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5章ー27話 「最強求めし終着点」


 夕暮れの荒野。

 その場所にて俺たち二人は向かい合っていた。

 修道女の団体は『聖女』の指示で一足先に目的地へと向かったようだ。

 つまりここにいるのは本当に俺たち二人だけになる。邪魔するものも遮るものも無い。あるのは生身の身体二つだけ。


 ――あの日と同じだ。


「あんまり長いこと再戦に来ないもんだから、こちとらお前の事なんて忘れかけてたよ」


 そんな中、先に『聖女』がそう口を開く。


「おいおい、ひでぇな。俺はあんたの事を一日たりとも忘れたことはなかったぜ」


「ひひっ、それはまた思われたもんだぜ」


 あの日と同じ楽しげな『聖女』の口調。

 それに乗せられるかのように俺もまた自然と言葉を紡いでいた。


「あんたに言われた通りに俺は武を学んだ。そして、己を磨き続けた。――全ては今日この日のためにな」


「――なるほど、どうやら本気で俺に勝つつもりらしいな」


「当然だろ、あの日そう言ったはずだぜ」


「ハハッ、たしかにな」


 そう言って笑うと、「ふぅ~」と『聖女』は小さく息を吐いた。


「正直に言えば、期待はしたがお前がその期待に応えるとは思っていなかった。どこかで挫折するか、中途半端な状態ですぐに俺の前に現れるか、大方その二択だと思っていた。だが、どうやら俺はお前を少々見くびっていたようだ」


 そう言いながら、『聖女』が修道服の腕をまくる。

 そして、


 ――ドドドドドドドドドドッ。


 空気が揺れる様な錯覚を俺は覚えた。

 前に戦ったときに一度たりとも見せなかった本気の闘気。それが『聖女』の全身から溢れ出す。その全てが尋常ならざる力を見せつける様に俺に注がれる。


「…あんたやっぱ、半端じゃねぇな」


 きっと数年前の俺だったらこの時点で戦意を削がれていたことだろう。だが、今の俺はそんな中でも笑みを浮かべ言葉を発する余裕があった。

 そんな俺を見て、ニッと『聖女』の口元に笑みが浮かぶ。


「――さぁ、今度は楽しませてくれよ」


「ああ」


 その言葉に俺は頷いた。

 今度は『聖女』は先手を譲ってやるとは言わなかった。ただの偶然か、それとも俺を認めてくれたのか。

 ――いや、そんなことなんてどうでもいい。


 呼吸を整え、睨むように『聖女』を見つめる。

 他の全てを意識から切り離す。見るべきは、相手だけ。考えるべきは、勝利だけ。

 

