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5章ー26話 「最強求めし中間点」


 あの女との運命的な邂逅から一夜明け、俺は宣言通り生まれてから今までずっと暮らしていた故郷をその身一つを持って旅立った。

 意外にもその突然の行動に老若男女問わず引き留める声がかかった。どうやら俺は思いのほか街の連中に人気があったらしい。

 しかし、そんな声に俺は一切振り返ることをしなかった。


 俺が見据える先。

 そこにいるのはただ一人だけだったのだから。


 生まれ育った故郷を出た俺は、色々な都市を順々に巡りその土地土地の武術に触れた。

 あの女は言っていた、俺は武を修めていないと。それ故に俺はまず自身が今まで触れてこなかったそれに手を伸ばした。

 不思議な感覚だった。今まで本能頼りに振り回していた力が強固に肉付けされ、同時に磨き上げていくかの様なそんな感覚。多くの道場を巡り武術に触れる行為は、今までの天性の能力頼りの時よりも飛躍的に俺の強さを底上げした。


 そしてそんなことをしているうちに、ふとした拍子に俺はあの女の正体をようやく知ることとなった。


「――ハハッ、とんだ笑い話だな。あれが『聖女』様ねぇ」


 それを知ったとき、俺は思わず吹き出してしまった。

 だが、同時に納得もした。これは確かにあんなことをした後には口封じを普通はするだろう。

 王国に置いて絶大な支持を持つ神聖の象徴たる『聖女』様の本来の姿が、男みたいな口調で各地で強者に喧嘩を売って戦う最強徒手空拳使いなどと知られれば波乱は免れない。

 

 つまり俺はそのリスクを負ってもいい程に魅力的な素材に映ったってことでいいのかね。

 まぁ、どっちでもいいけど。あんたが望もうと望むまいと、期待しようとしまいと、俺のやることは何一つ変わらねぇ。

 『ただ最強になることだけを考えて、強さを磨く』、それだけだ。



 武を知り己の強さを磨くその放浪記は数年間続いた。

 そして数年後、俺は自身の強さのプラスとなるであろう王国中の武術――その全てを学び終えた。その時の俺はすでにあの女に初めて会った時とは比べ物にならない強さを手に入れていた。


 が、


「――まだ足りねぇ」


 強くなったからこそ、最強に近づいたからこそ、だからこそわかるあの女との未だに消えぬ彼我の差。

 故郷を出てすぐの頃は強者との戦いに置いて苦戦することもあったが、今ではあそこにいた頃と同じように俺の相手になる者はほとんどいなくなった。

 だがそれでも、あの女の強さにはまだ届いていない。


 そこから俺は自身の武を極限まで磨き上げるため、一人で誰もいない山へと籠った。外と触れるのはもう十分。後はただひたすらに自身との戦いだ。

 そして俺は、一日の食事睡眠などの時間以外全てを武に捧げ、頭の先まで武へと沈んでいった。

 その時間は不思議とどこか心地よく、春を越え夏を越え秋を越え冬を越えまた次の春を越え――そうして過ごしているうちに長い長い年月が経過していた。


 そして気づけばすでに故郷を出てから十年以上の歳月が流れていた。

 

 そんなある日。

 いつも通り日の出とともに起きて日が沈むまでただただ修行に費やす。

 その帰りがけに、


「――ようやくだな」


 俺は拳を握りしめて、そう万感の思いを胸に呟いた。

 肉体の全盛、武の全盛。それがピタリと重なり合った、そんな気がした。

 

 ――今の俺は未来過去全てを合わせた中で間違いなく一番強い。


 それは予感ではなく確信。

 そしてそれを確信したのならば、すべきことはただ一つ。

 この歳月は全てそれだけのためにあったのだから。



 数週間後。

 俺はとある街と街を繋ぐ道の真ん中に座っていた。

 道の周囲には民家や田畑などは無く、完全なる荒野と言ってもいいだろう。再戦にはもってこいの場所だ。


 そしてその場で待つこと少し。

 前方から数台の馬車が列を成してその道を突き進んできた。

 しかし、俺はその場から動こうとはしない。当然だ、そこには俺の目的の人物が乗っているのだから。そう、目の前に迫る馬車の列はあのとき俺の故郷にやってきた修道女の派遣と同じものなのだ。まったく、変な因果があったもんだ。


 馬車の御者は最初は遠目で俺を見て首を傾げていたはずだ。

 しかし近づけばどくだろうと思っていたのだろう、馬車は俺に向かいそのまま真っ直ぐに進み続けた。

 だがいつまで経ってもそのままの俺に御者は段々と訝しげな顔を浮かべ始め、徐々に馬車のスピードを落として最後にはキィーという甲高い停止の音と共に俺の直前で停車した。


「何考えてんだ、あんた!? どけ、道の真ん中だぞ!!」


 怒気に溢れた御者の声がかかる。

 それに対し俺は、


「――『聖女』殿に用がある」

 

 と短く伝えた。


「あのなぁ…」


 そんな俺に御者は呆れた様な顔を浮かべるが、


「『十余年前の約束を果たしに来た』と伝えてくれ。一応言っておくが、それまで俺はここを動く気はない」


 俺はそれだけ言って、そのまま押し黙った。

 御者の呆れ顔が困惑顔に変わる。そして小さくため息を吐くとゆっくりと運転席から降りて荷台へと数語だけ小さな声で話しかけた。どうやらそこに『聖女』もしくは彼女に繋がる誰かがいるらしい。

 そして数回のやり取りを経て、


「おいおい、マジか…」


 十年以上見ていない、だが十年以上一日たりとも忘れたことの無い馬車の荷台から降りてくるその女の顔を俺は視界におさめた。

 あの時と一切変わっていない容姿。その容姿を少しの間だけ驚愕に染めたかと思うと、カラリと女は笑った。


「――よぉ、待ちくたびれたぜ」


「――ああ、ずいぶん待たせた」


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