれば私は外様ですし最重要な情報は意図して渡さなかったんだと思いますよ」
「いや、信じてもらえるかと言ったのは内容が衝撃的すぎるのではなく、あまりにもすんなりと全て聞き出せた点ですよ」
「ああ、なるほど」
兄の手元の調書。
そこには事前に王国上層部から聞き出すべきと伝えられた事柄が書かれており、その全てに対する回答もまた先程書き加えられていた。当然後者はスリアロの口から述べられたものだ。
最初に宣言した通り、スリアロは全ての問いに何一つ躊躇うことも口ごもることも無く答えてみせた。
それ故に最初は拷問により無理やり聞き出すつもりであった情報は、尋問どころかただの質疑応答のような形で恐ろしくスムーズに語られたのだ。
これにはスリアロ以外の全員が少なからず驚きを隠せなかった。
「さて、これくらいで十分ですかね」
全てを語り終え、スリアロがにこやかに笑う。
その笑顔に小さな椅子を挟んで対面に座る兄は「――ああ」と小さな沈黙の後に頷いた。
「…なぁ、何故急にそんなにペラペラと話す気になったんだ」
「ん?」
「私たちが来る前にも拷問とまでは言えずとも苛烈な尋問等はあったはずだ。だが貴殿は一切口を割ろうとはしなかったと聞いた。それは何故だ?」
「それも尋問内容に含まれますか?」
「…いや、単純な私の疑問だ」
「フフッ、正直な人ですね」
誠実さを隠しきれない兄の答えに、
「いやなに、先程も言った様に興が乗っただけですよ」
スリアロはあっけらかんとそう口にした。
「…意外だな、貴殿はそこまで気分屋なのか?」
「興が乗ったと言ってもその日の何となくの気分という訳ではありませんよ。何の価値もない石ころの様な相手が聞けば自然と口も閉じますが、輝かしい程の価値のある相手がわざわざ四人も私なぞのために来てくれたとなれば口も緩むというものです」
「何の価値もない石ころ…か。辛辣だな」
「おや? そこに関しては貴方も同じ考えだと思っていたのですが。貴方達に汚れ仕事を押し付けている立場の人間の中に価値のある人間は今はもういませんよ」
「わるいな、今はその問答をする気はないよ」
そう言って、そこで兄は椅子から立ち上がった。
言葉通りもう話す気はないというその態度。しかしスリアロは「これは失敬しました」とにこやかな笑みを崩さずにそう答えた。
「では、これにて尋問を終わります。ご協力に感謝しますよ、スリアロ・リスパーロ」
「いえいえ、どうぞお役立てくださいな」
「次に会うとすれば処刑場ですね」
「ハハッ、貴方方の手で首をはねられるならそれも悪くない最後かもしれませんね」
そして怪物は最後まで落ち着きを絶やすことなく牢の中で笑顔を浮かべ続けていたのだった。
「兄様とデートができる思ったらデートじゃなかった、元『天弓星』に拷問ができる思ったら拷問じゃなかった。今日の私はただただ騙されるだけの憐れな道化でした…」
その帰り道、看守一人と四人という同じメンバーで今度は逆に地下牢から出る為に長い階段を彼らは登っていた。
そんな中、最初とはまるで別人なほどにテンションが下がった処刑人兄妹の妹が心底落ち込んだようにそう呟いた。その表情はまるでこの世の終わりの様な表情を浮かべている。
「仕方ないだろう、こういう日もある。切り換えなさい」
「――よし、わかりました。切り換えるために今日の分を取り戻すために明日は二人でデートをしましょうか、兄様♪」
「明日は仕事だ。私もお前も」
「兄様ぁ~~~」
悲痛な声と共にそう妹がガックシと肩を落とす。
が、そこですぐさまその視線は完全に他人事のように無言で退屈そうに歩くリアナへと向いた。
「リアナさん、話があります!」
「俺はない。これで話は終わりだ」
「兄様! 明日はお仕事がありますが今日はもうこれで終わりですよね」
「? ああ、そうだよ。と言っても私はこの後で尋問の結果を報告にいかなきゃならないけど」
「それは承知しています。だから私は兄様を諦めて泣く泣くリアナさんで妥協することにしました」
「…おい、話は終わりって言ったよな? なに勝手に進めてんだ」
「という訳で、この後付き合って下さいリアナさん。ストレス発散のための剣稽古を所望します」
「嫌に決まってるだ―――ん? 剣稽古?」
「はい」
――食いついた!
その反応に妹が内心でガッツポーズをとる。
リアナ・リシリアは剣にしか興味のない変人。これは一部の人間の間では割と有名な話だ。
だからこそ、暇つぶし&ストレス発散の内容を剣に関するものにすれば乗ってくる。その確信があった。
一人でこのまま帰って無為に時間を消費する位ならば、剣稽古の方が何倍もいい。『神域の左片手』ならば相手にとって不足も無しだ。
「気が変わった。それなら付き合ってやる。あんたらの剣は普通に面白いしな」
「よっし。プラスに転じることはありませんが、これでマイナス分のストレスを可能な限り減らせそうです♪」
こうして妹の憂鬱度は少し下がった。
…と思ったのだが、
――ピピピピッ、ピピピピッ。
そこで不意に甲高い音が鳴った。
発信源はリアナの隊服。そこで「わりぃ」と一言断りを入れてリアナがポケットから通信魔道具を取り出した。
「はい。…ん? ああ、どうも。…はい、ああ、そうですけど……はぁ!? ああ…はいはい…、なるほど…わーかりました」
そして短い会話を終えて、リアナが通信魔道具を耳から離した。
いやぁ~な予感が妹の脳裏に浮かぶ。
「――ったく、何やってんだかあの馬鹿は…」
「えーっと、リアナさん? もしや『近衛騎士団』から呼び出しとか?」
「ああ、いや違う。身内の話だ、『聖道院』の方から連絡が入った。つーわけで、わりぃな。さっきの話はなかったことで」
「はいっ!?」
そしてリアナは妹からの返答を待たずに「先に行くわ、お疲れさん」とだけ四人に言い残して階段を駆け上がって行ってしまった。
「………すっ、ストレス発散できると思ったら、それも無くなった~~~~~!!」
数秒後、本来静かなはずの地下牢に続く階段にてそんな悲痛な叫びが響いたのだった。
***―――――
「いやぁ~、面白い方々でした。楽しい時間だったなぁ~」
『おいおい、儂という最高の友人兼話し相手がいながらその発言は如何なものかと思うのじゃよ。嫉妬してしまうぞ』
「いやいや、貴女とのお話もそれはとても楽しいものですよ。でもたまには外の人間と話すのもまた別の趣があるという話です」
『まぁ、確かにそれも一理あるか。特に右側に剣を差した小僧は中々の傑物じゃな。儂がここにいるうちに面白いやつが出てきたものじゃ』
「リアナくんの他にも今の若い子は強い子が多いですよ」
『らしいのぉ、儂のアンテナにも何人か引っかかっておるわ。魔神復活も現実味を帯びてきた様じゃし、そろそろ儂も参戦するか考えるとしようかの。――さて、どうかき回してくれようか』
「ハハッ、それはそれは。王国も頭が痛いでしょうねぇ」
壁に向かってのスリアロの会話。
しかし、その返答は彼にしか届かない。
故に、今日もまた看守は彼が独り言を呟いているとしか思わない。
――その後ろで蠢くもう一人の地下牢に住む怪物との談合に気付くことはないのだ。