 ――トン。


 それは自分でも信じられない程に軽やかな音の踏み込みだった。

 一瞬の間すら感じない時間の中、俺と『聖女』の距離が詰まる。


「――!?」


 その時、俺は確かに『聖女』の表情の中に浮かんだ驚愕の色を見逃さなかった。

 そして防御も回避も何一つ行動をさせない程に早く、


 ――スッ。


 俺の拳が『聖女』の腹部へとめり込んだ。

 振り抜かれる拳と確かな手ごたえ。同時に『聖女』の肢体が宙に浮く。


 もちろんこれで終わるなど微塵も思っていない。

 だが確かに研き続けた俺の武は『聖女』に届いた。届いたならば必ず掴める。必ず追い越せる。


 俺は今まで何者でもなかった。

 だからあんたに勝って、なってやる。最強に、なってやる。

 これまで費やした十余年の月日を、いや違う――、


「――俺の人生、その全てを懸けて俺はここであんたに勝つ!!」


 ***―――――


「――ん」


 目覚める。

 視界に映るのは見慣れた天井。耳に届くのが聞き慣れたガキどもの騒ぎ声だった。


「…おいおい、じいさん。椅子に座ったまま寝るとか、後ろにスッ転ぶぞ」


 そんな中、特に聞き覚えあるガキが話しかけてきた。

 今回の面倒事の中心人物とも言えるがきんちょだ。


「俺は天性のバランス感覚と運動能力があるからな、椅子で寝ても転ばないんだよ」


「へいへい、そうですか。つーか、先生何処行ったんだよ。じいさんなら知ってるだろ?」


「若先生なら飲みもんと食料の調達だ」


「はぁ!? 一人でか!? あぶねーじゃねぇかよ!」


「…いや、お前らと違って子どもじゃねぇんだから大丈夫だよ」


 そう言うが、どうやら納得はしてくれていないらしい。

 不満なのを隠そうともせずにアーミはぷぅと頬を膨らませた。

 めんどくせぇなぁ…。


「…せめてじいさんは付いてってやればやればよかったじゃねぇかよ」


「あのなぁ…、さっき言っただろう? ここには今おっかねぇやべぇやつがいるんだよ。俺まで若先生に付いていったら誰がここにいるがきんちょ共を護るんだっての」


「いや、寝てたじゃねぇか」


「俺はつえーからやべぇやつが近づいてきたら、自動で目が覚めることができるんだよ」


「はぁ~…、何言ってんだか。どーせお気楽に自称強かったっていう昔の夢でも見てたんだろう?」


 そのアーミの的を得ている指摘に「ハッ」と笑いながら、俺は椅子から立ち上がった。

 そしてゆっくりと入口の方へと歩き出していく。


「おっ、おい…! じいさん? 何処行くんだよ?」


 そんな突然の行動にアーミが狼狽えるが、俺が片手を上げて「小便」と答えると「…はいはい、そうですか」と呆れた様にため息を吐いた。

 そして、


「いいか、絶対にここから外に出るなよ。俺は怒らんが若先生がメッチャ怒るぞ」


「言われなくても出ねぇよ。じいさんなら全然だが、先生には怒られたくねぇからな」


「――ったく、現金なクソガキだ」


 そんな短いやり取りを交わすと俺は一人、教室の外の通路へと出た。


 「はぁ~」とそこでため息を吐く。

 あいにくと尿意はない。

 ならなんで外に出たかって? さっき言ったろ、俺はやべぇやつが近づいてきたら自動で目が覚めるのさ。


 小さい音ながらコツコツとこちらへと近づいてくる足音が聞こえる。

 俺もまたその音の鳴る方へ歩き出した。そして段々とその足音の主の姿が見え始める。


「………!」


 ふらふらと左右に揺れるような足取りでそれは現れた。

 痩せた長身の男。いや、それはどうでもいい。重要なのは男が右手に長刀を持っている点、そしてその長刀から血が滴り落ちている点だけだ。


 ――ったく、こうも巡り合わせが悪いかね。


 すぐさまその男を例の人斬りと確信し、心の中で舌打ちを打つ。

 いくらなんでもこの短時間であの嬢ちゃんがやられるとは考えにくい。恐らく入れ違いになったんだろうな。で、貧乏くじを引いたのが俺だと…。やんなるねぇ、どうも。

 不幸中の幸いは、一番いいところで目が覚めたことぐらいだな。あの後も夢が続いちまったら、気が滅入っちまって動きにまで影響しちまう可能性もあった。


「――あんたがラグアか?」


 向こうも俺の姿を捉えたのか、意外にも口を開きそう話しかけてきた。

 ? 俺の名前を知っているのか? 地下街の誰かから聞いて、俺を探しにやってきたのか? 何故だ?


「…まさか人斬りに名前を知られているとは驚きだな」


「こちらこそ驚いた。まさか地下街最強の男が素手のじいさんとはな」


「なんだよ、人斬りなんてイカれたことをしている割に会話ができるのか?」


「勘違いするな、別に人を斬りたいわけじゃない」


「あ?」


「俺はただ知りたいだけなんだよ。俺は強いのか、それとも弱いのか」


 長刀を握る男の手に力が入るのがわかった。

 そしてその眼には落ち着いた様な高低差の無い口調とは裏腹に禍々しい程の殺意が宿っていた。


「ハッ、殺す気十分ってか。ったく、もう人生の折り返しもとっくに過ぎたってのにイカれ野郎の相手をさせられるこっちの身にもなって欲しいぜ」


「――なぁ、教えてくれよ。俺は強いのか? 弱いのか?」


「さぁな。――だがまぁ、少なくとも全盛期でさえ・・・・・・最強・・に遠く及ばなかった・・・・・・・・・ジジイに負けたら弱いんじゃねぇのか?」


 その言葉を最後に俺は拳を握りしめ、本日二度目の命のやり取りにその身を投げ出した。


 はぁ~…。

 何をやってるんだかね、俺は。


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